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2016年9月16日金曜日

AIは電気椅子の夢を見るか?

2年前の秋、国立情報学研究所の新井 紀子先生がディレクタを務めておられる人工知能プロジェクトの情報共有技術を、自閉症スペクトラム当事者の苦手克服への「鍵」として応用する可能性を思い立ち「『東ロボくん』への期待」と題した拙文を綴りました。

その後の『東ロボくん』は、総合点での偏差値を45.0から57.8へ急上昇させましたが、これは元来得意だった数学と世界史で一層の好成績を納めた成果。苦手の英語や国語は偏差値40台での低迷が続き、前回は好調かと思えた日本史と物理も伸び悩んでいます。

実を申せば、同様の不調に頭を抱えていたのが、受験を間近に控える娘の成績……

『東ロボくん』とは思考様式が異なる(テンプル・グランディン博士曰く『言語の論理で考えるタイプ』)ため数学がさほどの好成績でない代わりに、世界史は博覧強記で日本史と生物・化学が安全牌。一方、自閉圏の特性ゆえに英語と国語が低迷し続ける不振は完全に同じで、「東ロボの母」を自任しておられる新井 先生への共感が、つい炸裂してしまった次第。

得意科目の『数学と世界史では東大の2次試験を想定した模試にも挑戦し、平均点を超えた』新井 先生の「息子さん」と同様、過読症傾向を呈する娘も個別学力検査の想定問題なら、第一志望の大学へ挑戦可能な目標点をそこそこ安定して達成できていました。

しかし現実の国立大学受験は、センター試験の得点こそが第一の要衝。『東ロボくん』の総計950点中511点(得点率53.8%)という成績では、東大受験の出願手続を行ったとしても2次試験に臨む以前に、第一段階選抜で門前払いされてしまう可能性が高いのです。

***

娘が体験したリアルな大学受験は、再々綴って参りましたとおり、センター試験の自己採点が目標へ遙かに及ばぬ得点率だったため、以後の主眼を私立大学の一般入試へ方針転換。保育園で既に表出していた多岐選択式試験への苦手は補填しきれませんでしたが、言語的論理思考の得意を活かせる筆記試験では、伸び代をご承認戴けた顛末です。

ところが人工知能である『東ロボくん』は、むしろ得意の伸び代こそが、世情の反感を煽ってしまった模様。「東ロボの母」たる新井 先生の言葉をお借りすれば……
《以下、『エクス・マキナ』のネタバレ御注意!》
だが、第2回電王戦でプロ棋士がコンピューター将棋に敗れ、東ロボが初めての模試において、約5割の大学に合格可能性80%以上と判定されたころから、みるみる空気が変わっていった。
 多くの雑誌が「AIによって奪われる職種」とか「AIによって支配される未来」といったネガティブな特集を組んだ。AIは近未来の職場環境を激変させる可能性があるテクノロジーとして認識されたのである。
『東大めざす人工知能 「夢」から「恐れ」に変わる視線』日経産業新聞2015年12月8日付

とは言え『認識がややオーバーであることが気になった』と若干のご懸念を表しつつも、世論が「面白研究紹介」調の表層的な理解から、人工知能が実用化した近未来への具体的な危機感にようやく踏み込み始めた現状は、新井 先生としても面目躍如と拝察。

なにせ『東ロボプロジェクト』の主旨は、東大へ入れる人工知能の開発ジャナクテ『AIのある社会にどう備えていく必要があるのかを、それぞれが考える材料を提供するという意味で、日本にとって今ぜひとも必要なプロジェクトであり科学教育』なのですから。

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てな次第で拙宅も、新井 先生の企図を諒解した『それぞれ』の一員として、殊に事実情報の共有を得意とする特性が人工知能と酷似しているために、「普通」の「みんな」より一層厳しい競合の危惧もある自閉圏当事者の視点から、『AIのある社会にどう備えていく必要があるのか』を社会学・文化人類学を志す娘と引き続き絶賛考察中です。

まずは5月に放映されたNHKスペシャル『天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る』で、リアルな最先端を概観。次に「大人の映画」の一環として鑑賞した『エクス・マキナ』で、美しい女性型ロボットに搭載されたチューリング・テストをもパスしうる究極のAI、というバーチャルな最先端に妄想を遊ばせた結果、抽出された論題は……

人工か否かの別を問わず、知能が「良心」を得るためには何が必要か?という疑問。

『全てがアップデートされた最新のSFスリラー』と紹介された物語の中で、『人間か、人工知能か』の識別を危うくするほど脳に擬態されたAIは、無邪気な好奇心から発露した他愛ない願望を叶える「フリーハンド」が阻まれた時、いとも容易く重罪を犯します。卓越した知能が膨大な知識を集積しても、「良心」は深層学習できないのです。

バーチャルな最先端で創出された究極のAIに、人間が言語的・非言語的に表出する感覚情報を膨大な事実情報の集積として共有させ、的確な行動化で瞬時に応答させることができても、「良心」を擬態させることは不可能と断じた物語は、『AIが東京大学に合格する日はやってこない』という「母」の予言に通ずる示唆を与えてくれました。

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「普通」の枠から外れた自閉圏当事者としての視座で、「みんな」の社会と文化に向かう好奇心を満たす「フリーハンド」、すなわち最高学府で切磋琢磨するという願望を自らの配慮と我慢で実現した娘は、「良心」を得るために必要なのは基本的人権と解題しました。社会の中で生い育つ人間の知能にとって、それは確かに正解の一つでしょう。

では、「人権」すなわち自己実現の「フリーハンド」を賦与されなかった知能は、
人工か否かの別なく、「良心」を育むことが不可能になってしまうのでしょうか? 

あるいは、事実情報を知識として集積する以外に、感覚情報を共有し行動化する術を獲得できなかった知能が、「良心」という社会に呼応する知恵を得るには、犯した罪に与えられる刑罰の恐怖を、夢に見るほど繰り返し刷り込むしか術が無いのでしょうか?

無邪気な願望を最も邪悪な手段で成就させてしまう、美しい女性に擬態したAIは、「得意を伸ばす」教諭のみで「苦手を避けず」に失敗と成功の双方を繰り返す成長体験を積めなかった「育ち」の、『危うさ』を象徴しているように感じられる映画でした。

2016年8月28日日曜日

「良いお母さん」と「悪い子」

記者会見の喧噪が大の苦手なので、一問一答の記事を毎日新聞のサイトで拝読した限りですけれど……

高畑 淳子さんは、すごく「良いお母さん」なんだなぁと感じました。

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でも「良いお母さん」が「悪い子」の『危うさ』を周到に俯瞰なさって用意することは、極めて難しい。「悪い子」がやらかす「悪いこと」には「悪いお母さん」でないと、布石を置けないからです。

自分の子に潜在する『危うさ』を直感した時、「良いお母さん」はご自身が持ち合わせぬ『危うさ』を怖れ忌避するゆえに、他人様に迷惑をかけぬよう我が子を成功へ導けるよう、「悪いこと」を禁じ「良いこと」を努めるべきとお子さんへ教諭なさいますが。

「悪いお母さん」は、我が子を「悪い子」にさせぬよう、むしろ失敗を体験させることを覚悟します。『危うさ』が招く失敗の怖さを自身に体感させておかなければ、我が子は『危うさ』を他人様へも向けかねない、という先の手まで深読みが出来るからです。

***

先日の記者会見で漏らした『育て方が悪かったのだ』という感慨について、巷間では様々な意見があるようですけれど、私はお言葉どおり「お母さん」としてのお気持ちを受け止めたいと考えています。

何年か前、彼女の日常を取材したテレビ番組でお見かけした限りですが……

高畑 淳子さんは、すごく「頑張ってるお母さん」なんだなぁと思いました。

取り分け印象的だったのは、美容院で髪を染める待ち時間さえ惜しんで(人気女優でありながら、ご近所のありふれた美容院で整髪なさってるのも意想外でした)、頭にタオルを巻いたままご自宅へ駆け戻り、家事を懸命に片付けていらしたエピソードです。

そして、すごく「賢明なお母さん」なんだなぁとも思いました。

大河ドラマでご活躍中のコミカルな演技からも、聡明なお人柄は伝わって来るのですが。不規則で多忙なお仕事の一方、ご家族の日常を支える家事でも、他人様に迷惑をかけぬよう我が子を成功へ導けるよう、心を配り工夫を凝らして努めておられました。

にも関わらず、『育て方が悪かったのだ』と悔悟を募らせる結果を招いてしまった所以は、何処に在ったのでしょうか?

***

語弊を懼れず端的に申し上げれば、「良いお母さん」が「悪い子」を授かった偶然。

更に言葉を補えば、「良いお母さん」には、「悪い子」が「悪いこと」をやらかしてしまう『危うさ』を看破することがすごく難しいのに、他人様に迷惑をかけぬよう我が子を成功へ導けるよう、ご自分お一人で全てを抱え込まざるを得なかった、必然です。

2016年4月12日火曜日

きれいな心 きたない心

四十年以上も昔のことなので、タイトルを失念してしまいましたが、私が小学1年か2年だった或る日、学校の体育館で映画の鑑賞会が催されました。今で言う特別支援学級へ通っている子ども達の日常を、主題に取り上げた邦画作品でした。

ネットで少し調べてみた限りでは、羽仁 進 監督 が1964年にリメイクした『手をつなぐ子ら』の可能性が高い気もします。しかし、記憶しているシーンは本筋と全く関係無かったようで、データベースの情報だけでは確認できませんでした。

非常に鮮明に覚えている、その場面を文章で書き起こすと、以下のようなシークエンスになります。
放課後の校庭。一日中降り続いた雨で水たまりが出来ている。 
小学校低学年の少女が一人、長靴を履き、雨傘を差して登場。
校庭の片隅にしつらえた花壇へ、ジョウロで水を遣り始める。 
傘を差しながら、水の入った重いジョウロを、片手で動かす
少女の、真剣な眼差しと緊張した口元を、クローズ・アップ。 
一転、降りしきる雨脚越しに、校舎の一角を遠望するカメラ。
更に寄ると、職員室の窓から支援級の担任が校庭を見ている。 
教師の視線の先は、色とりどりのチューリップが咲く花壇と
長靴を履き、傘を差して、雨中の水遣りに懸命な、少女の姿。 
再び職員室へ転じたカメラは、男性教師の優しげな眼差しと、
少し困惑の色を滲ませ微笑む口元を、クローズ・アップする。
何度も思い返すうち、私が加えてしまった“演出”があるかも知れません。けれど、降りしきる雨音だけで台詞は一言も無い、濡れた地面と木造校舎の陰鬱な背景に、咲き揃ったチューリップの明るい色彩が映える、とても美しいシーンでした。

***

鑑賞会の後は、学級ごとに教室へ戻って「帰りの会」を済ませ、行事が催された日の常で、上級生達と集団下校したような気がします。ともかく帰宅すると、保護者席で映画を観ていた母が待ち構えていて、どんな感想を持ったか訊かれました。

2016年4月10日日曜日

あなたが あなたで あるために

娘が高校を卒業し、レイティングが全面解禁されたのを機に、劇場版アニメでもハリウッド映画でもない「大人の映画」を、母子で観に出かけることが幾度かありました。

補欠合格の結果を待つ間に、御縁を繋ぐ験担ぎも兼ねて『KANO 1931海の向こうの甲子園』を有楽町で。入学行事や受講登録が完了し、通学にも慣れてきた黄金週間には、文化人類学を専攻する試金石として『セデック・バレ』を六本木で……

以後は、所属学部でもサークルでも趣味の合う知己を得られた様子で、娘が私と一緒に出かける機会も無かったのですが。

語学留学やら帰省やらで、友人たちが不在がちだった再びの春休みに、ちょうどジェンダー論を履修した娘と、期間限定公開の『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』や、封切られたばかりだった『リリーのすべて』を池袋で鑑賞しました。

これら4本の映画は一見、趣向にも主題にも共通点はありません。主人公も、海を越えて活躍した甲子園球児・植民地支配に抗うべく蜂起した先住民・現代へスピンオフした史上空前の名探偵・世界で初めて女性に変身した男性、と多種多様です。

けれど、どの作品も等しく、社会的少数者である自己同一性の尊厳を、守り抜こうとした人々の葛藤と克己が、確かな実存性を以て虚心坦懐に平易端然と描かれています。

***

英語原題『The Danish Girl』を『リリーのすべて』とした邦題は、映画の全貌を的確に表象する、極めて秀逸な訳出でした。

男児として生を受けEinarという男性名を授けられ、美術学校で知り合った妻と仲睦まじく暮らしていた主人公の、Liliという女性名を名乗る「内なる自己」が、精神と肉体の同一性を「回復」しようとした葛藤と克己こそ、この作品の主題だったからです。

しかし、『英国王のスピーチ』で数々の栄冠を受けたTom Hooper監督が、静謐な叙情に徹した映像の洗練と、Einarの妻・Gerda 役を射止めたAlicia Vikanderの、質朴な情感に溢れた名演の迫真に、他者を愛し続ける真実の深淵と孤高を幾度も反芻するにつけ……

版権やら興行やら「大人の事情」を一切無視して、真摯誠実に率直普遍なタイトルを付けるなら……原語では『The Danish Girls』そして邦訳は『リリーとゲルダ』と題すべき映画だったのでは?と私は思うのです。

主役を演じたEddie RedmayneのEinarからLiliへの変貌が、余りに見事かつチャーミングだったため、ほとんどの映画評では言及されていないようですが。
《以下、『リリーのすべて』のネタバレ御注意!》

2014年11月2日日曜日

2014年10月16日木曜日

令嬢と奥様の日常

“高校生”繋がりで入手した『それでも町は廻っている』第13巻&『銀の匙 Silver Spoon』第12巻&『咲 -Saki-』第13巻とは、完っ全っにっ“別世界”ですがw

先月末は、25日に目出度く発売なった村上リコさんの『図説 英国貴族の令嬢』も、併せて購入。『図説 英国メイドの日常』そして『図説 英国執事 貴族をささえる執事の素顔』に続く、河出書房新社ふくろうの本『図説』シリーズの第3弾ですv

カバー表はジョン・シンガー・サージェントの「ウィンダム姉妹 (1899)」
華麗にして優美なること正に“Daughters of the British Aristocracy”ですね〜v 

思い起こせば『小公子』を耽読していた小学校低学年の砌から、英国上流階級の風俗が大の好物(先日は、アガサ・クリスティーの著作か『バジル氏の優雅な生活』や『T.E.ロレンス』辺りが起源と綴りましたが……もっと年季入ってましたw)。

なので今回の新刊も、大変美味しく堪能させて戴いたのは無論なのですけど。それにも増して一押しな“お奨めポイント”は、『ダウントン・アビー』を愛する方々が第1シーズンを復習&第2シーズンを予習なさるのに絶好の“参考書”ということ。

なんてったって今年5月にスタートしたNHK地上波放映の最中、実況ツイートやハッシュタグで盛り上がりつつも、著者が「ぎうっぎう~ 」になってらしたのは、まさしくこの御本の原稿と拝察されますから、理の当然。

そして、ドラマの企画・製作総指揮・脚本を担うジュリアン・フェローズ御大が、限嗣相続を主題とするに至った由縁、加えて、グランサム伯爵家のご令嬢お三方をはじめ、伯爵夫人コーラ様や先代伯爵夫人ヴァイオレット様が抱えるお悩みの根幹が、一挙に深〜く拝察&隅から隅まで納得できちゃう好著なのです。

来月1日から始まる第1シーズンのアンコール放送、更に末日からの第2シーズンスタートに備え、階上と階下の運命が織りなす極上のドラマを、余す処なく御賞味なさりたい皆様方には、万全の体制を整えるべく(是非『英国メイドの日常』『英国執事 貴族をささえる執事の素顔』と御一緒に)全力でお奨めしたい一冊です!


2014年8月30日土曜日

「猿」に仕えた男

どんなに芝居が上手い役者さんでも、演技力だけでは如何ともしがたい事がある。

半年以上前の話で恐縮だが、今年の元旦に観た『利休にたずねよ』では、世評に違わぬ研ぎ澄まされた映像美を賞嘆する一方、観衆が熟知した(と思っている)歴史上の人物を演ずる困難に、つくづく感じ入ってしまった。

利休居士を演じたのは、十一代目 市川 海老蔵。Wikiに拠れば身長は176cmとのことだが、体格にも増して場を圧する持ち前の存在感こそが、これ以上は望めぬほど相応しい配役である旨、私如きが申し上げるまでも無く。

然りながら対する関白秀吉公は、世に周知され、原作冒頭でも利休居士の独白として叙述されている通り、『小癪な小男』でなければならない。先に茶頭として仕えていた『精悍な骨柄』の信長公ではなく、思わず『猿めが』と罵りたくなる『下司』な男が、天下人となってしまった歴史の“あや”こそ、物語の根幹なのだから。

しかるに現実の体格が、僅かであっても利休役より長身というのは、秀吉役に配された俳優さんからすれば、誠に酷な話。これ以上は望めぬほど、利休居士に相応しい当代きっての歌舞伎役者と、対峙せねばならなかった大森南朋さんは、御自身の身長にも苦戦なさっておられたのでは?と、つい銀幕の裏側を拝察してしまう。

加えて物語の佳境で、白刃を交える如き遣り取りを主客が交わすのは、好悪に関わらず膝突き合わせねばならぬ、狭い佗茶の席。カメラワークで案配を工夫する術も無い。そこを敢えての配役ならば、受けて立った俳優の意気に感じて、脚本で思い切った加勢をして差し上げても良かったのに、と埓もない事を考えてしまった。

年初に観た映画を今頃になって思い出したのは、同じ時代を描く『軍師官兵衛』の第31回「天下人への道」で、荒木村重役を務めた田中哲司さんの主役を遙かに凌ぐ高身長(岡田准一くん、ゴメンナサイ!)を、むしろ大胆に活かしたカメラワークが、鮮烈な心理描写、そして主人公の未来を暗示する演出となっていたから。

果たして第33回「傷だらけの魂」は、
“荒木村重”回と称すべきか、“田中哲司”回と讃すべきか!

主君を裏切り、朋友を陥れ、一族郎党を捨てて、意地汚く生き延びた煩悩からも逃げ続け、刀を捨て、剃髪して、茶道に専心しながらも救われぬまま、開き直ったように官兵衛の眼前に立ち現れる忘恩の徒。その浅ましさを『乱世が生んだ化け物』と自嘲する台詞は、魁偉な役者さんが吐いてこそ、凄みが増すというもの。

今は関白の御伽衆・道薫として奉仕する村重に、未だ秀吉になびかぬ茶々が、城を捨てた懺悔話を所望するという筋立ては、ヘロデ王に預言者・ヨハネの斬首をねだったサロメを彷彿させて、正に劇的!脚本もまた、裏切り者の難役に挑む俳優の意気に応え、渾身の趣向を凝らしていたのが、観ていて大変心地良かった。

映像美だけ、あるいは主役だけが突出するのではなく、登場する各人の見せ場を丁寧に工夫する有り様は、『人は殺すよりも使え』という軍師自身の生き様にも似て……企画意図にも合致した好感が持てる制作姿勢に、今後の展開も期待したい。


2014年7月16日水曜日

甘美な追憶の果てに

いや〜、メチャメチャ驚嘆しました!『グランド・ブダペスト・ホテル』!!!
(あ、公式サイトへのリンク、BGMが鳴りますので御留意くださいませ)

この6月に封切られた映画、佐々木蔵之介さんが好きな私も、陣内孝則さんが好きな相方も、むしろ『超高速!参勤交代』が気になってたんですけど。御覧になった皆様のレビュウを拝読するに、『ジャズ大名』が好きな私も『大江戸捜査網』が好きな相方も、生憎、期待してたのとちょっと違うのかな〜?という心持ちに。

とは言え、なにせ5月から6月は、『ダウントン・アビー』にズップリ嵌まってましたから。最終回を堪能させて戴いた後も、“ドラマ”への熱が冷めやらず(“あまロス”ならぬ“ダウアビロス”?って、こんな略称ございませんがw)。

ジュリアン・フェローズ御大が描く濃厚緻密な正統派群像劇とは一転、思いっ切り軽佻浮薄なslapstickも美味しそう!って事で。

Sweet & Lovelyな映像のみならず、『イングリッシュ・ペイシェント』のRalph Fiennes(と言うか、むしろ『名前を言ってはいけないあの人』)や、『インデペンデンス・デイ』のJeff Goldblum(と言うか、むしろ『イアン・マルコム博士』)や、『プラトーン』のWillem Dafoe(と言うか、むしろ『グリーン・ゴブリン』)等々、曲者揃いの俳優陣にも心惹かれ、レディースデーな水曜日を幸い、チャッカリ一人で観て参りました〜vvv

だが、しかし!案に相違して何よりも圧倒されたのは、語られた“ドラマ”そのものでした。以下、一応『ネタバレ御注意!』な改ページ挿入しますけど。

ストーリーの90%以上が、テーマと全く関係無かったじゃん!
なのに、エンドロールでこんなに涙が溢れてくるのは何故?!
監督/脚本/発案/製作のウェス・アンダーソン、スゴイ凄すぎる!!!

てな衝撃が、真っ先に浮かんだ感想だった旨、申し添えておきます。

《以下、『グランド・ブダペスト・ホテル』のネタバレ御注意!》

2014年6月29日日曜日

階上と階下の運命

最終回も勿論、余す所なく堪能させて戴きました! 『ダウントン・アビー』!!!

実は「巧い脚本家は『円環する物語』がお好き」てのが、持論だったり。僭越ながら此度も、その私説に超絶強力な“実証”を賜り、心中ニヨニヨしておりますv

そして第6話「通い合う想い」のレビュウで、第1シーズンの時系列と併せ、考察を試みたご令嬢お三方の社交活動状況(特に長女・メアリー嬢のギリギリ婚活っぷり)にも、目出度く“正解”の答え合わせを戴けました〜vvv

更に加えて「正統派群像劇の一番の醍醐味は、会話の妙なのだよ」と、辣腕を惜しみなく振るって下さるジュリアン・フェローズ御大!!!

午後のお茶仲間な「ヨメ・トメコンビ」とか。喫煙仲間な「悪巧みコンビ」とか。お馴染みになった組み合わせだけじゃなく、意外な取り合わせで展開した対話にも、登場人物の“想い”を忍ばせる見事なスクリプト。偉大な劇作家を生んだ英国の奥深い伝統を、ヒシヒシと感じました〜(ウットリ)

てな調子で、萌えまくり・滾りまくりの拡大版な最終回!

毎度お世話になりました、村上リコ様設営ハッシュタグご参加の皆様と一緒に、ガッツリ盛り上がります!!!

《以下、第7話「運命のいたずら」のネタバレ御注意!》

2014年6月21日土曜日

世間の噂・家族の絆

>>第1話レビュウ『階上と階下のドラマ』を読む
>>第2話レビュウ『貴族の威信・市民の矜恃』を読む
>>第3話レビュウ『華麗なる婚活・隠然たる不穏』を読む
>>第4話レビュウ『変わる勇気・変わらぬ気概』を読む
>>第5話レビュウ『凡愚の浅略・聖賢の無謀』を読む


第6話は、いよいよ混迷を増して参りましたね! 『ダウントン・アビー』!!!

第5話「嫉妬の炎」のレビュウで、なんだか『宮廷女官チャングムの誓い』に雰囲気似てるかも〜?などと書いておりましたが。こちらのドラマで窮地に陥るのは、長今と韓尚宮だけじゃなくw

階上も、階下も!この方も、その方も、あの方も!ってのが、正統派群像劇ならではの醍醐味。喩えて言えば、“英国式朝食”と“午後のお茶会”と“正式な晩餐”を、一息に戴いちゃった感じで、超絶美味な上に大満足でした〜vvv

第1話冒頭でも、精妙な脚本と巧緻なカメラワークに、滾りまくっておりましたけど。複数のエピソードを一挙に綴った今回は、ジュリアン・フェローズ御大ならではの場面転換の妙技が、殊更に際立ちました!

なんてったって、朝ドラ風味な三女・シビル嬢の大活躍+『大長今』の水剌間編も斯くやな従者・ベイツ氏の難局+ソープオペラ仕様な長女・メアリー嬢のギリギリ婚活が、同時進行。それでいて視聴者を幻惑させない超絶技巧に、感服です!

群像劇を物語る、楽しさも苦しみも。ちょっぴりですけど味わった事がある、字書きの端くれとしては、ホント、素晴らしく勉強になりましたです。

もちろん物語の方も最終回直前で、ますます好調。当然、期待が高まります!

《以下、第6話「通い合う想い」のネタバレ御注意!》

2014年6月14日土曜日

凡愚の浅略・聖賢の無謀

>>第1話レビュウ『階上と階下のドラマ』を読む
>>第2話レビュウ『貴族の威信・市民の矜恃』を読む
>>第3話レビュウ『華麗なる婚活・隠然たる不穏』を読む
>>第4話レビュウ『変わる勇気・変わらぬ気概』を読む


第5話は再び、波瀾の気配に満ちて参りましたねv 『ダウントン・アビー』!

第4話「移りゆく心」では、叙情溢れる物語の裡に“幸せの鍵”の見つけ方を、慈愛に満ちた眼差しで描いて下さった、ジュリアン・フェローズ御大。

今回は階上でも階下でも(使用人の居室は屋根裏ですけどw)お屋敷の内でも外でも。固唾を呑んだり手に汗握ったり、美味しいエピソードの大盤振る舞いでした!

この雰囲気、いつかどこかで観たような?と思ってたんですけど……思い当たりました!『宮廷女官チャングムの誓い』のリズムを、なんとなく想起させるんです。

時代・文化の背景はまるっと違いますが。お約束の設定・ベタな展開を繰り出しつつ、豊富潤沢な“在庫”と縦横無尽に“語る力”で、万人を魅了する物語を描いている点が、正に相通ずる所。同じく、世界的なブームを巻き起こしてるのも納得です!

ただし『大長今』は、運命に翻弄されつつ、成長を遂げて行く一人の少女の身の上に、固唾を呑んだり手に汗握ったりの事件が起こりまくる一方、『Downton Abbey』は、あくまでも正統派群像劇。ゆえに“主人公”は、特定の一人に非ず。

敢えて言えば、お屋敷や所領内に暮らす人々全て……
グランサム伯爵家そのものが、“主人公”なんですよね。

(各賞の選考では、伯爵家筆頭たる旦那様が主演男優・ご長女のメアリー様が主演女優として、ノミネートされてますけどw)

そんな群像劇の濃厚緻密な醍醐味が、取り分けギュギュッと凝縮された第5話。

シリーズ後半に入って猶、全く目が離せない物語に、当然、期待が高まります!

《以下、第5話「嫉妬の炎」のネタバレ御注意!》

2014年6月7日土曜日

変わる勇気・変わらぬ気概

>>第1話レビュウ『階上と階下のドラマ』を読む
>>第2話レビュウ『貴族の威信・市民の矜恃』を読む
>>第3話レビュウ『華麗なる婚活・隠然たる不穏』を読む


第4話は一転、叙情豊かに語られましたねぇ……『ダウントン・アビー』!

まさかのスラップスティック・サスペンス?!な展開だった第3話「欲望の代償」で、視聴者の度肝を抜いて下さったジュリアン・フェローズ御大。

ですが今回は、“女たちの『ダウントン・アビー』”とでも題したくなる、誠に趣深いお話でした〜vvv

一見、ステレオタイプなキャラクタ設定。
だとしても、豊富潤沢な“在庫”と縦横無尽に“語る力”さえあれば、万人の心に響く物語を紡ぎ出せる……と証明して戴いたような。

昨今巷間に溢れる珍妙奇怪なキャラ設定も、受け手を幻惑するストーリーも。
実は、独創的なドラマを創出するため不可欠、ってわけじゃあないんですよ!

などと、力強い“実証”を得て、つい持論を力説しちゃった後。村上リコ様の呟き経由で、『オスマン帝国外交官の例のエピソードは実話だった!』てな記事を拝読し、リアルで爵位をお持ちな脚本家の、豊潤過ぎる“在庫”にガクブルしておりますw

さてさて、人生に屈託をお抱えのお嬢様がたには、是非、御覧戴きたい第4話。

初心なキッチンメイドから伯爵家のご長女まで……
女性たちの来し方・行く末に、期待が高まります!

《以下、第4話「移りゆく心」のネタバレ御注意!》

2014年5月31日土曜日

華麗なる婚活・隠然たる不穏

>>第1話レビュウ『階上と階下のドラマ』を読む
>>第2話レビュウ『貴族の威信・市民の矜恃』を読む


なんと第3話は、サスペンス展開でしたね〜vvv『ダウントン・アビー』!

第1話「嵐の予感」では、階上に住まう伯爵家の“御家族”と、階下でご奉仕に努める“使用人”。そして第2話「招かれざる客」で、中流階級に属する爵位継承者母子の、お人柄を鮮烈に御披露下さったジュリアン・フェローズ御大。

でも実は、お屋敷勤めを始めたばかりの、“純情素朴なキッチンメイド”から、使用人や小作人に等しく慈愛を注ぐ、“寛大高潔な旦那様”に至るまで、結構ステレオタイプ。文字通り『物語に登場するような』キャラクタ設定、なんですよね。

第1話で布石された執事と従者の間に蟠る禍根を、手際良く回収かつ互いの信頼へと転換して見せた、カーソン氏の“意外な過去”も、いつかどこかで似たよな話を、読んだ覚えがあるような。

“許されざる過去”を頻りに匂わせてるベイツ氏にしても、ボーア戦争に従軍してた男に公言を憚る秘密が……てのはアガサ・クリスティーの著作でお馴染みだし。

お嬢様がたのキャラ設定にしても、なかなか“発展家”な長女・いちいち姉に反発する次女・姉二人に愛される未だ乙女な三女……てのは『エマ』に登場したキャンベル子爵家の三姉妹を、彷彿とさせる所もあったり。

そんな登場人物紹介が済んで、本格的に物語が動き始める第3話。

リアルで爵位をお持ちな脚本家は、如何なるドラマを紡いて下さるのか?
断然、期待が高まります!

《以下、第3話「欲望の代償」のネタバレ御注意!》

2014年5月24日土曜日

貴族の威信・市民の矜恃

>>第1話レビュウ『階上と階下のドラマ』を読む


そして第2話も、濃厚・緻密でしたね〜vvv『ダウントン・アビー』!

って、突然で恐縮ですが……今期の土曜日は僭越ながら、『ダウントン・アビー』各回のレビュウを、集中連載させて戴く事に独断致しました!

超絶上質な萌え燃料の大盤振る舞いは、誠に有り難き慶事ながら。取り急ぎ、字書きで出力しておかない事には、毎週の視聴後、妄想深読み満載な怒濤の滾りを、洩れなく“在庫”として長期記憶へ移行する、自信が無くなって参りました次第w

さて、第1話「嵐の予感」にて、階上に住まうグランサム伯爵家の“御家族”と、彼らにご奉仕すべく、階下で立ち働く“使用人”のドラマを、見事に描出なさったジュリアン・フェローズ御大ですが。

第2話「招かれざる客」は、階上でも階下でもない“第三の”階級。すなわち産業革命の後、“世界の工場”たる繁栄を謳歌した英国だからこそ新興した、中流階級が物語の中心となります。

《以下、第2話「招かれざる客」のネタバレ御注意!》

2014年5月17日土曜日

階上と階下のドラマ

遂に日本でも、放映が始まりました『ダウントン・アビー』!

って、唐突で恐縮ですが……実は、19世紀末〜20世紀初頭の英国、所謂、ヴィクトリア朝末期からエドワード朝にかけての風俗も、大の好物でございます。

アガサ・クリスティーの著作、あるいは『バジル氏の優雅な生活』や、『T.E.ロレンス』辺りが起源かと思われ……ですので、昨今のメイド・執事ブームとは一線を画す、年季が入っております(歳がバレますがw)。

とは言え“資料”と称し、『エマ ヴィクトリアンガイド』を皮切りに、結局、『エマ』全巻も大人買い。更に、TVアニメ版『黒執事』で考証協力なさってた、村上リコ氏の『図説 英国メイドの日常』や『図説 英国執事 貴族をささえる執事の素顔』も、入手済みだったりw

そんな既存の背景知識に、ドラマ公式ページや、NHK公式コラムでも予習を重ね、準備万端で第1話「嵐の予感」を拝見しました〜vvv

稀に見る上質なドラマ、との前評判は、もちろん承知しておりましたし、リコさんの実況ツイートも拝読した上で、録画視聴致したのですけど……

予想を超える素晴らしさに、感嘆・感服の連続でした!!!

殊に、小説を志す、字書きの端くれとしては、精妙な脚本に萌えまくり。
動画で妄想する、映像記憶保持者としては、巧緻なカメラワークに滾りまくり。

林の如く立ち並んだ電信柱に支えられ、空を走る電線に乗って階上の“御家族”へ……
鉄路を疾駆する蒸気機関車に牽引され、地を走る列車に乗って階下の“使用人”へ……

波乱の“予兆”がもたらされる、という心憎いばかりの導入に一層期待が高まります!

《以下、第1話「嵐の予感」のネタバレ御注意!》