2014年4月3日木曜日

O嬢の物語【追補】

大学生の時、4年間お世話になった女子寮。

卒業した先輩のどなたかが置いて行った、澁澤龍彦訳の文庫本
(確か、河出書房版)で、この“Littérature et sexualité”を読んだ。

今ほどには、性的表現の年齢制限が取り沙汰されなかった暢気な時代。
子どもだった私は、背が高い上に、眼鏡を掛けた老け顔なのを幸い……

まだ小学生なのに、中学生のような顔をして公立図書館に通い詰め、
“大人の本”が並べられた書架で、有吉佐和子だの、宮尾登美子だの。

中学・高校では大手を振って(?)『アンナ・カレーニナ』や
チャタレイ夫人の恋人』や『痴人の愛』やら『仮面の告白』やら。

その手の小説を、そこそこ読み漁っていた19歳にとっても、
この物語『Histoire d'O』は、いろんな意味で衝撃的だった。

ポーリーヌ・レアージュ(Pauline Réage)という女性名のペンネーム。
名乗った著者の正体は、長らく秘匿されていた。

が、出版から40年を経た1994年。翻訳家・批評家として活躍してきた
とある知的な淑女 が、このスキャンダラスな小説の作者である事実を、
その死の4年前に告白する。

さて……

先月14日の記者会見報道に接した際、千里眼事件が頻りに思い浮んでしまった
STAP細胞論文を巡る“騒動”。

次いで、今月1日の午前から午後に渉って行われた記者会見については、
iPS細胞研究所所長のY先生が発表なさったコメントに、完全同意だけれど。

その渦中にある“もう一人のO嬢”が、行き着く先は?

留学時の指導教授だったV博士から『彼女の博士論文は見ていない』と
アッサリ切り捨てられたのに。

理化学研究所の調査委員会が『責任は重大』と結論した、二人の共著者は、
共に『自責の念を覚えている』『共著者の一人として……おわび申し上げる
とのコメントを発表したのに。

一人、詭弁だらけの反論を発表し、上記調査委員会へ不服申し立てをする事で、
今後、徒に醜聞の泥に塗れて行くであろう、彼女の“Histoire”を慮ると……

誠に遺憾だが、この小説を想起してしまう。

【追補:以下、説明不足とご指摘受けた点、2014/04/08に追記・補足しました】

この“騒動”の渦中にあって“もう一人のO嬢”が取った愚行は、自然科学者として
必要不可欠な、己の感情・思考・行動全てを明晰に客観・制御するメタ認知能を、
彼女が決定的に欠いているという事実を、残酷なくらい赤裸々に、露呈している。

『悪意の有無』は問題ではない。

投稿した論文を幾度も却下され、格別入念なデータ管理が要求されている状況下
なのに、プロの研究者であれば、いや、それを目指す学生・院生だったとしても
有り得ない『間違い』を犯してしまった時点で、既にして、自然科学者の適性が
根本的に不足していた、との結論が出ているのだ。

先月14日の記者会見で、N先生が口になさった『未熟な研究者』との表現は、
手ぬるい。『研究者以前』だ、と断言なさったK知事の批判。専攻は違うが
大学院の後輩に当たる私にとっては、正直、矜恃を代弁して戴いた感もある。

しかし、AO入試枠が広がり、大学院の定員が大幅に増やされてしまった今日。

昔ながらの四畳半的研究室に代わり、カッコ良くて小綺麗な“ラボ”が、
どの大学・研究機関でも、続々と新設されるようになった、今日……

いずれも、文科省から出された方針に沿った結果だけれど、だからといって
「研究者になりたい!」という夢を語り、大学院へ進学して来た若人の全てが、
真理を探求するに相応しいメタ認知能と高邁な精神を、備えているわけじゃない。

「残念だが、君には研究者の適性が無い」と、指導する立場にある者が明確に、
学生・院生の内に見極め、止めてやらねばならぬ事例も、大幅に増えている。

丁度60年前に刊行された『O嬢の物語』に話を戻せば……

政府当局による猥褻容疑告発が、裁判の場で広告禁止と未成年者への販売規制に
決着した後。何十年も経って名乗り出た『Histoire d'O』の著者は、執筆の動機を
以下のように語ったという。

『ポーラン(=オーリーの雇い主)に熱烈に恋していたオーリーは、
 彼の気を引くためにこの物語を書いたと述べている。親子ほど歳が下で、
 しかもたいしてかわいくもない自分が、女性の噂の絶えない人気文化人
 だったポーランの気を引くにはそれしかなかった』

強烈な恋情は、確かに一時、才媛の心を、完全に支配していたかもしれない。

けれどもドミニク・オーリーは、有名になりたいという浅薄な欲望を、優れた
小説家に相応しいメタ認知能で制御し、賢明にも架空の女性を名乗ることで、
スキャンダラスな物語の真の作者でありながら、我が身の尊厳を守り通した。

だが、科学論文の著者に於いて、その方法は採り得ない。

自然科学者として欠くべからざる適性を、自分が有していない事を、依然として
客観出来ないまま、「今後も理研で研究生活を続けたい」と、“騒動”の渦中に
在り続けようとする“もう一人のO嬢”を慮ると……

家族でも友人でも、誰でも構わない。彼女を大切に思う人があるならば。

誰か彼女を止めてくれ!


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