精神医療や心理の臨床におられる専門職が陥りやすい『勘違い。すれ違い。』は、日頃接しておられる患者さんがたを、当事者の全体像と思い込んでしまうことでしょう。
つまり「通うべき所へ通えない」すなわち臨床や支援へ赴くことさえ出来なくなった、ホンモノの社会的ひきこもりの当事者像を、彼らは殆ど経験できていない。にも関わらず、診察や面談には通い続けられる軽度な不登校やひきこもりを以て、全て「わかったつもり」になっている所こそ、サポートセンターのブログを綴っておられる当事者の皆さんが、口を揃えてカウンセリングは役立たずだと証言する所以と私は考えています。
精神医療や心理の臨床におられながらも、ホンモノの社会的ひきこもりの当事者像を「わかっている」専門職は、言わずもがなの釈明の労なぞお執りにならないでしょう。
診察や面談に通い続けられる軽度なケースのみを以て、自分は全て「わかったつもり」になっている同職の勘違いを心底で憂いつつも、サポートセンターの皆さん同様に『わかるから よくて、わからないから ダメ ではない。』と達観し、『そうだとしても、目の前にいる青年の支援を 明日も淡々と行っていくだけ』である筈なのです。
***
かつて私に対し、わかったつもりで迂闊な『ただの励まし』を書き送り、寒風の中で冷水を浴びせられたような『悲しみや辛さ』を与えた心理職も、懸命にひきこもり当事者を「わかりたい」と切望しながら、どうしても果たせないご事情を抱えておられます。
『わかるからよくて、わからないからダメ』という自己否定に囚われ、不信感・被害感を我慢できず怒りでしか反応できない「カサンドラ」状態へ陥ってらっしゃるのです。
さりながら、娘の大学生活に安堵の一息を吐いた拙文へ『苦労は大学を卒業してからが本番』とか、歴とした?機能不全家族に生い育った私へ『きっと健全なご家庭で育ったのでしょうね』とか、『上から目線で』冷水を浴びせるようなコメントをお返しされた旨、私は責めなくても忘れません。現実に『悲しみや辛さ』を感じたのは私ですから。
2019年2月7日木曜日
2018年6月25日月曜日
Parenting is Difficult or Not?
『子育ては難しい?それとも難しくない?』
いつも拙文へのご愛顧を賜っておりますサポートセンター名古屋のヒロさんから、こんなご下問を頂戴しました。ヒロ師兄へは3年前のクリスマス・イヴに、「いかなる無理難題でも、パワー全開でお応えするのが、師妹の勤め」との誓詞を啓上しております。
それに加えて、『子育ては難しい』あるいは『難しい子育て』という文言を、殊に専門家を名乗って発信しておられる御仁が、頻繁にお使いなのをお見かけする度、へそ曲がりなヒルマ小母ちゃんも「なんだかなぁ」と居心地の悪さにムズムズしていたところ。
とは言え「いぃや、難しくないですよ!」と反駁したいがため、『子育ては簡単なんですよね?』と問われれば、それもちょっと違うかなぁと思うんです。
***
そもそも「子育て」って日本語が、私は気に入らなかったりw
アメリカですと「parenting」(直訳すれば「親になること」)という言葉を専ら使っているようですが、そちらの方が行為の本質を表現できている、と私は感じるのです。
ヒロ師兄の「言葉遊びで、お茶を濁すのか〜?」という声が聞こえて来そうですが、落胆するなかれ。人間てのは、どんなに視覚優位な感覚の凸凹をお持ちの皆さんでも、深く思考するには「言葉」を使わねばなりません。いわゆる「概念」てヤツですが、困った事に遭遇して頭を悩ませねばならない時こそ、コレが大きく影響して来るんですよ。
では、ヒロ師兄が『ご両親の要請で面談に同席』なさった親御さん方は、一体どんな困った事に遭遇して、頭を悩ませねばならない状況へ陥ってらっしゃるのか?
「だーかーらー子育て、ですよ!みなさん、子育てに失敗して悩んでる、って書いたじゃないですか?」とヒロ師兄からツッコミ入りそうですが。はい、その「子育て」という言葉をマルッと「parenting」へ差し替えてみて下さい。日本語直訳なら「親になること」ですけど、皆さんは「親になること」に失敗しちゃっておられるんでしょうか?
そんなことは、ないですよね。ご多忙の合間を縫ってサポートセンター名古屋へ連絡を取り、ご多用を遣り繰りして面談の時間を拵えて下さったのですから、皆さんは「親になる」という行為に於いて叶う限りの最善を尽くそう、と努めてらっしゃる。そんな親御さんに対して「parenting」に失敗した、と決めつける輩こそ唾棄すべきでしょう。
***
そもそも「子育て」という概念が、たくさんの問題の根源になっている、と私は考えています。本来「育つ」行為の主体は子ども自身である筈なのに、「子育て」という概念ゆえ親の方へ主体が偏向させられてしまっている。
特にお子さん生来の五感や認知に凸凹があり、「普通」の発達過程をたどる「みんな」と同じペースで「育つ」ことが叶わなかった場合、行為の主体が親御さんへ偏向させられているご家庭で、子どもを主体とした(いわゆる当事者本位の)サポートが実現せず親の価値観に沿った方策ばかりが施された結果、二次障害へ増悪させる例が後を絶ちません。
大統領さんの ご家庭も 名無しさんの ご家庭も 東大さんの ご家庭も
Mr. Joeの ご家庭も 俊介さんの ご家庭も ジャイアンさんの ご家庭も
そしてヒロさんのご家庭も、「育つ」行為の主体はこの子自身なのだから、この子が「できないこと」を「できること」にするまで根気強く支えて行こう、と親御さんが「parenting」の概念で深く思考を巡らせて下さっていたら、重篤な二次障害に頭を悩ませねばならない状況へ、きっと陥っておられなかっただろうと私は考えているのです。
改めてヒロさんから頂戴したご下問にお答えすれば、「育つ」行為の主体はお子さん自身なのに、親御さん主体で「子育て」を成功させねば!とお考えになるから、『子育ては難しい』『難しい子育て』と溜息を吐く事態へ到ってしまう。つまり『難しい?それとも難しくない?』という話ジャナクテ「子育て」という概念にこそ「難がある」のです。
そして最後に、妊娠・出産を在米中に経験したお陰様で「parenting」という概念を以て娘との関係性を築くことが叶った、ヒルマ小母ちゃん自身の個人的感想は「Parenting is just Wonderful!!!(「親になる」って尊い!!!)」だった旨を申し添えておきます。
>>続篇『「親になる」のは難しくない?』を読む
いつも拙文へのご愛顧を賜っておりますサポートセンター名古屋のヒロさんから、こんなご下問を頂戴しました。ヒロ師兄へは3年前のクリスマス・イヴに、「いかなる無理難題でも、パワー全開でお応えするのが、師妹の勤め」との誓詞を啓上しております。
それに加えて、『子育ては難しい』あるいは『難しい子育て』という文言を、殊に専門家を名乗って発信しておられる御仁が、頻繁にお使いなのをお見かけする度、へそ曲がりなヒルマ小母ちゃんも「なんだかなぁ」と居心地の悪さにムズムズしていたところ。
とは言え「いぃや、難しくないですよ!」と反駁したいがため、『子育ては簡単なんですよね?』と問われれば、それもちょっと違うかなぁと思うんです。
***
そもそも「子育て」って日本語が、私は気に入らなかったりw
アメリカですと「parenting」(直訳すれば「親になること」)という言葉を専ら使っているようですが、そちらの方が行為の本質を表現できている、と私は感じるのです。
では、ヒロ師兄が『ご両親の要請で面談に同席』なさった親御さん方は、一体どんな困った事に遭遇して、頭を悩ませねばならない状況へ陥ってらっしゃるのか?
「だーかーらー子育て、ですよ!みなさん、子育てに失敗して悩んでる、って書いたじゃないですか?」とヒロ師兄からツッコミ入りそうですが。はい、その「子育て」という言葉をマルッと「parenting」へ差し替えてみて下さい。日本語直訳なら「親になること」ですけど、皆さんは「親になること」に失敗しちゃっておられるんでしょうか?
そんなことは、ないですよね。ご多忙の合間を縫ってサポートセンター名古屋へ連絡を取り、ご多用を遣り繰りして面談の時間を拵えて下さったのですから、皆さんは「親になる」という行為に於いて叶う限りの最善を尽くそう、と努めてらっしゃる。そんな親御さんに対して「parenting」に失敗した、と決めつける輩こそ唾棄すべきでしょう。
***
そもそも「子育て」という概念が、たくさんの問題の根源になっている、と私は考えています。本来「育つ」行為の主体は子ども自身である筈なのに、「子育て」という概念ゆえ親の方へ主体が偏向させられてしまっている。
特にお子さん生来の五感や認知に凸凹があり、「普通」の発達過程をたどる「みんな」と同じペースで「育つ」ことが叶わなかった場合、行為の主体が親御さんへ偏向させられているご家庭で、子どもを主体とした(いわゆる当事者本位の)サポートが実現せず親の価値観に沿った方策ばかりが施された結果、二次障害へ増悪させる例が後を絶ちません。
大統領さんの ご家庭も 名無しさんの ご家庭も 東大さんの ご家庭も
Mr. Joeの ご家庭も 俊介さんの ご家庭も ジャイアンさんの ご家庭も
そしてヒロさんのご家庭も、「育つ」行為の主体はこの子自身なのだから、この子が「できないこと」を「できること」にするまで根気強く支えて行こう、と親御さんが「parenting」の概念で深く思考を巡らせて下さっていたら、重篤な二次障害に頭を悩ませねばならない状況へ、きっと陥っておられなかっただろうと私は考えているのです。
改めてヒロさんから頂戴したご下問にお答えすれば、「育つ」行為の主体はお子さん自身なのに、親御さん主体で「子育て」を成功させねば!とお考えになるから、『子育ては難しい』『難しい子育て』と溜息を吐く事態へ到ってしまう。つまり『難しい?それとも難しくない?』という話ジャナクテ「子育て」という概念にこそ「難がある」のです。
そして最後に、妊娠・出産を在米中に経験したお陰様で「parenting」という概念を以て娘との関係性を築くことが叶った、ヒルマ小母ちゃん自身の個人的感想は「Parenting is just Wonderful!!!(「親になる」って尊い!!!)」だった旨を申し添えておきます。
>>続篇『「親になる」のは難しくない?』を読む
2018年4月30日月曜日
A Hasty Lonely Cassandra
保育園で『危うさ』を指摘された際に専門医を受診していれば、高機能自閉症と診断されたであろう拙宅の娘。彼女の「多様性」は、4年前の初冬に亡くなった父方の祖父、すなわち二等親血縁者から受け継いだと理解するのが最も蓋然的と私は考えています。
娘自身の自己理解をゴールに据え、小学3年生あたりから本格的な「自家製療育」を始動した拙宅ですが、同じ時期に夫から義母へも孫娘が抱える「障害」を改めて告知しました。発語発話が極端に遅れていた初孫へネガティヴな反応しか出来なかった私の実母とは真逆に、義母は動揺を表に出すことも無く愛情を注いでくれており、きっと受容して戴けるだろうと期待が持てたからです。
その折に夫が自閉圏の情緒的特性について説明すると、義母は突如「それ、ウチのおとうさんだわ!」と瞠目し、結婚以来ずっと被ってきた数々の「迷惑」を堤防を決壊させた奔流のごとく語り始めました。孫娘の障害告知は、数学者だった義父が未診断ながらアスペルガー症候群であり、義母が「カサンドラ情動剥奪障害」に長年陥っていた可能性を、強く示唆した瞬間でもありました。
***
義母が繰り返し話してくれた義父の「迷惑」エピソードは、例えば
義母が同居していない「内孫」(夫が唯一の男子なので、拙宅の一人娘は唯一の「内孫」)と嫁に、結婚以来の『差異をめぐる』不和や対立を微笑ましい「思い出」へ昇華して語るのは、血縁であっても同居していない者は「お客様」そして内孫には跡取り(家業は無いため実質的には墓守)になってもらわねば、との「正論」が遠慮として働いてくれるから。ちょっと意地悪な考え方ですけれど、義父から自閉圏の情緒的特性を受け継いだと思われる娘が、「カサンドラ」状態にある(と推察される)祖母の不信感・被害感の傷心が起爆する攻撃的な反応を避けるには、きっと丁度良い心理的な距離を置く旨こそ最善なのでしょう。
***
では、そんな夫婦の間で育ったもう一人の子、すなわち実の娘である義理の姉と「外孫」には何が起こったのか?と考察を広げれば、義姉が実父の告別式に参列せず(おそらく妻の強固な反対を押し切って)列席して下さった義兄に娘と息子を同伴させなかった事情を、不調法を憚らぬ理系な弟嫁と言えど一応の妥当な根拠で事実に迫る推理ができます。
義父と義姉が「アスペルガーの父」と「カサンドラの娘」だったのと同時に、義母と甥は「カサンドラの祖母」と「アスペルガーの孫」だったと解題すれば、義姉は実父への遺恨ゆえに告別の礼を拒んだとの推察も、「カサンドラ」状態にあって「アスペルガーの孫」へ被害的・攻撃的な反応をしがちな祖母から息子を守るために(との発想も「カサンドラの娘」ゆえの不信感・被害感による過剰反応なのですが)参列させなかったとの推察もできるのです。
情緒的に自閉圏寄りの夫は、十年以上続く母親と姉の不和について「考えたくもない」と「聞く耳を持たない父」によく似た態度で辟易する一方ですが、「カサンドラ」同士の被害的・攻撃的な反応が生じた対立では?との仮説を質してみたところ「確かにおじいちゃんがKちゃん(義姉の娘)に不躾なことを言ったか、おばあちゃんがAくん(義姉の息子)に余計なことを言ったのが、おおかた原因なんだろう」との合点を得られました。
さりながら状況が俯瞰できていても、私は義母や義姉からすれば赤の他人の「お客様」に過ぎません。各々家庭を主導している彼女たち自身が「我が家には『障害』がある」と認め、家庭の埒外へ援助を求めなければ膠着を解決する糸口もつかめないのです。
***
今年の春休みも拙宅の娘は孤独を託つ祖母へ、好物の手土産と大学3年目の成績が更新された単位取得状況のプリントアウトを携え、ご挨拶に参じました。例によって私が同伴しなかったのは嫁への気遣いを義母に強いたくなかったのと、娘が『自閉的な行動パターンの表出』を自制し相手の振りかざす「正論」も受け流す経験を積ませたいから。
果たして娘は不躾なことも余計なことも表出を自重し、うまく祖母のご機嫌を取り結べた模様。しかし彼女の帰宅後、ちょっとした行き違いで咄嗟に義母が呈した行動は、「カサンドラの祖母」が「アスペルガーの孫」へ(孫の発達障害を承知であっても)不信感・被害感を我慢しがたい性向をも実証していました。「せっかち」だから「見えていない」↔「見えていない」から「せっかち」という悪循環で極まった「カサンドラ情動剥奪障害」へ、義母と義姉が向き合える契機を蔭ながら待ち設けている不肖の嫁なのです。
>>前篇『An Easy Lonely Mathematician』を読む
娘自身の自己理解をゴールに据え、小学3年生あたりから本格的な「自家製療育」を始動した拙宅ですが、同じ時期に夫から義母へも孫娘が抱える「障害」を改めて告知しました。発語発話が極端に遅れていた初孫へネガティヴな反応しか出来なかった私の実母とは真逆に、義母は動揺を表に出すことも無く愛情を注いでくれており、きっと受容して戴けるだろうと期待が持てたからです。
その折に夫が自閉圏の情緒的特性について説明すると、義母は突如「それ、ウチのおとうさんだわ!」と瞠目し、結婚以来ずっと被ってきた数々の「迷惑」を堤防を決壊させた奔流のごとく語り始めました。孫娘の障害告知は、数学者だった義父が未診断ながらアスペルガー症候群であり、義母が「カサンドラ情動剥奪障害」に長年陥っていた可能性を、強く示唆した瞬間でもありました。
***
義母が繰り返し話してくれた義父の「迷惑」エピソードは、例えば
友人と夫婦同士で会食した時に、初めて会った相手の妻君をマジマジと眺めた上、感服した調子で「奥さんは、太ってますねぇ」と言ってしまったため、恥ずかしいやら恐縮するやらで、冷や汗をかかされた。と、いかにもアスペルガー的でありつつどこか微笑ましい落語調でしたが、義母の明朗な天性が昇華させた「思い出」だからでしょう。そんな夫婦の間で息子として育った(自閉圏寄りですが「障害」には到っていない)夫からすれば、母親の「正論」が通用しなくなる度に『差異をめぐる』不和や対立の勃発必至だった実家へは、根強い悪印象しか抱けない様子。子どもの視点からは、寡黙な「聞く耳を持たない父」より「口やかましい母」の方が悪者だと見做されがちな経緯も、「カサンドラ情動剥奪障害」の典型と言えます。
義母が同居していない「内孫」(夫が唯一の男子なので、拙宅の一人娘は唯一の「内孫」)と嫁に、結婚以来の『差異をめぐる』不和や対立を微笑ましい「思い出」へ昇華して語るのは、血縁であっても同居していない者は「お客様」そして内孫には跡取り(家業は無いため実質的には墓守)になってもらわねば、との「正論」が遠慮として働いてくれるから。ちょっと意地悪な考え方ですけれど、義父から自閉圏の情緒的特性を受け継いだと思われる娘が、「カサンドラ」状態にある(と推察される)祖母の不信感・被害感の傷心が起爆する攻撃的な反応を避けるには、きっと丁度良い心理的な距離を置く旨こそ最善なのでしょう。
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では、そんな夫婦の間で育ったもう一人の子、すなわち実の娘である義理の姉と「外孫」には何が起こったのか?と考察を広げれば、義姉が実父の告別式に参列せず(おそらく妻の強固な反対を押し切って)列席して下さった義兄に娘と息子を同伴させなかった事情を、不調法を憚らぬ理系な弟嫁と言えど一応の妥当な根拠で事実に迫る推理ができます。
義父と義姉が「アスペルガーの父」と「カサンドラの娘」だったのと同時に、義母と甥は「カサンドラの祖母」と「アスペルガーの孫」だったと解題すれば、義姉は実父への遺恨ゆえに告別の礼を拒んだとの推察も、「カサンドラ」状態にあって「アスペルガーの孫」へ被害的・攻撃的な反応をしがちな祖母から息子を守るために(との発想も「カサンドラの娘」ゆえの不信感・被害感による過剰反応なのですが)参列させなかったとの推察もできるのです。
情緒的に自閉圏寄りの夫は、十年以上続く母親と姉の不和について「考えたくもない」と「聞く耳を持たない父」によく似た態度で辟易する一方ですが、「カサンドラ」同士の被害的・攻撃的な反応が生じた対立では?との仮説を質してみたところ「確かにおじいちゃんがKちゃん(義姉の娘)に不躾なことを言ったか、おばあちゃんがAくん(義姉の息子)に余計なことを言ったのが、おおかた原因なんだろう」との合点を得られました。
さりながら状況が俯瞰できていても、私は義母や義姉からすれば赤の他人の「お客様」に過ぎません。各々家庭を主導している彼女たち自身が「我が家には『障害』がある」と認め、家庭の埒外へ援助を求めなければ膠着を解決する糸口もつかめないのです。
***
今年の春休みも拙宅の娘は孤独を託つ祖母へ、好物の手土産と大学3年目の成績が更新された単位取得状況のプリントアウトを携え、ご挨拶に参じました。例によって私が同伴しなかったのは嫁への気遣いを義母に強いたくなかったのと、娘が『自閉的な行動パターンの表出』を自制し相手の振りかざす「正論」も受け流す経験を積ませたいから。
果たして娘は不躾なことも余計なことも表出を自重し、うまく祖母のご機嫌を取り結べた模様。しかし彼女の帰宅後、ちょっとした行き違いで咄嗟に義母が呈した行動は、「カサンドラの祖母」が「アスペルガーの孫」へ(孫の発達障害を承知であっても)不信感・被害感を我慢しがたい性向をも実証していました。「せっかち」だから「見えていない」↔「見えていない」から「せっかち」という悪循環で極まった「カサンドラ情動剥奪障害」へ、義母と義姉が向き合える契機を蔭ながら待ち設けている不肖の嫁なのです。
>>前篇『An Easy Lonely Mathematician』を読む
2018年3月26日月曜日
伸びた子 と 待てた母
「へぇ〜『社員の7割以上が発達障害』なんだって!」
スマホでLINEをチェックしていた娘が、更に「携帯ゲームの会社か……」と呟いた。
その声にピンと来た私は、夕食の準備をするためクックパッドのレシピを確認していたタブレットで、彼女が口にした文言を検索する。
ヒットした記事をスクロールで流し読みすると、見覚えのある一文が目に留まった。
『理想論で言うと、ここで働いてる人たちもいずれは一般雇用枠になったり、
健常者がいる中に入ったりして活躍してほしいなと思っています。』
やっぱり。サポートセンター名古屋の俊介さんが、ブログで言及しておられた件だ。
「その記事、読んだ?」と訊くと「見出し、チェックしただけ」と娘が答える。
「それじゃ、こっちの方が読みやすいし。感想、訊かせて」とキッチンカウンター越しに、ダイニングテーブルで読書中だった彼女へタブレットを手渡した。
「今日の夕飯は、簡単な献立だから。お手伝い、お願いすることは無いよ〜」
と声を掛けつつ、娘の様子を伺いながら切りの良い所まで夕食の支度を進める。生来抱える五感と認知の凸凹ゆえ読むのが遅い彼女は、時々バックスクロールを繰り返し丹念に目を通している。私もテーブルへ移動し、椅子に座りながら改めて質問した。
「その記事を読んで、どんな感想を持ちましたか?」
「うーん……。社長さんが、障害者の社員へ『今 この給与水準である理由』とか
会社の経営状況とか『すべて伝えて』るところが、すごいなって思った。」
なるほど、なるほど。ウチの「自家製療育」でも、informed consent は重要な方針のひとつだったしなぁ。そこを第一に「すごいな」と思えたのは、自身の過去の経験に照らしつつ社長さんの真意を汲み取って、論旨を読解できた証左だろう。
「じゃ、この『理想論で言うと、……活躍してほしいな』て文章は、どう感じた?」
「……。」
「雇われる障害者側からは、社長さんの『理想論』って、どう感じられるだろう?」
そう言い添えながら Google+のプロフィールを常時表示させているタブへ移動し、「今度は、こっちを読んでみて下さい。」と俊介さんの『発達障害の人を積極的に雇用します!!僕は応募しないけど』という記事を開いた。
「……立場が変わると、全然違う感じ方になるんだね。」
私が Google+で寄せさせて戴いた回答とそれに応じて俊介さんが綴って下さったブログ、加えて私が申し上げた御礼を読み終えた後、娘は静かに言った。声音は落ち着いているが、頻りに目頭を丸めたティッシュで押さえている。
彼女の「この記事書いたの、どんな人?」という質問へ、私が「美味しいものを食べるのが大好きで、穏やかで暢気な性格で、お嬢とよく似てる。まるで、あなたの兄さんみたい」などと紹介したあたりから共感が高まったらしい。
「その『気づき』が、『他者の合理性の理解』だよね。」
私がそう相槌を打つと、娘の眼がキラ〜ン!と輝いた。この遣り取りの目的は、彼女が卒業研究で取り組む「質的社会調査」を見据えたメンタリングという旨が分かったようだ。
「明日、大学の図書館、行ってくる。卒研の計画、詰めたいし」
「うん、行ってらっしゃい。」
***
サポートセンター名古屋の俊介さんがブログで書いて下さったとおり、発達障碍の二次障害を防ぐためには、『子どもとコミュニケーションを取れる親になる』ことが重要。
「普通」なら大人になるまでに自然と出来るようになっていくことが、自然と出来るようになれない「障害」なのですから、我が子の成長を引き出すには大人の導きが不可欠なのだ、と親御さんには考え方を改めた上でお子さんへ接して戴かねばなりません。
そして、障害者雇用という障害への迎合で支援への依存を強いる「情緒的庇護」に、当座の救済を得て安堵の息をつくのみに留まらず、障碍の受容と支援への信頼に基づいた当事者本位の「合理的配慮」で、社会の一員として貢献しうる自発的な適応を遂げるためには、メンターによる導きが必須だと私は考えています。
【補記】「お母さん」と「子」連作として、不定期連載しております。
>>第1回『「良いお母さん」と「悪い子」』を読む
>>第2回『「変な子」と「変なお母さん」』を読む
>>第3回『暴れる子 と『頑張るお母さん』』を読む
スマホでLINEをチェックしていた娘が、更に「携帯ゲームの会社か……」と呟いた。
その声にピンと来た私は、夕食の準備をするためクックパッドのレシピを確認していたタブレットで、彼女が口にした文言を検索する。
ヒットした記事をスクロールで流し読みすると、見覚えのある一文が目に留まった。
『理想論で言うと、ここで働いてる人たちもいずれは一般雇用枠になったり、
健常者がいる中に入ったりして活躍してほしいなと思っています。』
やっぱり。サポートセンター名古屋の俊介さんが、ブログで言及しておられた件だ。
「その記事、読んだ?」と訊くと「見出し、チェックしただけ」と娘が答える。
「それじゃ、こっちの方が読みやすいし。感想、訊かせて」とキッチンカウンター越しに、ダイニングテーブルで読書中だった彼女へタブレットを手渡した。
「今日の夕飯は、簡単な献立だから。お手伝い、お願いすることは無いよ〜」
と声を掛けつつ、娘の様子を伺いながら切りの良い所まで夕食の支度を進める。生来抱える五感と認知の凸凹ゆえ読むのが遅い彼女は、時々バックスクロールを繰り返し丹念に目を通している。私もテーブルへ移動し、椅子に座りながら改めて質問した。
「その記事を読んで、どんな感想を持ちましたか?」
「うーん……。社長さんが、障害者の社員へ『今 この給与水準である理由』とか
会社の経営状況とか『すべて伝えて』るところが、すごいなって思った。」
なるほど、なるほど。ウチの「自家製療育」でも、informed consent は重要な方針のひとつだったしなぁ。そこを第一に「すごいな」と思えたのは、自身の過去の経験に照らしつつ社長さんの真意を汲み取って、論旨を読解できた証左だろう。
「じゃ、この『理想論で言うと、……活躍してほしいな』て文章は、どう感じた?」
「……。」
「雇われる障害者側からは、社長さんの『理想論』って、どう感じられるだろう?」
そう言い添えながら Google+のプロフィールを常時表示させているタブへ移動し、「今度は、こっちを読んでみて下さい。」と俊介さんの『発達障害の人を積極的に雇用します!!僕は応募しないけど』という記事を開いた。
「……立場が変わると、全然違う感じ方になるんだね。」
私が Google+で寄せさせて戴いた回答とそれに応じて俊介さんが綴って下さったブログ、加えて私が申し上げた御礼を読み終えた後、娘は静かに言った。声音は落ち着いているが、頻りに目頭を丸めたティッシュで押さえている。
彼女の「この記事書いたの、どんな人?」という質問へ、私が「美味しいものを食べるのが大好きで、穏やかで暢気な性格で、お嬢とよく似てる。まるで、あなたの兄さんみたい」などと紹介したあたりから共感が高まったらしい。
「その『気づき』が、『他者の合理性の理解』だよね。」
私がそう相槌を打つと、娘の眼がキラ〜ン!と輝いた。この遣り取りの目的は、彼女が卒業研究で取り組む「質的社会調査」を見据えたメンタリングという旨が分かったようだ。
「明日、大学の図書館、行ってくる。卒研の計画、詰めたいし」
「うん、行ってらっしゃい。」
***
サポートセンター名古屋の俊介さんがブログで書いて下さったとおり、発達障碍の二次障害を防ぐためには、『子どもとコミュニケーションを取れる親になる』ことが重要。
「普通」なら大人になるまでに自然と出来るようになっていくことが、自然と出来るようになれない「障害」なのですから、我が子の成長を引き出すには大人の導きが不可欠なのだ、と親御さんには考え方を改めた上でお子さんへ接して戴かねばなりません。
そして、障害者雇用という障害への迎合で支援への依存を強いる「情緒的庇護」に、当座の救済を得て安堵の息をつくのみに留まらず、障碍の受容と支援への信頼に基づいた当事者本位の「合理的配慮」で、社会の一員として貢献しうる自発的な適応を遂げるためには、メンターによる導きが必須だと私は考えています。
【補記】「お母さん」と「子」連作として、不定期連載しております。
>>第1回『「良いお母さん」と「悪い子」』を読む
>>第2回『「変な子」と「変なお母さん」』を読む
>>第3回『暴れる子 と『頑張るお母さん』』を読む
2017年7月23日日曜日
「藁」を糾える文化
史上最年少で将棋のプロ棋士にデビュウなさった藤井 聡太 四段が、早熟の天才として世間の耳目を大いに集めています。もう30年近く前の話なので時効と判断して書いてしまいますが、彼が在学中ということから些か話題にも上った中高一貫校は、私が大学4年生だったとき教育実習をさせて戴いた教育学部の附属校だったり……
中学2クラス・高校3クラスと規模が小さいので入学する上では難関校と言えますが、一般的な意味で難しい学校ではありません。入試で学力考査は行うものの、『教育学の実践と研究に取り組んでいる』ため学業優秀な生徒ばかり偏在するのは集団として望ましくないという事情から、合否を決めるのは『総合的な見地』なのです。
では何を以て『総合的』に判断されるのかといえば、検査内容は
そして「評価」ではなく『見地』なのですから、習熟していれば合格できるというわけでもない。未熟な部分があるからこそ、入学を許可される例さえあり得ます。
***
実は藤井 聡太 四段も、破格の棋力や読書の嗜好から大人びた印象が先行していますが、お母様から御覧になれば『まだまだ子ども』で未熟な部分も大いにある模様。つまり抜群に早熟な所と存外に未熟な所、すなわち「普通」の枠に嵌まらない多様性を備えた生徒は『教育学の実践と研究』に於いて恰好の対象となりますので、先生がたは内心「受検してくれてありがとう!」と大歓迎なさったかも……などと妄想しています。
無論、学校側も実践と研究の対象として利用する一方ではなく、藤井 聡太さんの個性を尊重なさって手厚く指導しておられるご様子。例えば『そんな愚痴が、また可愛かったり』とお母様が言及なさった『宿題は おかしい』という認知の凸凹に対しては、担任教諭が学年主任も同席の平らかに話し合える場を設け、上から目線で常識だと押しつけることなく、宿題の意義を本人が充分納得して取り組むまで緻密に導いてらっしゃる。
そして棋戦を勝ち進むにつれ平日にも対局が組まれて中間考査に重なった折は、再試験を行うのではなく『日頃の勉学の取り組みを総合的に判断して成績をつける』と宿題の意義をキッチリ回収。まさしく1本では簡単に切れてしまう藁を何本も撚り合わせてもっと丈夫な縄に拵えるような懇切丁寧、「糾える文化」の好例を堪能させて戴きました。
***
斯様に優れた『教育学の実践と研究』の場で薫陶を賜ったにもかかわらず、私自身の教員免許は以降ペーパードライバー状態。実のところ教職資格を取った動機は、就職せずに大学院へ進む交換条件として母親から指示された「宿題」でしかなかったのです。
とは言え、教育とは「藁」のように些末な事象も見過ごさず糾って丈夫な縄へ拵えるように「疑問を持って 詳しく調べる」工夫の積み重ね、という片鱗を実習叶った旨は決して無駄ではありませんでした。娘が生来持ち合わせた多様性を、上から目線で常識を押しつけ「普通」の枠へ嵌め込もうとせず、平らかに緻密に本人が納得できるまで言語化することで素人の私がどうにか導けたのは、名大附属での経験があってこそですから。
大人の療育支援の大先達であるサポートセンター名古屋の皆様から『このお母さんの お子さんは とても幸せ』と有り難いお褒めの言葉を賜れた所以も、遡れば同じ街で学んでいた御縁にありました。なるほど藤井 四段が担任の先生から受けた懇切丁寧な指導の通り、指示された時は理不尽だと思っても宿題はキッチリ済ませておくのが大切みたいです。
***
特に重い要諦だったと思い返すのは、「ひふみんアイ」ならぬ「教師アイ」つまり教諭側・学校側の視点も併せ持つ俯瞰を会得できた件。就学前にして天賦の才を発露した藤井 聡太 四段とは真逆で、発達の遅延という「普通」の枠に嵌まらない多様性を指摘された娘が、二十歳を越えてようやく自発的に学ぶ歓びを心から実感できる晩熟へ到れたのは育ちに関わって下さった先生がたと「教師アイ」で協働叶った成果なのでしょう。
中でも最大の岐路は、父方の祖父や両親の感化で「自分も理学部志望だ」と偏狭に凝り固まっていた自己に対する認知の凸凹を、高校1年初頭に受けた職業適性テストを活用しつつ一挙に文理反転まで修整した経緯です。事実情報の集積に優れた自閉圏の特性ゆえ理系科目の成績が相対的に好調な旨に惑わされず、彼女自身の創造性を示す「藁」のように些末な事象も丹念に拾い集め糾って来た工夫が、現在の晩熟へと結実しました。
振り返れば娘の「藁」すなわち大学の専攻や資格講座など就労へ繋がり得る創造力の些細な徴候は、稀代の天才が顕した前兆ほど明瞭ではなかったものの藤井 四段がプロデビュウなさった道程の端緒と同様、幼い乳児の頃から呈示されていたと気づかされます。
彼が遊んだ知育玩具が持て囃される所以でしょうが、お子さんの『何をしたいのか』という自己理解は、親御さんの価値観を陰に陽に押しつければ簡単に千切れ擂り潰されてしまう「藁」のように些細な事象が端緒かも知れないと重々ご承知願いたい昨今です。
中学2クラス・高校3クラスと規模が小さいので入学する上では難関校と言えますが、一般的な意味で難しい学校ではありません。入試で学力考査は行うものの、『教育学の実践と研究に取り組んでいる』ため学業優秀な生徒ばかり偏在するのは集団として望ましくないという事情から、合否を決めるのは『総合的な見地』なのです。
では何を以て『総合的』に判断されるのかといえば、検査内容は
I 小学校で学習した内容の総合力を問います。
II 作文等で思考力、表現力を問います。
III グループ面接等を通して個性を見ます。とのこと。塾に通って懸命に過去問を攻略した上で挑戦するような偏差値的に難しい学校ではありませんが、お子さんを育んで来たご家庭の「文化」が露呈します。
そして「評価」ではなく『見地』なのですから、習熟していれば合格できるというわけでもない。未熟な部分があるからこそ、入学を許可される例さえあり得ます。
***
実は藤井 聡太 四段も、破格の棋力や読書の嗜好から大人びた印象が先行していますが、お母様から御覧になれば『まだまだ子ども』で未熟な部分も大いにある模様。つまり抜群に早熟な所と存外に未熟な所、すなわち「普通」の枠に嵌まらない多様性を備えた生徒は『教育学の実践と研究』に於いて恰好の対象となりますので、先生がたは内心「受検してくれてありがとう!」と大歓迎なさったかも……などと妄想しています。
無論、学校側も実践と研究の対象として利用する一方ではなく、藤井 聡太さんの個性を尊重なさって手厚く指導しておられるご様子。例えば『そんな愚痴が、また可愛かったり』とお母様が言及なさった『宿題は おかしい』という認知の凸凹に対しては、担任教諭が学年主任も同席の平らかに話し合える場を設け、上から目線で常識だと押しつけることなく、宿題の意義を本人が充分納得して取り組むまで緻密に導いてらっしゃる。
そして棋戦を勝ち進むにつれ平日にも対局が組まれて中間考査に重なった折は、再試験を行うのではなく『日頃の勉学の取り組みを総合的に判断して成績をつける』と宿題の意義をキッチリ回収。まさしく1本では簡単に切れてしまう藁を何本も撚り合わせてもっと丈夫な縄に拵えるような懇切丁寧、「糾える文化」の好例を堪能させて戴きました。
***
斯様に優れた『教育学の実践と研究』の場で薫陶を賜ったにもかかわらず、私自身の教員免許は以降ペーパードライバー状態。実のところ教職資格を取った動機は、就職せずに大学院へ進む交換条件として母親から指示された「宿題」でしかなかったのです。
とは言え、教育とは「藁」のように些末な事象も見過ごさず糾って丈夫な縄へ拵えるように「疑問を持って 詳しく調べる」工夫の積み重ね、という片鱗を実習叶った旨は決して無駄ではありませんでした。娘が生来持ち合わせた多様性を、上から目線で常識を押しつけ「普通」の枠へ嵌め込もうとせず、平らかに緻密に本人が納得できるまで言語化することで素人の私がどうにか導けたのは、名大附属での経験があってこそですから。
大人の療育支援の大先達であるサポートセンター名古屋の皆様から『このお母さんの お子さんは とても幸せ』と有り難いお褒めの言葉を賜れた所以も、遡れば同じ街で学んでいた御縁にありました。なるほど藤井 四段が担任の先生から受けた懇切丁寧な指導の通り、指示された時は理不尽だと思っても宿題はキッチリ済ませておくのが大切みたいです。
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特に重い要諦だったと思い返すのは、「ひふみんアイ」ならぬ「教師アイ」つまり教諭側・学校側の視点も併せ持つ俯瞰を会得できた件。就学前にして天賦の才を発露した藤井 聡太 四段とは真逆で、発達の遅延という「普通」の枠に嵌まらない多様性を指摘された娘が、二十歳を越えてようやく自発的に学ぶ歓びを心から実感できる晩熟へ到れたのは育ちに関わって下さった先生がたと「教師アイ」で協働叶った成果なのでしょう。
中でも最大の岐路は、父方の祖父や両親の感化で「自分も理学部志望だ」と偏狭に凝り固まっていた自己に対する認知の凸凹を、高校1年初頭に受けた職業適性テストを活用しつつ一挙に文理反転まで修整した経緯です。事実情報の集積に優れた自閉圏の特性ゆえ理系科目の成績が相対的に好調な旨に惑わされず、彼女自身の創造性を示す「藁」のように些末な事象も丹念に拾い集め糾って来た工夫が、現在の晩熟へと結実しました。
振り返れば娘の「藁」すなわち大学の専攻や資格講座など就労へ繋がり得る創造力の些細な徴候は、稀代の天才が顕した前兆ほど明瞭ではなかったものの藤井 四段がプロデビュウなさった道程の端緒と同様、幼い乳児の頃から呈示されていたと気づかされます。
彼が遊んだ知育玩具が持て囃される所以でしょうが、お子さんの『何をしたいのか』という自己理解は、親御さんの価値観を陰に陽に押しつければ簡単に千切れ擂り潰されてしまう「藁」のように些細な事象が端緒かも知れないと重々ご承知願いたい昨今です。
2017年7月18日火曜日
「藁」を糾えない文化
藁(わら;稲や麦などの茎を脱穀した後に乾燥させたもの)を撚り合わせ、
縄に拵える動作を表すのが「糾う(あざなう)」という言葉です。
今回は実際に藁から縄を作る話というわけではなく、比喩として「糾えない文化」と表題を付けました。1本では簡単に切れてしまう藁を何本も撚り合わせてもっと丈夫な縄を作るような、工夫ができない文化という意味ですね。
そして「糾」という漢字には、罪や真偽・事実などに対し疑問を持って
詳しく調べる行為を意味する「糾す(ただす)」という訓読みもあります。
藁を撚り合わせて縄を作る動詞には「綯う(なう)」という語句もありますが、「糾う」を選んだのは「疑問を持って 詳しく調べる」という意味合いも込めたかったからです。
***
初期癌摘出のため5月に入院する少し前、発達障碍と診断された大学生のお子さんを支えてらっしゃる都内在住のお母様と、遣り取りさせて戴いていました。キッカケは、お子さんが通う私立大学で受けた支援について、お母様がブログに綴っておられた件。
発達障碍学生に対する修学支援は、障害者差別解消法の合理的配慮規定等として昨年4月より法制が施行されましたが、私立の大学等では障害者への差別的取扱いの禁止は法的義務とされた一方、遺憾ながら合理的配慮の不提供の禁止は努力義務となりました。
つまり私立大学で発達障碍学生に提供されるべき合理的配慮が担保されるか否かは、大学当局の任意の協力にのみ左右され、その達成度も大学当局の判断に委ねられるため、具体的な内容は申請手続から完了判断まで各大学の担当部署次第となっているのです。
そのお子さんのケースを拡散するのは本意でないため、どの私学か判らないよう問題点のみ記しておきますが、伝統ある名門校 −−− 国の中枢を動かす人材を何人も輩出してきたような −−− でさえ旧来対応していた身体障碍学生への修学支援を適応拡大するだけで、発達障碍に特化した支援を提供できていない現状は大いに憂慮すべきでしょう。
もう少し具体的に、そのお子さんへの支援が発達障碍に特化していなかった証左を挙げれば、サポートされていると意識させぬよう当事者の疎外感に対して極めて慎重だった反面、自我他我の認知に凸凹がある障害だからこそ必須な自己理解への支援が完全に欠落していた件です。 身体障碍支援では当事者にも明確に障害が「見えている」ので、学生本人が自身の特性を理解するサポートの重要性に考慮が及ばなかったのでしょう。
***
「普通」の「みんな」より年数を要したものの、当事者の疎外感を刺激して不登校へ陥らせぬよう慎重に配慮した手厚い支援で、卒業単位を満了できた安堵も束の間。大学のキャリアセンターで教示された卒業延期措置の合理的配慮を適用しつつ始まった就職活動は、お子さんが『何をしたいのか わからない』という認知の凸凹で阻まれました。
「『藁にも縋る』の藁だったんです。」
就活がうまく進まないのはお子さんが自分の志望を把握できていない所為であり、キャリアセンターの就職支援に不備不足があるのではなく、学生相談室が施した修学支援に発達障碍で必須な自己理解へのサポートが欠落していた結果……そう解題を試みた拙コメントへ応じて下さるお母様のお返事には、深い悔悟と無力感が滲み出ていました。
「普通」の「良いお母さん」から御覧になれば、大学当局が修学を支援して下さるなら当然、簡単に切れてしまう藁ではなく丈夫な縄のように確実なサポートで就職へ結びつけて戴けると頼みにし、中学高校までと同様に「先生」が仰る旨を諾々と傾聴して励行さえすればお子さんを成功へ導けるはずと期待なさるのも、無理はないのでしょう。
ところが実際は、私立大学で発達障碍学生に提供されるべき合理的配慮が担保されるか否かは大学当局次第であり、現に信頼なさってきた相談室の「先生」は、お子さんの卒業単位は揃えさせてあげたのだから後は学外の就労移行支援事業所へどうぞ、と言わんばかりなのですから、手厚い修学支援を思わず「藁」と蔑称した本音も止む無しです。
このご家庭のケースで殊にお気の毒だったのは、親御さん側にも「藁」を糾って丈夫な縄へ拵える工夫を凝らせない、ご事情があったこと……「糾えない文化」が醸成されてしまったご家庭で育てられた当事者さんが、同じく「糾えない文化」が醸成されていた大学に入って深刻な不適応を発現し支援を要する状況へ到った次第です。
***
昨年9月に『うまくいかない文化』で記述した解題の繰り返しになってしまいますが、「普通」の「良いお母さん」が「普通」の枠から大きく外れた五感や認知を抱えるお子さんへ、懸命に寄り添ってらっしゃるおつもりでいながら「うまくいかない」要因には大きく二つある、と私は考えています。
第一の陥穽は、「普通」の枠から大きく外れたお子さんの危うさを直感した際、我が子を成功へ導けるよう親御さんが先回りして失敗を避ける(失敗しても見て見ぬふりが出来る)段取りを整えておく策こそ「最善」とお考えになってしまう件でしょう。
と申しますのも、どんな失敗を/どんな原因でしてしまったか?/どんな対策で防げるか?という「疑問を持って 詳しく調べる」段取りを当事者自身と共に整えていく「失敗体験」こそ、最も重要かつ効果的な自己理解への支援になるからです。
しかし例えば理系科目で好成績が取れる旨を理由に専らその方面へ注力させ、感じたことや思ったことを言葉や文章に表すのが苦手で失敗した経験には理系だからと見て見ぬふりを続ければ、大学卒業まで歳を重ねても自我他我に対する認知の凸凹は未修整で放置され、いざ就活という時に自分の志望さえ言語化できない障害へ陥ってしまいます。
***
そして第二の支障は、「良いお母さん」が「普通」以上に優れた段取り力をお持ちであるがゆえ、お子さんへの支援の助力を仰ぐべき大学の担当部署へも、常にお母様ご自身が思い描く「最善」を希求しがちになってしまう件だと私は思います。
と申しますのも、大学という場は学ぶ当事者である学生自身が「疑問を持って 詳しく調べる」段取りを一定程度は習得している前提で運営されてきたため、中学高校までとは異なり大学当局からの自発性の誘導や自己理解を支援するアクションは無くて当然だったから……それでは認知に凸凹を抱えている発達障碍学生に提供されるべき合理的配慮が充分には担保されないだろう、とトップダウンの法制化へ到った経緯でもあります。
ゆえに「普通」の「良いお母さん」が「普通」の枠から大きく外れた五感や認知を抱える大学生のお子さんへ寄り添う必要が生じた場合は、「普通」の価値基準で「最善」を判断してお子さんが失敗する前に先回りし段取りを取捨選択してしまう「糾えない文化」からは一旦離れて、「藁」のように頼りなく見える伝手であっても丹念に撚り集め「糾う」努力でお子さんにピッタリの「縄」に拵えていく工夫が必要になるのです。
過去の次第を深く悔悟すればこそ、お子さんの未来を深く憂慮すればこそ、工夫が叶う現在は「良いお母さん」からすれば一見無価値な脆弱な藁でも何本も撚り合わせ丈夫な縄に「糾える文化」を、まずはご家庭内に醸成して戴きたいと願って止みません。
縄に拵える動作を表すのが「糾う(あざなう)」という言葉です。
今回は実際に藁から縄を作る話というわけではなく、比喩として「糾えない文化」と表題を付けました。1本では簡単に切れてしまう藁を何本も撚り合わせてもっと丈夫な縄を作るような、工夫ができない文化という意味ですね。
そして「糾」という漢字には、罪や真偽・事実などに対し疑問を持って
詳しく調べる行為を意味する「糾す(ただす)」という訓読みもあります。
藁を撚り合わせて縄を作る動詞には「綯う(なう)」という語句もありますが、「糾う」を選んだのは「疑問を持って 詳しく調べる」という意味合いも込めたかったからです。
***
初期癌摘出のため5月に入院する少し前、発達障碍と診断された大学生のお子さんを支えてらっしゃる都内在住のお母様と、遣り取りさせて戴いていました。キッカケは、お子さんが通う私立大学で受けた支援について、お母様がブログに綴っておられた件。
発達障碍学生に対する修学支援は、障害者差別解消法の合理的配慮規定等として昨年4月より法制が施行されましたが、私立の大学等では障害者への差別的取扱いの禁止は法的義務とされた一方、遺憾ながら合理的配慮の不提供の禁止は努力義務となりました。
つまり私立大学で発達障碍学生に提供されるべき合理的配慮が担保されるか否かは、大学当局の任意の協力にのみ左右され、その達成度も大学当局の判断に委ねられるため、具体的な内容は申請手続から完了判断まで各大学の担当部署次第となっているのです。
そのお子さんのケースを拡散するのは本意でないため、どの私学か判らないよう問題点のみ記しておきますが、伝統ある名門校 −−− 国の中枢を動かす人材を何人も輩出してきたような −−− でさえ旧来対応していた身体障碍学生への修学支援を適応拡大するだけで、発達障碍に特化した支援を提供できていない現状は大いに憂慮すべきでしょう。
もう少し具体的に、そのお子さんへの支援が発達障碍に特化していなかった証左を挙げれば、サポートされていると意識させぬよう当事者の疎外感に対して極めて慎重だった反面、自我他我の認知に凸凹がある障害だからこそ必須な自己理解への支援が完全に欠落していた件です。 身体障碍支援では当事者にも明確に障害が「見えている」ので、学生本人が自身の特性を理解するサポートの重要性に考慮が及ばなかったのでしょう。
***
「普通」の「みんな」より年数を要したものの、当事者の疎外感を刺激して不登校へ陥らせぬよう慎重に配慮した手厚い支援で、卒業単位を満了できた安堵も束の間。大学のキャリアセンターで教示された卒業延期措置の合理的配慮を適用しつつ始まった就職活動は、お子さんが『何をしたいのか わからない』という認知の凸凹で阻まれました。
「『藁にも縋る』の藁だったんです。」
就活がうまく進まないのはお子さんが自分の志望を把握できていない所為であり、キャリアセンターの就職支援に不備不足があるのではなく、学生相談室が施した修学支援に発達障碍で必須な自己理解へのサポートが欠落していた結果……そう解題を試みた拙コメントへ応じて下さるお母様のお返事には、深い悔悟と無力感が滲み出ていました。
「普通」の「良いお母さん」から御覧になれば、大学当局が修学を支援して下さるなら当然、簡単に切れてしまう藁ではなく丈夫な縄のように確実なサポートで就職へ結びつけて戴けると頼みにし、中学高校までと同様に「先生」が仰る旨を諾々と傾聴して励行さえすればお子さんを成功へ導けるはずと期待なさるのも、無理はないのでしょう。
ところが実際は、私立大学で発達障碍学生に提供されるべき合理的配慮が担保されるか否かは大学当局次第であり、現に信頼なさってきた相談室の「先生」は、お子さんの卒業単位は揃えさせてあげたのだから後は学外の就労移行支援事業所へどうぞ、と言わんばかりなのですから、手厚い修学支援を思わず「藁」と蔑称した本音も止む無しです。
このご家庭のケースで殊にお気の毒だったのは、親御さん側にも「藁」を糾って丈夫な縄へ拵える工夫を凝らせない、ご事情があったこと……「糾えない文化」が醸成されてしまったご家庭で育てられた当事者さんが、同じく「糾えない文化」が醸成されていた大学に入って深刻な不適応を発現し支援を要する状況へ到った次第です。
***
昨年9月に『うまくいかない文化』で記述した解題の繰り返しになってしまいますが、「普通」の「良いお母さん」が「普通」の枠から大きく外れた五感や認知を抱えるお子さんへ、懸命に寄り添ってらっしゃるおつもりでいながら「うまくいかない」要因には大きく二つある、と私は考えています。
第一の陥穽は、「普通」の枠から大きく外れたお子さんの危うさを直感した際、我が子を成功へ導けるよう親御さんが先回りして失敗を避ける(失敗しても見て見ぬふりが出来る)段取りを整えておく策こそ「最善」とお考えになってしまう件でしょう。
と申しますのも、どんな失敗を/どんな原因でしてしまったか?/どんな対策で防げるか?という「疑問を持って 詳しく調べる」段取りを当事者自身と共に整えていく「失敗体験」こそ、最も重要かつ効果的な自己理解への支援になるからです。
しかし例えば理系科目で好成績が取れる旨を理由に専らその方面へ注力させ、感じたことや思ったことを言葉や文章に表すのが苦手で失敗した経験には理系だからと見て見ぬふりを続ければ、大学卒業まで歳を重ねても自我他我に対する認知の凸凹は未修整で放置され、いざ就活という時に自分の志望さえ言語化できない障害へ陥ってしまいます。
***
そして第二の支障は、「良いお母さん」が「普通」以上に優れた段取り力をお持ちであるがゆえ、お子さんへの支援の助力を仰ぐべき大学の担当部署へも、常にお母様ご自身が思い描く「最善」を希求しがちになってしまう件だと私は思います。
と申しますのも、大学という場は学ぶ当事者である学生自身が「疑問を持って 詳しく調べる」段取りを一定程度は習得している前提で運営されてきたため、中学高校までとは異なり大学当局からの自発性の誘導や自己理解を支援するアクションは無くて当然だったから……それでは認知に凸凹を抱えている発達障碍学生に提供されるべき合理的配慮が充分には担保されないだろう、とトップダウンの法制化へ到った経緯でもあります。
ゆえに「普通」の「良いお母さん」が「普通」の枠から大きく外れた五感や認知を抱える大学生のお子さんへ寄り添う必要が生じた場合は、「普通」の価値基準で「最善」を判断してお子さんが失敗する前に先回りし段取りを取捨選択してしまう「糾えない文化」からは一旦離れて、「藁」のように頼りなく見える伝手であっても丹念に撚り集め「糾う」努力でお子さんにピッタリの「縄」に拵えていく工夫が必要になるのです。
過去の次第を深く悔悟すればこそ、お子さんの未来を深く憂慮すればこそ、工夫が叶う現在は「良いお母さん」からすれば一見無価値な脆弱な藁でも何本も撚り合わせ丈夫な縄に「糾える文化」を、まずはご家庭内に醸成して戴きたいと願って止みません。
2017年5月14日日曜日
ママは いつでも 元気だよ
昨年10月下旬以来、またまた更新が滞っておりました間にも、
過去記事のご閲覧、誠にありがとうございました。
この度の休止中は、娘の就労支援を見据えた「予習」−−− サポート業界では「就労移行支援」という事業もあるそうですが −−− すなわち『問題解決のための情報収集力・対人コミュニケーション力・組織対応力』といった『Transferable Skill=様々な業界や職種に転用可能なスキル』を自得させるべく、所属学部やサークルなどの人脈を伝手に「苦手を避けず」社会と呼応する知恵の発露を促しておりました。
***
と言っても娘から「ママは『お母さん』ジャナクテ『将軍』」と評された「変なお母さん」ですので、戦略戦術を策定する専門性能と前線兵站を統帥する対人性能を発揮したがるのみ。実務に充てるべき代行性能は、滅多に発揮しませんw つまり具体的にしていた「予習」とは、専らに娘が経験した「毎日」を傾聴しつつ、不備不足が散見される彼女のメタ認知を補完し、対人関係の機微を解題・蓄積すること。
サポート業界で言えば、カウンセリングが近いのかも知れませんが −−− 理学部出身で、大学・大学院・創薬ベンチャーという職歴のオカンは『問題解決のための情報収集力・対人コミュニケーション力・組織対応力』ならバッチ来〜い!な一方、大学の専門科目として臨床心理学や社会心理学を学んでいるのは、娘の方ですので −−− 双方の関係性がカウンセラー/クライエントのそれとは全く異なっています。
コーチングやメンタリングの方が、より近いかも?ですが、技術をきちんと学んだわけでもなく。理系女子の試行錯誤で叶えてきた「自家製療育」が期せずして、信州大学医学部附属病院・子どものこころ診療部の本田 秀夫 先生が提唱なさっている『新キャリア教育』 −−− あるいは単純に社会と呼応する知恵の一つである「報告・連絡・相談(ホウレンソウ)」の習慣 −−− へ結着できたのだと考えています。
そんなこんなで娘の懸案事項は、まず2回生の前半で一般教養の必修科目と国家資格取得の夏季集中講座を、まずまずの好成績で履修完了。かつ秋学期は順調にゼミ配属の段取りを消化し、第一志望の教授から次年度以降のご指導を戴ける運びとなりました。
ついでに選択科目2コマで、初めて単位を落とす「失敗体験」もやらかしましたが。在学中いつでも再履修で成績を上書きできるという、国立大学では考えも及ばなかった鷹揚な学風のおかげ様で、疎外感の生ずる隙も無く「成長体験」へ昇華叶いそうです。
***
前置きが長くなってしまいました。つまり先日、娘へ家事の稽古を付けるため『起爆剤となる変事も勃発』と書いた件は、彼女の身に生じた懸案ではなく……
就労支援の「予習」が整ったところで、ようやく安堵の息をつき、5年前の高校受験を機に早期退職して以来ご無沙汰していた人間ドック健診を、3月初めに最寄りの病院で受けた際に、私が悪性腫瘍に罹患している旨が判明したのです。
健診で行われたスクリーニングの結果から精密検査のお勧めを郵送でお知らせ戴き、受けた初診の1週間後に癌診断のインフォームド・コンセント。
精査のデータを迅速に揃えて下さったタイミングで、その2週間後には、かつて勤務していた大学医学部の附属病院でセカンド・オピニオンを拝聴。
最初に受診した病院で提案された治療方針に従い施術して戴く旨を確定し、初診して下さった外来の医師から外科へ手術予約を申し送り願った上、更に2週間後は執刀主治医から改めて、より詳細な診断と治療方針のインフォームド・コンセント。
人間ドック健診から数えて2カ月と1週間目のゴールデンウィーク明けには、入院日程を見据えた周術期口腔機能管理のため歯科を受診できましたから、たいへん有り難いことに日本屈指と申し上げて良いほど最速かつ最善の医療を受けています。
***
「健診で引っ掛かっちゃいましたけど、癌じゃなくてホッとしました〜」ではなく、紛うこと無き悪性腫瘍の診断。しかも今月下旬に手術を受け、その後は放射線治療へ移行する方針ですから、「普通」のお母様がたなら「気を揉む→心配が嵩じる→不安が募る→元気が無くなる」状況なのに、やっぱり私はいつもどおり元気。
「こういうことになりましたので…」と心理カウンセリングをお奨め下さった外来の看護師長さんにも、がん医療連携手帳についてご説明下さった地域連携担当の看護師さんにも、せっかくいたわって戴いたのにアッサリお断りしちゃう「変な患者」で恐縮の極みですが。虚勢を張っているのではなく、ホントに元気なんです。
悪性腫瘍に罹患しながら元気でいられる理由は、自覚症状が全く無く適切な治療を施せば予後は良いと臨床研究で実証されている、初期段階で診断を受けられたことが第一。
そしてこれまでの履歴で積んできた知識と磨いてきた知能を以て、腫瘍が生じた理(ことわり)も治療方針の理も、心配や不安の生ずる隙無く解題・納得できていることが第二。
更に、自分自身と娘の「育ち」を通じて学ばせて戴いた、他者と関わり社会と呼応する知恵の一つとして、「報告・連絡・相談(ホウレンソウ)」の習慣が我が家の「文化」に根付いたことを第三に挙げるべきでしょう。
「保育園で指摘されちゃいましたけど、発達障碍じゃなくてホッとしました〜」ではなく、紛うこと無き自閉圏の特性を生来持ち合わせた娘が、人間ドックを受診した時から都度説明してきた精査の経過を傾聴しつつ、動揺せず平らかに、しかし臨場感を持って母が癌に罹った変事を受け容れている旨こそ、なにより尊い『励ます力』です。
***
他者と関わり社会と呼応する知恵を終生自得できなかった義父と、親から顧みられなかった「平凡」を嫌厭する義姉の、隔絶の狭間で家族の「毎日」を支えるため神経を磨り減らしてきた義母は、折々の挨拶を寄越す唯一の孫娘へ宛て、彼女の母であり不肖の嫁である私の健康を、いつも過分なほど丁重に気遣ってくれます。
そんな祖母の問いへ『ママは いつでも 元気だよ』と応じるのが、娘の決まり文句。
この答えを彼女がこれからも返せるよう、「母の日」に快癒を誓いたいと思います。
過去記事のご閲覧、誠にありがとうございました。
この度の休止中は、娘の就労支援を見据えた「予習」−−− サポート業界では「就労移行支援」という事業もあるそうですが −−− すなわち『問題解決のための情報収集力・対人コミュニケーション力・組織対応力』といった『Transferable Skill=様々な業界や職種に転用可能なスキル』を自得させるべく、所属学部やサークルなどの人脈を伝手に「苦手を避けず」社会と呼応する知恵の発露を促しておりました。
***
と言っても娘から「ママは『お母さん』ジャナクテ『将軍』」と評された「変なお母さん」ですので、戦略戦術を策定する専門性能と前線兵站を統帥する対人性能を発揮したがるのみ。実務に充てるべき代行性能は、滅多に発揮しませんw つまり具体的にしていた「予習」とは、専らに娘が経験した「毎日」を傾聴しつつ、不備不足が散見される彼女のメタ認知を補完し、対人関係の機微を解題・蓄積すること。
サポート業界で言えば、カウンセリングが近いのかも知れませんが −−− 理学部出身で、大学・大学院・創薬ベンチャーという職歴のオカンは『問題解決のための情報収集力・対人コミュニケーション力・組織対応力』ならバッチ来〜い!な一方、大学の専門科目として臨床心理学や社会心理学を学んでいるのは、娘の方ですので −−− 双方の関係性がカウンセラー/クライエントのそれとは全く異なっています。
コーチングやメンタリングの方が、より近いかも?ですが、技術をきちんと学んだわけでもなく。理系女子の試行錯誤で叶えてきた「自家製療育」が期せずして、信州大学医学部附属病院・子どものこころ診療部の本田 秀夫 先生が提唱なさっている『新キャリア教育』 −−− あるいは単純に社会と呼応する知恵の一つである「報告・連絡・相談(ホウレンソウ)」の習慣 −−− へ結着できたのだと考えています。
そんなこんなで娘の懸案事項は、まず2回生の前半で一般教養の必修科目と国家資格取得の夏季集中講座を、まずまずの好成績で履修完了。かつ秋学期は順調にゼミ配属の段取りを消化し、第一志望の教授から次年度以降のご指導を戴ける運びとなりました。
ついでに選択科目2コマで、初めて単位を落とす「失敗体験」もやらかしましたが。在学中いつでも再履修で成績を上書きできるという、国立大学では考えも及ばなかった鷹揚な学風のおかげ様で、疎外感の生ずる隙も無く「成長体験」へ昇華叶いそうです。
***
前置きが長くなってしまいました。つまり先日、娘へ家事の稽古を付けるため『起爆剤となる変事も勃発』と書いた件は、彼女の身に生じた懸案ではなく……
就労支援の「予習」が整ったところで、ようやく安堵の息をつき、5年前の高校受験を機に早期退職して以来ご無沙汰していた人間ドック健診を、3月初めに最寄りの病院で受けた際に、私が悪性腫瘍に罹患している旨が判明したのです。
健診で行われたスクリーニングの結果から精密検査のお勧めを郵送でお知らせ戴き、受けた初診の1週間後に癌診断のインフォームド・コンセント。
精査のデータを迅速に揃えて下さったタイミングで、その2週間後には、かつて勤務していた大学医学部の附属病院でセカンド・オピニオンを拝聴。
最初に受診した病院で提案された治療方針に従い施術して戴く旨を確定し、初診して下さった外来の医師から外科へ手術予約を申し送り願った上、更に2週間後は執刀主治医から改めて、より詳細な診断と治療方針のインフォームド・コンセント。
人間ドック健診から数えて2カ月と1週間目のゴールデンウィーク明けには、入院日程を見据えた周術期口腔機能管理のため歯科を受診できましたから、たいへん有り難いことに日本屈指と申し上げて良いほど最速かつ最善の医療を受けています。
***
「健診で引っ掛かっちゃいましたけど、癌じゃなくてホッとしました〜」ではなく、紛うこと無き悪性腫瘍の診断。しかも今月下旬に手術を受け、その後は放射線治療へ移行する方針ですから、「普通」のお母様がたなら「気を揉む→心配が嵩じる→不安が募る→元気が無くなる」状況なのに、やっぱり私はいつもどおり元気。
「こういうことになりましたので…」と心理カウンセリングをお奨め下さった外来の看護師長さんにも、がん医療連携手帳についてご説明下さった地域連携担当の看護師さんにも、せっかくいたわって戴いたのにアッサリお断りしちゃう「変な患者」で恐縮の極みですが。虚勢を張っているのではなく、ホントに元気なんです。
悪性腫瘍に罹患しながら元気でいられる理由は、自覚症状が全く無く適切な治療を施せば予後は良いと臨床研究で実証されている、初期段階で診断を受けられたことが第一。
そしてこれまでの履歴で積んできた知識と磨いてきた知能を以て、腫瘍が生じた理(ことわり)も治療方針の理も、心配や不安の生ずる隙無く解題・納得できていることが第二。
更に、自分自身と娘の「育ち」を通じて学ばせて戴いた、他者と関わり社会と呼応する知恵の一つとして、「報告・連絡・相談(ホウレンソウ)」の習慣が我が家の「文化」に根付いたことを第三に挙げるべきでしょう。
「保育園で指摘されちゃいましたけど、発達障碍じゃなくてホッとしました〜」ではなく、紛うこと無き自閉圏の特性を生来持ち合わせた娘が、人間ドックを受診した時から都度説明してきた精査の経過を傾聴しつつ、動揺せず平らかに、しかし臨場感を持って母が癌に罹った変事を受け容れている旨こそ、なにより尊い『励ます力』です。
***
他者と関わり社会と呼応する知恵を終生自得できなかった義父と、親から顧みられなかった「平凡」を嫌厭する義姉の、隔絶の狭間で家族の「毎日」を支えるため神経を磨り減らしてきた義母は、折々の挨拶を寄越す唯一の孫娘へ宛て、彼女の母であり不肖の嫁である私の健康を、いつも過分なほど丁重に気遣ってくれます。
そんな祖母の問いへ『ママは いつでも 元気だよ』と応じるのが、娘の決まり文句。
この答えを彼女がこれからも返せるよう、「母の日」に快癒を誓いたいと思います。
2017年5月9日火曜日
An Easy Lonely Mathematician
保育園で『危うさ』を指摘された際に専門医の診察を受けていれば、高機能自閉症という診断が銘記されたであろう、拙宅の娘。彼女が抱える「多様性」は、3年前の初冬に亡くなった父方の祖父から受け継いだ可能性が、最も高いだろうと私は考えています。
私からすれば義理の父に当たるご老体は、本稿に題したとおり数学者として至って気楽な、しかし元来希薄だった他者への関わりを遂に一切喪失し、旧知とは全く疎遠な最期を迎えました。死因は肺炎でしたが、認知症の診断で随分と長く入院していたのです。
退官時に名誉教授職を拝命するまで大学での任を果たした義父でしたから、弟子に当たる方々も幾人かおられたようです。けれど義母は、認知症という病状を報知する件に越えがたい逡巡を感じたらしく、近親のみが集い密葬を執り行った後、不肖の嫁が急ぎ用意した喪中ハガキの文面で公の関係への御挨拶に代えさせて戴く仕儀に至りました。
***
診断は義父の年齢から認知症ということになったものの、運動機能の急激な低下で始まった病状は、娘の「多様性」へ緊密に接していた私から見ると自閉圏当事者の主訴とも感じられました。つまり義父の経過は、娘の育ちを逆行しているように思えたのです。
大学を退き故郷へ移転した後も、非常勤講師や翻訳(数学者の習いで、英語と露語が使えました)のお声掛けを頂戴している間は、悠々自適の隠居生活を愉しんでおりました。しかし体調を崩し仕事を一旦お断りした途端、あっと言う間に知識・知能が衰退していきました。
ただ、他者と関わり社会と呼応する知恵については、終生自得に至れなかった模様。専業主婦の義母が「毎日」を仔細綿密に支え続けたからこそ、実の娘(私にとっては義理の姉)と隔絶しながら、当人的には安閑のうちに孤高の人生を全うし得たのだと思います。
***
義理の姉が何を厭うたゆえに、孫に当たる長女長男を実父の告別にさえ参列させぬほど疎遠になってしまったのか? 理系な弟嫁には2年半経っても依然、不詳なままです。
元より「変なお母さん」を自称し不調法を憚らぬ私ですから、子を二人ともに小学生から受験勉強へ邁進させた義姉とは、お世辞にも相性が宜しかったワケがなく。実弟に当たる夫の方も長年の無沙汰を解消する機微は無いため、以下は推察に過ぎませんが……
義姉が嫌厭し続けているものの正体は、父や弟とは違って「普通」の枠から外れることが出来なかった彼女自身の「平凡」かも知れない、と私には感じられてしまうのです。
***
義姉の長女(拙宅の娘にとっては、2歳年長の従姉妹)は中学生の時分からいわゆる美術予備校へも通った後、念願叶って私立美大の双璧へ現役合格しました。とは言え、それ以降の様子は義母から伝え聞く限り、八王子と小平のどちらを選んで学んだのかも、順当に進級していれば卒業した筈の今年度はどんな進路を選んだのかも、残念ながら分かりません。
また昨年2月に拙ブログで言及した長男A君の件は、義姉の夫君(拙宅の娘にとっては伯父)から義母へ、一周忌に次いで三回忌へも不義理を重ねる陳謝と併せ1年遅れながら二度目の挑戦で志望校へ入学叶った知らせが、予備校の合格体験記公開と同じ頃に届いた由。
努力の義務履行に見合った「肩書き」を名乗る権利行使、例えば「△△大学の★★学部生」といった所属意識は、人格を構築していく基盤として確かに大切ですけれど……
生まれ持った多様性を保護者が疎外/当事者が卑下していることで「育ち」の大局を歪めてしまう第一の分岐こそ、最優先で手厚く顧慮すべきでしょう。「普通」の枠から外れていない兄弟姉妹へも人格を尊ぶ敬意と個性を言祝ぐ仁愛を向けることは、お子さん達の「毎日」を支えるご家族にとって等しく重視されるべき要諦と私は考えています。
>>後篇『A Hasty Lonely Cassandra』へ続く
私からすれば義理の父に当たるご老体は、本稿に題したとおり数学者として至って気楽な、しかし元来希薄だった他者への関わりを遂に一切喪失し、旧知とは全く疎遠な最期を迎えました。死因は肺炎でしたが、認知症の診断で随分と長く入院していたのです。
退官時に名誉教授職を拝命するまで大学での任を果たした義父でしたから、弟子に当たる方々も幾人かおられたようです。けれど義母は、認知症という病状を報知する件に越えがたい逡巡を感じたらしく、近親のみが集い密葬を執り行った後、不肖の嫁が急ぎ用意した喪中ハガキの文面で公の関係への御挨拶に代えさせて戴く仕儀に至りました。
***
診断は義父の年齢から認知症ということになったものの、運動機能の急激な低下で始まった病状は、娘の「多様性」へ緊密に接していた私から見ると自閉圏当事者の主訴とも感じられました。つまり義父の経過は、娘の育ちを逆行しているように思えたのです。
大学を退き故郷へ移転した後も、非常勤講師や翻訳(数学者の習いで、英語と露語が使えました)のお声掛けを頂戴している間は、悠々自適の隠居生活を愉しんでおりました。しかし体調を崩し仕事を一旦お断りした途端、あっと言う間に知識・知能が衰退していきました。
ただ、他者と関わり社会と呼応する知恵については、終生自得に至れなかった模様。専業主婦の義母が「毎日」を仔細綿密に支え続けたからこそ、実の娘(私にとっては義理の姉)と隔絶しながら、当人的には安閑のうちに孤高の人生を全うし得たのだと思います。
***
義理の姉が何を厭うたゆえに、孫に当たる長女長男を実父の告別にさえ参列させぬほど疎遠になってしまったのか? 理系な弟嫁には2年半経っても依然、不詳なままです。
元より「変なお母さん」を自称し不調法を憚らぬ私ですから、子を二人ともに小学生から受験勉強へ邁進させた義姉とは、お世辞にも相性が宜しかったワケがなく。実弟に当たる夫の方も長年の無沙汰を解消する機微は無いため、以下は推察に過ぎませんが……
義姉が嫌厭し続けているものの正体は、父や弟とは違って「普通」の枠から外れることが出来なかった彼女自身の「平凡」かも知れない、と私には感じられてしまうのです。
***
義姉の長女(拙宅の娘にとっては、2歳年長の従姉妹)は中学生の時分からいわゆる美術予備校へも通った後、念願叶って私立美大の双璧へ現役合格しました。とは言え、それ以降の様子は義母から伝え聞く限り、八王子と小平のどちらを選んで学んだのかも、順当に進級していれば卒業した筈の今年度はどんな進路を選んだのかも、残念ながら分かりません。
また昨年2月に拙ブログで言及した長男A君の件は、義姉の夫君(拙宅の娘にとっては伯父)から義母へ、一周忌に次いで三回忌へも不義理を重ねる陳謝と併せ1年遅れながら二度目の挑戦で志望校へ入学叶った知らせが、予備校の合格体験記公開と同じ頃に届いた由。
努力の義務履行に見合った「肩書き」を名乗る権利行使、例えば「△△大学の★★学部生」といった所属意識は、人格を構築していく基盤として確かに大切ですけれど……
生まれ持った多様性を保護者が疎外/当事者が卑下していることで「育ち」の大局を歪めてしまう第一の分岐こそ、最優先で手厚く顧慮すべきでしょう。「普通」の枠から外れていない兄弟姉妹へも人格を尊ぶ敬意と個性を言祝ぐ仁愛を向けることは、お子さん達の「毎日」を支えるご家族にとって等しく重視されるべき要諦と私は考えています。
>>後篇『A Hasty Lonely Cassandra』へ続く
2016年10月20日木曜日
「変な子」と「変なお母さん」
大学の長い夏休みが終わり、秋学期初日を迎えた先月下旬。
起床した娘が、洗面所へ移動した気配を壁越しに感じつつ
おもむろに台所へ向かえば、身支度を終えた所で鉢合わせ。
「トイレの水、流せなかった。起こそうかなと思ったけど」
口火の切り方が主観的すぎて、唐突なのは否めないものの
外れていたフロートゴム玉の接続を、自力で直せたらしい。
「まずネットで調べてみたら、修理法、出てたから流せた」
その瞬間、十数年に及んだ「自家製療育」を遂に満了したのだと確信する。「みんな」に倣うだけの子育てでは、決して味わえない歓びが胸の裡で静かに沸騰しはじめた。
お子さんが「普通」の枠を外れること無く成長なさったご家庭では、この会話のどこが嬉しいのか皆目お判りにならないだろう。「卒業」の実感も、主観的で唐突だった。
***
保育園で自閉症の指摘を受け、小学校から高校まで不登校のリスクを抱えていたにもかかわらず。勝率5割の大学受験を経てようやく補欠で合格を頂戴叶った最高学府へ、疎外感に苛まれることも無く娘が愉しく通い続けていられるのは、如何なる因果なのか?
まず挙げるべきは、不登校・ひきこもりに悩む当事者さんやご家族・支援者の皆様へ、お節介にも寄せさせて戴いた傍目八目なコメントで『励ます力』を繋ぐ御縁に恵まれつつ、「うまくいっちゃう」というか「ひきこもらせない文化」を模索叶ったおかげ様。
なにせ娘の『危うさ』は、『具体例や試行錯誤から習得するのが苦手』な性向。つまり「良いこと=成功」も「悪いこと=失敗」も繰り返し体験させて戴ける場へ通えなければ、「得意を伸ばす」ことで知識・知能を切磋すると同時に、社会と呼応する知恵の習得という「苦手を避けず」多様性発達者として社会へ適応することも叶わないワケで。
ゆえに社会人デビュウを控えて成功・失敗双方の体験を頂戴できる最後の場、すなわち大学へ通い続ける「配慮と我慢」の自発的な行動化の瞬発力=「ひきこもらない力」を娘自身から引き出さねばならず。
所属学部やサークルの人脈を介した、他者と関わる知恵の構造的・弁証的な理解・体得こそ、「自家製療育」の最終課程と位置づけた顛末で、とうとう冒頭で綴った「卒業」の瞬間を実感するに至れた次第。
……なんてことを、たかがトイレの不具合を直せた件にも逐一考え、我が子の「毎日・毎年」を支えているのは、『すごい』と唸って戴くには及ばない「変なお母さん」で。
娘が「みんな」と違った「変な子」でありながら、「ひきこもらない力」を体得出来た因果として次に挙げるべきは、「普通」じゃない事象にこそキラ〜ン!と目が輝いちゃう、理系家族ならではの好奇心主導・屁理屈上等な「文化」を醸成叶ったからなのだろう。
***
兎にも角にも十数年に及んだ試行錯誤だったから、あれやこれやと「自家製療育」を施した側、すなわち「変なお母さん」にとっては具体的に一体何が「ひきこもらない力」を引き出したのか、今ひとつ判然としていない。で、「変な子」本人にも訊いてみた。
まず娘が挙げたのは「自分にピッタリの仮面、でも息苦しくないのが手に入ったから」
例のごとく主観的すぎて判りにくいが、つまりは心理学で謂うところのペルソナ=自己の外的側面が適切に確立できたゆえ。要するに、大学の学部とかサークルとか、自分にとってしっくり来る所属意識・居場所が確保叶ったおかげ様、ってことですかな……
でも、それって「ひきこもらない力」を、別の表現に言い換えてるだけじゃね?
「自家製療育」の何が、あなた自身の「五感の凸凹には配慮・認知の凸凹には我慢」する行動化の瞬発力を引き出せたのか、って訊いてるんだけど。
……と重ねて問うたところで、娘が挙げたのは以下の三点。
【その1 興味関心に合わせた経験】
→オトンは日本全国の乗り鉄へ、オカンは図書館・美術館・博物館へ……確かに徹底的な「モノより思い出」だった。元ネタのクルマには、全く縁が無かったけどw
【その2 行動の根拠を明確に解題】
→理系な家族だから、好奇心主導で直感を得たにしてもメタな屁理屈上等で補填するのがクセになってる。発語発話が不充分だった頃から、informed consentしてたしw
【その3 義務の履行は権利の行使と表裏一体であることを徹底】
→「苦手を避けず」に「得意を伸ばす」ため、最も苦慮した点。半端にメタ認知が発現して疎外感に苛まれ始めた10代前半、「ひきこもる権利」っていう認知の凸凹がバッチリ表出しましたから。「権利の行使には義務の履行が付帯する」との原理原則をガッツリ体得させた件こそ、なるほど多様性発達者としての社会適応には最も重要だったのかも。
三つをまとめれば、興味関心に合わせた経験が知識を・行動の根拠の明確な解題が知能を・社会と呼応するための義務と権利が知恵を育んだ、という結論になるんでしょう。
***
てな具合の、拙宅にとってお馴染みな「自家製療育」談義に娘と興じつつ。ふと気づいちゃったのは、「良いお母さん」と「悪い子」では「うまくいかない文化」の必然。
共依存の陥穽に嵌まることの無い「うまくいっちゃってる文化」には、「変な子」と「変なお母さん」の平らかで「ずれ」が無い関係性こそ最も重い要なのだと私は思う。
【補記】「お母さん」と「子」連作として不定期連載しております。お時間許す範囲で併せてご笑覧賜れますと幸甚。
>>前篇『「良いお母さん」と「悪い子」』を読む
>>続篇『暴れる子と『頑張るお母さん』』を読む
>>続篇『緘黙する子と優しいお母さん』を読む
起床した娘が、洗面所へ移動した気配を壁越しに感じつつ
おもむろに台所へ向かえば、身支度を終えた所で鉢合わせ。
「トイレの水、流せなかった。起こそうかなと思ったけど」
口火の切り方が主観的すぎて、唐突なのは否めないものの
外れていたフロートゴム玉の接続を、自力で直せたらしい。
「まずネットで調べてみたら、修理法、出てたから流せた」
その瞬間、十数年に及んだ「自家製療育」を遂に満了したのだと確信する。「みんな」に倣うだけの子育てでは、決して味わえない歓びが胸の裡で静かに沸騰しはじめた。
お子さんが「普通」の枠を外れること無く成長なさったご家庭では、この会話のどこが嬉しいのか皆目お判りにならないだろう。「卒業」の実感も、主観的で唐突だった。
***
保育園で自閉症の指摘を受け、小学校から高校まで不登校のリスクを抱えていたにもかかわらず。勝率5割の大学受験を経てようやく補欠で合格を頂戴叶った最高学府へ、疎外感に苛まれることも無く娘が愉しく通い続けていられるのは、如何なる因果なのか?
まず挙げるべきは、不登校・ひきこもりに悩む当事者さんやご家族・支援者の皆様へ、お節介にも寄せさせて戴いた傍目八目なコメントで『励ます力』を繋ぐ御縁に恵まれつつ、「うまくいっちゃう」というか「ひきこもらせない文化」を模索叶ったおかげ様。
なにせ娘の『危うさ』は、『具体例や試行錯誤から習得するのが苦手』な性向。つまり「良いこと=成功」も「悪いこと=失敗」も繰り返し体験させて戴ける場へ通えなければ、「得意を伸ばす」ことで知識・知能を切磋すると同時に、社会と呼応する知恵の習得という「苦手を避けず」多様性発達者として社会へ適応することも叶わないワケで。
ゆえに社会人デビュウを控えて成功・失敗双方の体験を頂戴できる最後の場、すなわち大学へ通い続ける「配慮と我慢」の自発的な行動化の瞬発力=「ひきこもらない力」を娘自身から引き出さねばならず。
所属学部やサークルの人脈を介した、他者と関わる知恵の構造的・弁証的な理解・体得こそ、「自家製療育」の最終課程と位置づけた顛末で、とうとう冒頭で綴った「卒業」の瞬間を実感するに至れた次第。
……なんてことを、たかがトイレの不具合を直せた件にも逐一考え、我が子の「毎日・毎年」を支えているのは、『すごい』と唸って戴くには及ばない「変なお母さん」で。
娘が「みんな」と違った「変な子」でありながら、「ひきこもらない力」を体得出来た因果として次に挙げるべきは、「普通」じゃない事象にこそキラ〜ン!と目が輝いちゃう、理系家族ならではの好奇心主導・屁理屈上等な「文化」を醸成叶ったからなのだろう。
***
兎にも角にも十数年に及んだ試行錯誤だったから、あれやこれやと「自家製療育」を施した側、すなわち「変なお母さん」にとっては具体的に一体何が「ひきこもらない力」を引き出したのか、今ひとつ判然としていない。で、「変な子」本人にも訊いてみた。
まず娘が挙げたのは「自分にピッタリの仮面、でも息苦しくないのが手に入ったから」
例のごとく主観的すぎて判りにくいが、つまりは心理学で謂うところのペルソナ=自己の外的側面が適切に確立できたゆえ。要するに、大学の学部とかサークルとか、自分にとってしっくり来る所属意識・居場所が確保叶ったおかげ様、ってことですかな……
でも、それって「ひきこもらない力」を、別の表現に言い換えてるだけじゃね?
「自家製療育」の何が、あなた自身の「五感の凸凹には配慮・認知の凸凹には我慢」する行動化の瞬発力を引き出せたのか、って訊いてるんだけど。
……と重ねて問うたところで、娘が挙げたのは以下の三点。
【その1 興味関心に合わせた経験】
→オトンは日本全国の乗り鉄へ、オカンは図書館・美術館・博物館へ……確かに徹底的な「モノより思い出」だった。元ネタのクルマには、全く縁が無かったけどw
【その2 行動の根拠を明確に解題】
→理系な家族だから、好奇心主導で直感を得たにしてもメタな屁理屈上等で補填するのがクセになってる。発語発話が不充分だった頃から、informed consentしてたしw
【その3 義務の履行は権利の行使と表裏一体であることを徹底】
→「苦手を避けず」に「得意を伸ばす」ため、最も苦慮した点。半端にメタ認知が発現して疎外感に苛まれ始めた10代前半、「ひきこもる権利」っていう認知の凸凹がバッチリ表出しましたから。「権利の行使には義務の履行が付帯する」との原理原則をガッツリ体得させた件こそ、なるほど多様性発達者としての社会適応には最も重要だったのかも。
三つをまとめれば、興味関心に合わせた経験が知識を・行動の根拠の明確な解題が知能を・社会と呼応するための義務と権利が知恵を育んだ、という結論になるんでしょう。
***
てな具合の、拙宅にとってお馴染みな「自家製療育」談義に娘と興じつつ。ふと気づいちゃったのは、「良いお母さん」と「悪い子」では「うまくいかない文化」の必然。
共依存の陥穽に嵌まることの無い「うまくいっちゃってる文化」には、「変な子」と「変なお母さん」の平らかで「ずれ」が無い関係性こそ最も重い要なのだと私は思う。
【補記】「お母さん」と「子」連作として不定期連載しております。お時間許す範囲で併せてご笑覧賜れますと幸甚。
>>前篇『「良いお母さん」と「悪い子」』を読む
>>続篇『暴れる子と『頑張るお母さん』』を読む
>>続篇『緘黙する子と優しいお母さん』を読む
2016年6月4日土曜日
Good for You! Just for You?
『自閉症という謎に迫る 研究最前線報告』を改めて精読した動機は、高機能自閉の一症例として目の当たりにした娘の成長が、まさしく『かくも不可解な』としか言いようのない不思議に満ちていた事実へ、重ねて抱いた好奇心と敬意と仁愛でした。
なにしろ娘本人は、親も気付かぬ間に療育を“卒業”しておりましたもので。無論、自閉圏当事者に有りがちな「勘違い」は時折やらかすものの、指摘されればイケずな理系女子にも文句の付けようが見つけられぬほど理の通った自己分析で応えますから、「自家製療育」のメンターを気どる私は弟子から暇を言い渡されたも同然だったり。
子育て現役世代の皆様がたへ、合理的配慮の真髄をご提案すると同時に、敬愛する心を繋いで戴きつつ。放っておいてもひとりで群れずに、しかし他者に対する受容・信頼・配慮の間合いを弁え、勉学に精進・助言を拝聴・人脈を尊重しながら、将来への希望を具現化して行く娘の「成長体験」を、半ば驚嘆しながら絶賛観察中です。
という次第のおかげさまで、一息ついて気懸かりなのは、同年同月に数日だけ娘に先んじて生まれた従兄弟が、再度の大学受験で迎えた顛末。中学受験の準備を始めた小学4年以降は全く疎遠となり、一昨年の初冬に亡くなった祖父の告別にさえ、姿を現さなかったA君は、果たして彼なりの「成長体験」を積むことが叶っているのかどうか……
実は、春休みが終わろうとする3月下旬、大学初年度の報告を兼ねて、娘を祖母(私からすれば義理の母)の一人住まいへご挨拶に赴かせたのですが。祖父の仏前へ成績表(が未着だったので、学内SNSの「単位取得状況」プリントアウト(^_^;)を供えたり、不調法な嫁がお邪魔するよりもと、娘へ託した手土産を喜んで下さったりした一方、A君の動静は話題に上らず。
志望校の合格発表は例年3月10日と(短い間ながら、お給金を頂戴していた経緯もあり)心得ておりましたから、後日、義母から届いた丁寧な礼状でも、A君の進路が一切言及されていないのは、頑なに疎遠を固持して報告が無いのか・再三の大学受験を選んだ旨を話題にしかねるのか、一体どちらなのだろう?と無愛想な叔母なりに気を揉んでおりました。
なにしろ娘本人は、親も気付かぬ間に療育を“卒業”しておりましたもので。無論、自閉圏当事者に有りがちな「勘違い」は時折やらかすものの、指摘されればイケずな理系女子にも文句の付けようが見つけられぬほど理の通った自己分析で応えますから、「自家製療育」のメンターを気どる私は弟子から暇を言い渡されたも同然だったり。
子育て現役世代の皆様がたへ、合理的配慮の真髄をご提案すると同時に、敬愛する心を繋いで戴きつつ。放っておいてもひとりで群れずに、しかし他者に対する受容・信頼・配慮の間合いを弁え、勉学に精進・助言を拝聴・人脈を尊重しながら、将来への希望を具現化して行く娘の「成長体験」を、半ば驚嘆しながら絶賛観察中です。
という次第のおかげさまで、一息ついて気懸かりなのは、同年同月に数日だけ娘に先んじて生まれた従兄弟が、再度の大学受験で迎えた顛末。中学受験の準備を始めた小学4年以降は全く疎遠となり、一昨年の初冬に亡くなった祖父の告別にさえ、姿を現さなかったA君は、果たして彼なりの「成長体験」を積むことが叶っているのかどうか……
実は、春休みが終わろうとする3月下旬、大学初年度の報告を兼ねて、娘を祖母(私からすれば義理の母)の一人住まいへご挨拶に赴かせたのですが。祖父の仏前へ成績表(が未着だったので、学内SNSの「単位取得状況」プリントアウト(^_^;)を供えたり、不調法な嫁がお邪魔するよりもと、娘へ託した手土産を喜んで下さったりした一方、A君の動静は話題に上らず。
志望校の合格発表は例年3月10日と(短い間ながら、お給金を頂戴していた経緯もあり)心得ておりましたから、後日、義母から届いた丁寧な礼状でも、A君の進路が一切言及されていないのは、頑なに疎遠を固持して報告が無いのか・再三の大学受験を選んだ旨を話題にしかねるのか、一体どちらなのだろう?と無愛想な叔母なりに気を揉んでおりました。
2016年4月12日火曜日
きれいな心 きたない心
四十年以上も昔のことなので、タイトルを失念してしまいましたが、私が小学1年か2年だった或る日、学校の体育館で映画の鑑賞会が催されました。今で言う特別支援学級へ通っている子ども達の日常を、主題に取り上げた邦画作品でした。
ネットで少し調べてみた限りでは、羽仁 進 監督 が1964年にリメイクした『手をつなぐ子ら』の可能性が高い気もします。しかし、記憶しているシーンは本筋と全く関係無かったようで、データベースの情報だけでは確認できませんでした。
非常に鮮明に覚えている、その場面を文章で書き起こすと、以下のようなシークエンスになります。
***
鑑賞会の後は、学級ごとに教室へ戻って「帰りの会」を済ませ、行事が催された日の常で、上級生達と集団下校したような気がします。ともかく帰宅すると、保護者席で映画を観ていた母が待ち構えていて、どんな感想を持ったか訊かれました。
ネットで少し調べてみた限りでは、羽仁 進 監督 が1964年にリメイクした『手をつなぐ子ら』の可能性が高い気もします。しかし、記憶しているシーンは本筋と全く関係無かったようで、データベースの情報だけでは確認できませんでした。
非常に鮮明に覚えている、その場面を文章で書き起こすと、以下のようなシークエンスになります。
放課後の校庭。一日中降り続いた雨で水たまりが出来ている。
小学校低学年の少女が一人、長靴を履き、雨傘を差して登場。
校庭の片隅にしつらえた花壇へ、ジョウロで水を遣り始める。
傘を差しながら、水の入った重いジョウロを、片手で動かす
少女の、真剣な眼差しと緊張した口元を、クローズ・アップ。
一転、降りしきる雨脚越しに、校舎の一角を遠望するカメラ。
更に寄ると、職員室の窓から支援級の担任が校庭を見ている。
教師の視線の先は、色とりどりのチューリップが咲く花壇と
長靴を履き、傘を差して、雨中の水遣りに懸命な、少女の姿。
再び職員室へ転じたカメラは、男性教師の優しげな眼差しと、何度も思い返すうち、私が加えてしまった“演出”があるかも知れません。けれど、降りしきる雨音だけで台詞は一言も無い、濡れた地面と木造校舎の陰鬱な背景に、咲き揃ったチューリップの明るい色彩が映える、とても美しいシーンでした。
少し困惑の色を滲ませ微笑む口元を、クローズ・アップする。
***
鑑賞会の後は、学級ごとに教室へ戻って「帰りの会」を済ませ、行事が催された日の常で、上級生達と集団下校したような気がします。ともかく帰宅すると、保護者席で映画を観ていた母が待ち構えていて、どんな感想を持ったか訊かれました。
2016年3月4日金曜日
親の光は七所照らす
「無論、今の娘の成績で京大が狙えるとは、夢にも思っていません」
父方の祖父も両親も、大学や大学院でお世話になった御縁から、魚屋の子が「オイラも魚屋になりたい!」と言っているようなもので。私がそう言い継ぐと、高校2年から娘を担任して下さっているT先生の表情に、安堵の色が顕れた。
「それより、私自身が一浪して、得したことはありませんでしたから」
現役合格を目指す方が、大事だと思います。
そこまで申し上げた所で、T先生は深く頷いて下さった。
「同感です。同じ努力を二年繰り返すのは、あまり意味がありません」
娘の高い志を尊重する一方で、大学受験の現実も心得た保護者だと、担任からご信任を頂戴し率直な本音を漏らして下されば、高2の秋の二者面談としては上々。最終的には本人の成績次第、という暗黙にして当然の了解に落着した。
***
小学5年生の娘を担任して下さったS先生へ、家庭訪問の席で詳しくお話しして以降、娘の「育ち」を、先生がたに長々とご説明することは無くなった。別段、隠したわけではない。単純に、逐一お話する必要が無くなっただけ。
保育園で、臨床心理士から障害告知・小学校低学年で、ある“事件”をキッカケに転校……なんて経緯をお知らせするまでもなく、娘の言動から「こういう子なんだな」とご了承戴ける先生がたに、恵まれ続けた旨こそ幸甚だ。
取り分け小学生のうちに、生来苦手な同級生達との関係に代え、年少者や大人との関わりをS先生に繋いで戴いた件と、得意教科の面白さを、6年の担任だったU先生がご教授下さった旨が、大きく寄与していると感謝に堪えない。
父方の祖父も両親も、大学や大学院でお世話になった御縁から、魚屋の子が「オイラも魚屋になりたい!」と言っているようなもので。私がそう言い継ぐと、高校2年から娘を担任して下さっているT先生の表情に、安堵の色が顕れた。
「それより、私自身が一浪して、得したことはありませんでしたから」
現役合格を目指す方が、大事だと思います。
そこまで申し上げた所で、T先生は深く頷いて下さった。
「同感です。同じ努力を二年繰り返すのは、あまり意味がありません」
娘の高い志を尊重する一方で、大学受験の現実も心得た保護者だと、担任からご信任を頂戴し率直な本音を漏らして下されば、高2の秋の二者面談としては上々。最終的には本人の成績次第、という暗黙にして当然の了解に落着した。
***
小学5年生の娘を担任して下さったS先生へ、家庭訪問の席で詳しくお話しして以降、娘の「育ち」を、先生がたに長々とご説明することは無くなった。別段、隠したわけではない。単純に、逐一お話する必要が無くなっただけ。
保育園で、臨床心理士から障害告知・小学校低学年で、ある“事件”をキッカケに転校……なんて経緯をお知らせするまでもなく、娘の言動から「こういう子なんだな」とご了承戴ける先生がたに、恵まれ続けた旨こそ幸甚だ。
取り分け小学生のうちに、生来苦手な同級生達との関係に代え、年少者や大人との関わりをS先生に繋いで戴いた件と、得意教科の面白さを、6年の担任だったU先生がご教授下さった旨が、大きく寄与していると感謝に堪えない。
2016年2月9日火曜日
大切な事は、みんな
4年前の8月、とある事情で京都大学を訪れていた私は、とある経緯で総合人間学部の一校舎にいた。私自身は「当事者」ではなかったので、目的とする部屋への入室を遠慮し、所用が済むのを廊下で待つ事にした。
旧い校舎だから、全館空調の設備は無い。そして夏期休業中だから、人通りが疎らな所では照明の電源さえ入っていない。つまり、ひどく蒸し暑い上に薄暗い場所で、いつまでとも知れぬ暇を持て余す事となった。
当初は「当事者」たる娘が入って行った扉の前で、室内の気配を伺っていたが。教授と思しき紳士の声が、何やら語り続けているのみ。その部屋の出入りが知れれば差し支えなかろうと判断し、廊下を歩いてみる。
無聊を慰めるべく、周囲を丹念に観察しながら……とは言え大学の廊下なぞ、何処も埃っぽく雑然としているばかりで、変わり映えはしない。特段興味を惹かれる事物も無く、一方の端まで突き当たりかけた時。思いも寄らぬ“再会”に、はっと息を呑んだ。
絹糸のように繊細な金髪と、深い湖を想わせる翠色の瞳。一目で「彼」と知れる、少女のような美貌と娼婦のような妖艶を描き手から賦与された少年は、驕奢なフォントルロイ・スーツを纏い、無造作に貼られたポスターの中から物憂げな眼差しを投げかける。
最期の瞬間に切望した『未だ誰をも知ることのない』瑞々しい春の光の中……架空の存在でありながら、真向かう者を圧倒する佇まい。蒸し暑くて埃っぽい薄暗がりに、突如顕現した儚くも甘やかな肖像へ、五感の不快も心底の屈託も忘れて魅入られつつ……
私の脳裏に閃いたのは、『人間についての根源的、総合的理解』をraison d'êtreと定めた学府で、その少年に再び邂逅できた奇遇が導く天啓だった。
***
その年の暮れ、とある創作漫画へ耽溺した私は、翌年の2月、慮外な拍子に構想を得て猛然と二次小説を書き始めた。合算9万2千余字に至った連作の発端は、「彼」を創出なさった竹宮惠子先生が、教授職を勤めておられる大学で主催されたシンポジウムのポスターを、あの日、娘が第一志望と定めた学部でも掲示していた一事に行き着く。
描かれていた少年の名はジルベール。
旧い校舎だから、全館空調の設備は無い。そして夏期休業中だから、人通りが疎らな所では照明の電源さえ入っていない。つまり、ひどく蒸し暑い上に薄暗い場所で、いつまでとも知れぬ暇を持て余す事となった。
当初は「当事者」たる娘が入って行った扉の前で、室内の気配を伺っていたが。教授と思しき紳士の声が、何やら語り続けているのみ。その部屋の出入りが知れれば差し支えなかろうと判断し、廊下を歩いてみる。
無聊を慰めるべく、周囲を丹念に観察しながら……とは言え大学の廊下なぞ、何処も埃っぽく雑然としているばかりで、変わり映えはしない。特段興味を惹かれる事物も無く、一方の端まで突き当たりかけた時。思いも寄らぬ“再会”に、はっと息を呑んだ。
絹糸のように繊細な金髪と、深い湖を想わせる翠色の瞳。一目で「彼」と知れる、少女のような美貌と娼婦のような妖艶を描き手から賦与された少年は、驕奢なフォントルロイ・スーツを纏い、無造作に貼られたポスターの中から物憂げな眼差しを投げかける。
最期の瞬間に切望した『未だ誰をも知ることのない』瑞々しい春の光の中……架空の存在でありながら、真向かう者を圧倒する佇まい。蒸し暑くて埃っぽい薄暗がりに、突如顕現した儚くも甘やかな肖像へ、五感の不快も心底の屈託も忘れて魅入られつつ……
私の脳裏に閃いたのは、『人間についての根源的、総合的理解』をraison d'êtreと定めた学府で、その少年に再び邂逅できた奇遇が導く天啓だった。
***
その年の暮れ、とある創作漫画へ耽溺した私は、翌年の2月、慮外な拍子に構想を得て猛然と二次小説を書き始めた。合算9万2千余字に至った連作の発端は、「彼」を創出なさった竹宮惠子先生が、教授職を勤めておられる大学で主催されたシンポジウムのポスターを、あの日、娘が第一志望と定めた学部でも掲示していた一事に行き着く。
描かれていた少年の名はジルベール。
2016年2月1日月曜日
どうして東京大学じゃ?
拙宅の娘には、従兄弟が一人います。
同年同月に、数日だけ娘に先んじて生まれた彼は、しかし大学生ではありません。
発語・発話の顕著な遅れが最初の所見だった娘に対し、その従兄弟は……仮にA君と呼びます……自立・歩行が「みんな」の「普通」より少し遅れた事で、ご両親を若干心配させました。小学校低学年までは折々の休みに、祖父母の家で娘と一緒に過ごしたりもしましたが、A君が中学受験の準備を始めた小学4年以降、全く疎遠になっています。
昨冬の初め、拙記事の冒頭で触れた『身内の不幸』は、娘とA君の祖父に起こった事でした。センター試験を数週間後に控え、どうしても欠席できない模擬テストを受けさせた翌日、娘を伴って参列した葬儀に、同じく高校3年生だったA君は最後まで姿を見せず……彼の父親だけが、長年の疎遠を押して義父への告別の礼に訪れてくれました。
義理の母(娘とA君にとっては祖母)を通じて漏れ知った限りでは、A君は今年度も大学受験に挑むことを選んだ由。彼が卒業した中高一貫校は、本日の記事タイトルに名称を拝借した国立大の合格者数で、例年の報道にも取り上げられる名門私学。ですから彼にとって再度の受験は、単に同窓生「みんな」の「普通」に倣っただけ、なのかも知れません。
***
でも……どうして東京大学じゃなきゃ、いけないのか?
本来、その理由は各人各様な筈で、一概に論ずるのは難しいところです。そしてたった一人の祖父(父方のお祖父様はA君が生まれる前に亡くなっています)の死を、悼み弔う儀礼に参列することより、自分の志を最優先に眼前の問題へこそ専心する、というような、いかに生きるべきかを選択する価値観も、同じく各人各様で一向に構わないと、私は思います。
同年同月に、数日だけ娘に先んじて生まれた彼は、しかし大学生ではありません。
発語・発話の顕著な遅れが最初の所見だった娘に対し、その従兄弟は……仮にA君と呼びます……自立・歩行が「みんな」の「普通」より少し遅れた事で、ご両親を若干心配させました。小学校低学年までは折々の休みに、祖父母の家で娘と一緒に過ごしたりもしましたが、A君が中学受験の準備を始めた小学4年以降、全く疎遠になっています。
昨冬の初め、拙記事の冒頭で触れた『身内の不幸』は、娘とA君の祖父に起こった事でした。センター試験を数週間後に控え、どうしても欠席できない模擬テストを受けさせた翌日、娘を伴って参列した葬儀に、同じく高校3年生だったA君は最後まで姿を見せず……彼の父親だけが、長年の疎遠を押して義父への告別の礼に訪れてくれました。
義理の母(娘とA君にとっては祖母)を通じて漏れ知った限りでは、A君は今年度も大学受験に挑むことを選んだ由。彼が卒業した中高一貫校は、本日の記事タイトルに名称を拝借した国立大の合格者数で、例年の報道にも取り上げられる名門私学。ですから彼にとって再度の受験は、単に同窓生「みんな」の「普通」に倣っただけ、なのかも知れません。
***
でも……どうして東京大学じゃなきゃ、いけないのか?
本来、その理由は各人各様な筈で、一概に論ずるのは難しいところです。そしてたった一人の祖父(父方のお祖父様はA君が生まれる前に亡くなっています)の死を、悼み弔う儀礼に参列することより、自分の志を最優先に眼前の問題へこそ専心する、というような、いかに生きるべきかを選択する価値観も、同じく各人各様で一向に構わないと、私は思います。
2016年1月7日木曜日
『励ます力』の極意
昨年の一昨日、1月5日。
本日の記事タイトルでオマージュさせて戴いた、
“心の師匠”こと長野正毅先生の御本が、上梓されました。
長野先生は、Z会進学教室・渋谷教室長にして、にほんブログ村の「高校受験(指導・勉強法)」カテゴリで長年上位を維持しておられる、『長野先生の幸せに生きるヒント』の書き手。個人的な関わりを補足させて戴けば、拙宅のへっぽこ娘が高校受験に臨んだ際、夏期講習以降の数ヶ月間だけ、渋谷教室でお世話になった経緯がございます。
でも、それ以上に深謝申し上げたいのは、不安の裡に試行錯誤を重ねてきた“自家製療育”の、最も混迷が深かった高校受験期から大学受験期の3年間、親子共々、折に触れ愛読してきたブログを通じ、「それが正解ですよ」「それで良いんですよ」と答え合わせして下さっているように幾度も『励ます力』を分け与えて戴いた恩義なのです。
***
支援者でも専門家でもないけれど。学生の頃からヒトの脳の働きを、好奇心と敬意と仁愛を以て自学してきた私にとって、娘への障害告知は、それまで興味深く観察してきた彼女の奇妙な行動に対する、明晰な“解題”でもありました。
保育園の先生が、公的機関へ臨床心理士の派遣を依頼しませんか、とご提案下さった時。何の躊躇も無く「お願いします」と即答できたのは、モノ並べもクレーン現象も常同運動も、写真やビデオで記録してきた母親として理の当然。
精密検査まで受けた聴覚には、何ら異常がなかったのに、発語・発話には顕著な遅れ。加えて、3歳半で誰も教えぬ間にひらがな・カタカナが読めるようになり、指し示された級友の氏名を精確に音読できる一方、お友達本人に対しては全く関心を示さない。
となれば、臨床心理士から定期的な観察の必要を申し渡された時点で、率直に我が子が抱える“多様性”を受け容れ、然るべき対処を覚悟するのは、至極当たり前な『客観的な認識』だったのですが……
本日の記事タイトルでオマージュさせて戴いた、
“心の師匠”こと長野正毅先生の御本が、上梓されました。
長野先生は、Z会進学教室・渋谷教室長にして、にほんブログ村の「高校受験(指導・勉強法)」カテゴリで長年上位を維持しておられる、『長野先生の幸せに生きるヒント』の書き手。個人的な関わりを補足させて戴けば、拙宅のへっぽこ娘が高校受験に臨んだ際、夏期講習以降の数ヶ月間だけ、渋谷教室でお世話になった経緯がございます。
でも、それ以上に深謝申し上げたいのは、不安の裡に試行錯誤を重ねてきた“自家製療育”の、最も混迷が深かった高校受験期から大学受験期の3年間、親子共々、折に触れ愛読してきたブログを通じ、「それが正解ですよ」「それで良いんですよ」と答え合わせして下さっているように幾度も『励ます力』を分け与えて戴いた恩義なのです。
***
支援者でも専門家でもないけれど。学生の頃からヒトの脳の働きを、好奇心と敬意と仁愛を以て自学してきた私にとって、娘への障害告知は、それまで興味深く観察してきた彼女の奇妙な行動に対する、明晰な“解題”でもありました。
保育園の先生が、公的機関へ臨床心理士の派遣を依頼しませんか、とご提案下さった時。何の躊躇も無く「お願いします」と即答できたのは、モノ並べもクレーン現象も常同運動も、写真やビデオで記録してきた母親として理の当然。
精密検査まで受けた聴覚には、何ら異常がなかったのに、発語・発話には顕著な遅れ。加えて、3歳半で誰も教えぬ間にひらがな・カタカナが読めるようになり、指し示された級友の氏名を精確に音読できる一方、お友達本人に対しては全く関心を示さない。
となれば、臨床心理士から定期的な観察の必要を申し渡された時点で、率直に我が子が抱える“多様性”を受け容れ、然るべき対処を覚悟するのは、至極当たり前な『客観的な認識』だったのですが……
2015年10月31日土曜日
わるいのはママです!
朝、起きて台所へ行く。
昨晩洗って、水切り籠へ入れた食器の隙間から、
いつも使っている万能包丁の刃が、覗いている。
今日も、何の不安もなく、刃物を放置できる。
私は、そんなことにさえ幸せを感じる母親だ。
「幸せ自慢」も「修羅場話」も、本旨ではない。
ただ、『発達障害な僕たちから』のヒロさんから、
もう一つの記事で、青木先生が思わず唸って下さったらしい
殊に、青木先生へ心酔なさってらっしゃる皆様がたには、
どうか誤解なきよう、蛇足ながらお願い申し上げたい。
『すごい』母親なんて……。
当事者は無論のこと、支援者にとっても専門家にとっても、ウザいだけだ。
***
同級のお友達に何年か遅れて、ようやく二語文の発話が……と安堵したのも束の間。
『わるいのはママです!』
自閉圏の子にありがちな、言葉遣いだけは慇懃だが、内容は自分勝手としか言い様が無い娘の発言に、私は頭を抱えた。しかもご丁寧に、音声言語に先んじて覚えてしまったひらがな・カタカナで、おえかき帳にも同じ文言を書き殴っている。
保育園でも全く同じ調子で、先生やお友達に向かって『わるいのは〇〇です』なんて言ってたら……沸騰し煮詰まる妻を見かねた相方が、「今夜はオレが面倒みるし。アンタは一晩、頭冷やしといで」と、都内のビジネスホテルを予約してくれた。
昨晩洗って、水切り籠へ入れた食器の隙間から、
いつも使っている万能包丁の刃が、覗いている。
今日も、何の不安もなく、刃物を放置できる。
私は、そんなことにさえ幸せを感じる母親だ。
「幸せ自慢」も「修羅場話」も、本旨ではない。
ただ、『発達障害な僕たちから』のヒロさんから、
あなたは何者なのですかと、ご質問戴いたのに、お応えしているだけのこと。
もう一つの記事で、青木先生が思わず唸って下さったらしい
「あの人すごいな」が読後の一言だったという件さえ、自嘲の念は湧いても決して自慢には思わない。
殊に、青木先生へ心酔なさってらっしゃる皆様がたには、
どうか誤解なきよう、蛇足ながらお願い申し上げたい。
『すごい』母親なんて……。
当事者は無論のこと、支援者にとっても専門家にとっても、ウザいだけだ。
***
同級のお友達に何年か遅れて、ようやく二語文の発話が……と安堵したのも束の間。
『わるいのはママです!』
自閉圏の子にありがちな、言葉遣いだけは慇懃だが、内容は自分勝手としか言い様が無い娘の発言に、私は頭を抱えた。しかもご丁寧に、音声言語に先んじて覚えてしまったひらがな・カタカナで、おえかき帳にも同じ文言を書き殴っている。
保育園でも全く同じ調子で、先生やお友達に向かって『わるいのは〇〇です』なんて言ってたら……沸騰し煮詰まる妻を見かねた相方が、「今夜はオレが面倒みるし。アンタは一晩、頭冷やしといで」と、都内のビジネスホテルを予約してくれた。
2015年10月27日火曜日
この親にしてこの子あり
『お元気になられてなにより』
更新再開後の記事をご笑覧下さった方から、こんな優しいお心遣いを戴きました。
確かに、原稿できなかった事情を『同級生の皆さんに後れを取りやしないか、と気を揉んで』と綴りましたから。“普通”のお母様がたなら「気を揉む→心配が嵩じる→不安が募る→元気が無くなる」状況だったでしょうね、言われてみれば。
されど憚りながらヒルマ小母ちゃんは、時に「筆者は男性」と勘違いされちゃうほど、筋金入りの「いけず」なメタ認知を備えた理系女子。しかも“普通じゃない”事象にこそキラ〜ン!と眼が輝いちゃう、好奇心主導な元実験研究者ですので……
この十数年間、試行錯誤を重ねてきた“自家製療育”の過程で、自分なりに日々考察を続けてきた結果、抽出に至った
メタ認知・感覚情報の共有力・行動化の瞬発力が、全て揃えば
感覚や認知に凸凹があっても、ライフを溜めて成長して行ける
という『理 (ことわり)』を、サポートセンター名古屋のヒロさん達だけでなく、娘も実証してくれるだろうか?という不遜なワクテカ感の方が、ぶっちゃけ勝っておりまして。
ぃや〜むしろメチャメチャ元気でしたね〜w 当時のツイート再録編集してたら、いつまで経っても原稿作業が終わらなくて。自分の字書き厨っぷりにエエ加減腹立ってきたくらいw 実はずぅっと元気でした(テヘペロ) せっかくいたわって戴いたのに、恐縮の極みです。
原稿へ集中しかねた経緯を、具体的に補足すれば。
補欠合格で辛くも入学を許された大学へ進む、という彼女にすれば生まれて初めての「背伸び」をした娘が、『失敗しない経験』を積めるよう、青木先生のアドヴァイスを参照させて戴きつつ、心配ならぬ“心配り”すなわち配慮にこそ注力しておりました。
***
しかし、蓋を開けてみれば……
さすがは最大事業規模を誇るトップ型スーパーグローバル大学が、総力を上げて取り組んだユニバーサルデザインに基づく学内SNS……なんて書くと、ワケ判りませんけどw
要するに、世界中から数万人の学生院生が集うマンモス大学なればこそ、“多様性”への配慮は、必然的に大学経営の根幹となる次第らしく。
スマホでもパソコンでも端末の操作さえできれば、履修登録その他諸々の手続き一切は、自宅でも自習室でも本人が落ち着ける場所で、済ませることが出来ましたし。
いざという時に相談できる・情報提供や啓発活動も行っている「障がい学生支援室」が設置されており、昨年から発達障碍への対応も始動したことが分かりましたし。
新入生は担任教授が指導して下さる「基礎ゼミ」で、週に一度は同じ顔ぶれのクラスメイトと学習法やデータ解析を履修する上、高校から引き続いて茶道サークルへ入会させたので、『知り合いをつくること』もバッチリ完了。
クラスでは級友にパソコンの使い方を、サークルでは初心者にお点前の所作を、請われて教える“役割”が天然自然に実現し、『具体的な所属場所』を確保できました。
***
でも、いちばん肝要だったのは……
更新再開後の記事をご笑覧下さった方から、こんな優しいお心遣いを戴きました。
確かに、原稿できなかった事情を『同級生の皆さんに後れを取りやしないか、と気を揉んで』と綴りましたから。“普通”のお母様がたなら「気を揉む→心配が嵩じる→不安が募る→元気が無くなる」状況だったでしょうね、言われてみれば。
されど憚りながらヒルマ小母ちゃんは、時に「筆者は男性」と勘違いされちゃうほど、筋金入りの「いけず」なメタ認知を備えた理系女子。しかも“普通じゃない”事象にこそキラ〜ン!と眼が輝いちゃう、好奇心主導な元実験研究者ですので……
この十数年間、試行錯誤を重ねてきた“自家製療育”の過程で、自分なりに日々考察を続けてきた結果、抽出に至った
メタ認知・感覚情報の共有力・行動化の瞬発力が、全て揃えば
感覚や認知に凸凹があっても、ライフを溜めて成長して行ける
という『理 (ことわり)』を、サポートセンター名古屋のヒロさん達だけでなく、娘も実証してくれるだろうか?という不遜なワクテカ感の方が、ぶっちゃけ勝っておりまして。
ぃや〜むしろメチャメチャ元気でしたね〜w 当時のツイート再録編集してたら、いつまで経っても原稿作業が終わらなくて。自分の字書き厨っぷりにエエ加減腹立ってきたくらいw 実はずぅっと元気でした(テヘペロ) せっかくいたわって戴いたのに、恐縮の極みです。
原稿へ集中しかねた経緯を、具体的に補足すれば。
補欠合格で辛くも入学を許された大学へ進む、という彼女にすれば生まれて初めての「背伸び」をした娘が、『失敗しない経験』を積めるよう、青木先生のアドヴァイスを参照させて戴きつつ、心配ならぬ“心配り”すなわち配慮にこそ注力しておりました。
***
しかし、蓋を開けてみれば……
さすがは最大事業規模を誇るトップ型スーパーグローバル大学が、総力を上げて取り組んだユニバーサルデザインに基づく学内SNS……なんて書くと、ワケ判りませんけどw
要するに、世界中から数万人の学生院生が集うマンモス大学なればこそ、“多様性”への配慮は、必然的に大学経営の根幹となる次第らしく。
スマホでもパソコンでも端末の操作さえできれば、履修登録その他諸々の手続き一切は、自宅でも自習室でも本人が落ち着ける場所で、済ませることが出来ましたし。
いざという時に相談できる・情報提供や啓発活動も行っている「障がい学生支援室」が設置されており、昨年から発達障碍への対応も始動したことが分かりましたし。
新入生は担任教授が指導して下さる「基礎ゼミ」で、週に一度は同じ顔ぶれのクラスメイトと学習法やデータ解析を履修する上、高校から引き続いて茶道サークルへ入会させたので、『知り合いをつくること』もバッチリ完了。
クラスでは級友にパソコンの使い方を、サークルでは初心者にお点前の所作を、請われて教える“役割”が天然自然に実現し、『具体的な所属場所』を確保できました。
***
でも、いちばん肝要だったのは……
2015年10月20日火曜日
爾後の顚末
ブログ更新が滞っておりました四半期の間にも、
過去記事のご閲覧、誠にありがとうございました。
休止中は、本来業務すなわち家事へそれなりに注力しながら、猛暑の最中に引越を敢行していたり。その間、例によって下書きは溜まりつつも、完成に至らず。
原稿へ集中できなかった事情は、娘の大学受験がおかげさまでどうにか落着したものの、実は補欠合格で辛くも入学を許可戴けた私立大学へ進んだため。正規合格した同級生の皆さんに後れを取りやしないか、と気を揉んでおりました次第。
世間一般の親御さんは大学受験の最中にこそ、心配が嵩じ不安が募る向きが主流なご様子ですけど。高校までの手篤いご指導を離れた「爾後」こそ、娘の将来にとって遥かに肝要なのは、私自身の経験からも重々承知しておりましたし……
***
しかし、蓋を開けてみれば……
1月中旬のセンター試験から3月半ばの補欠合格結果発表まで、2ヶ月に渉って己の不備不足へ否が応でも直面し続けた苦い経験は、努力の何たるかをようやく彼女に知らしめてくれた模様。
親バカ全開、恐縮の極ではございますが。春学期を修了し9月初頭に公開された成績判定は、未だ嘗て無いほど良好な結果。口喧しく娘を叱咤してきたオカンも、事ここに至り遂に降参ですw
国立・私立の差はあれど……
一浪しての大学合格、そして理学部生なのに数学の必修単位を落としてたオカンは最早、先生がたへご心労をお掛けしつつも現役合格、更に留学や奨学金公募の推薦基準にも適うGPAを獲得できた娘へ、どうこう言える分際にはございません。
***
さて、30年振りの大学受験に、今回は親の立場で考察を巡らせつつ……
同じく昨年の晩秋から一年近く、心の発達や脳の機能様式の違いすなわち感覚や認知に凸凹をお持ちなために、社会への適応に難儀を抱えてらっしゃるお若い方達へも、文章を寄せさせて戴いて参りましたけれど。
ここらで一つ、“種明かし”をいたしましょう。
過去記事のご閲覧、誠にありがとうございました。
休止中は、本来業務すなわち家事へそれなりに注力しながら、猛暑の最中に引越を敢行していたり。その間、例によって下書きは溜まりつつも、完成に至らず。
原稿へ集中できなかった事情は、娘の大学受験がおかげさまでどうにか落着したものの、実は補欠合格で辛くも入学を許可戴けた私立大学へ進んだため。正規合格した同級生の皆さんに後れを取りやしないか、と気を揉んでおりました次第。
世間一般の親御さんは大学受験の最中にこそ、心配が嵩じ不安が募る向きが主流なご様子ですけど。高校までの手篤いご指導を離れた「爾後」こそ、娘の将来にとって遥かに肝要なのは、私自身の経験からも重々承知しておりましたし……
***
しかし、蓋を開けてみれば……
1月中旬のセンター試験から3月半ばの補欠合格結果発表まで、2ヶ月に渉って己の不備不足へ否が応でも直面し続けた苦い経験は、努力の何たるかをようやく彼女に知らしめてくれた模様。
親バカ全開、恐縮の極ではございますが。春学期を修了し9月初頭に公開された成績判定は、未だ嘗て無いほど良好な結果。口喧しく娘を叱咤してきたオカンも、事ここに至り遂に降参ですw
国立・私立の差はあれど……
一浪しての大学合格、そして理学部生なのに数学の必修単位を落としてたオカンは最早、先生がたへご心労をお掛けしつつも現役合格、更に留学や奨学金公募の推薦基準にも適うGPAを獲得できた娘へ、どうこう言える分際にはございません。
***
さて、30年振りの大学受験に、今回は親の立場で考察を巡らせつつ……
同じく昨年の晩秋から一年近く、心の発達や脳の機能様式の違いすなわち感覚や認知に凸凹をお持ちなために、社会への適応に難儀を抱えてらっしゃるお若い方達へも、文章を寄せさせて戴いて参りましたけれど。
ここらで一つ、“種明かし”をいたしましょう。
2015年6月6日土曜日
『それ町』第14巻感想!
巻頭には、物語の“起点”たる入学式をオールカラーで描き下ろし、巻末には、思わせぶりに「エピローグ」と題した第98話を配して置きながら、『一応言っておきますが、終りじゃありません。もうちょっとだけ続きます』と、確信犯的あとがきを記した第12巻の後で。
毎度お馴染みなエピソードの連打に、素知らぬ顔で紛れ込ませた想定外の一撃・第104話「暗黒卓球少女」を、ガツン!!! とお見舞いされちゃった第13巻と同じく「もくじ」ページに『……に掲載された作品をまとめ、加筆修正を加えました』と但し書きした、最新の第14巻も。
遂に来ましたね〜第108話『夢現小説』+第111話『夢幻小説』!
単行本で11巻・話数にして82話後に、まさかの見事な伏線回収!!
布石が配されたのは、遡ること8年前の第26話『少女探偵誕生』
あ、今回はネットに頼る事なくバッチリ自力で探索致しましたv
丸子商店街に古道具屋を構える亀井堂店主の孫娘にして、主人公・嵐山歩鳥嬢の“師匠”たる亀井堂 静女史の初登場は、第2巻の第12話『それ町サスペンス劇場 湯けむりツアー密室慕情 乙女の誘いは奈落の罠!?』ですが。
この回は、商店街の慰安旅行に参加した、単なるモブキャラ止まり。歩鳥が探偵を志望するに至ったのは、静さんの“助手候補”に任ぜられた事が由縁らしいと、示唆されるのは第3巻の第20話『パンドラの箱』です。
そして同じく第3巻の第26話で、『この前 資源回収一緒にやった』だけの小学生女子へ、大学受験を控えながら書き上げた自作ミステリを、唐突に『真相を推理するんだ 探偵のように』と託した女子高生は一体……
その豊満な胸の裡に、如何なる深慮遠謀を秘めていたのか?!!
無論、“謎解き”をネタバレしちゃうような野暮なマネは致しませんw
巻数を重ねてこそ一層磨きが掛かってきた本作は、取り分け是非とも
漫画にせよ、小説にせよ 商業にせよ、自主制作にせよ、二次にせよ
物語を創り出し世界観を紡ぎ出す、“語る力”と“描く力”に
衝き動かされる熱情と、メタ認知の容赦ない冷徹の狭間で
孤独な煩悶に震える夜を、幾度も明かした創造者の皆様へ
久方ぶりに広瀬 正先生の、タイムトラベル小説の最高峰『マイナス・ゼロ』や『鏡の国のアリス』で平行宇宙の超絶技巧を読みたくなってしまった、SF厨なへっぽこ字書きが泣いて喜ぶ洗練の一冊。超絶オススメです!!!
毎度お馴染みなエピソードの連打に、素知らぬ顔で紛れ込ませた想定外の一撃・第104話「暗黒卓球少女」を、ガツン!!! とお見舞いされちゃった第13巻と同じく「もくじ」ページに『……に掲載された作品をまとめ、加筆修正を加えました』と但し書きした、最新の第14巻も。
遂に来ましたね〜第108話『夢現小説』+第111話『夢幻小説』!
単行本で11巻・話数にして82話後に、まさかの見事な伏線回収!!
布石が配されたのは、遡ること8年前の第26話『少女探偵誕生』
あ、今回はネットに頼る事なくバッチリ自力で探索致しましたv
丸子商店街に古道具屋を構える亀井堂店主の孫娘にして、主人公・嵐山歩鳥嬢の“師匠”たる亀井堂 静女史の初登場は、第2巻の第12話『それ町サスペンス劇場 湯けむりツアー密室慕情 乙女の誘いは奈落の罠!?』ですが。
この回は、商店街の慰安旅行に参加した、単なるモブキャラ止まり。歩鳥が探偵を志望するに至ったのは、静さんの“助手候補”に任ぜられた事が由縁らしいと、示唆されるのは第3巻の第20話『パンドラの箱』です。
そして同じく第3巻の第26話で、『この前 資源回収一緒にやった』だけの小学生女子へ、大学受験を控えながら書き上げた自作ミステリを、唐突に『真相を推理するんだ 探偵のように』と託した女子高生は一体……
その豊満な胸の裡に、如何なる深慮遠謀を秘めていたのか?!!
無論、“謎解き”をネタバレしちゃうような野暮なマネは致しませんw
巻数を重ねてこそ一層磨きが掛かってきた本作は、取り分け是非とも
漫画にせよ、小説にせよ 商業にせよ、自主制作にせよ、二次にせよ
物語を創り出し世界観を紡ぎ出す、“語る力”と“描く力”に
衝き動かされる熱情と、メタ認知の容赦ない冷徹の狭間で
孤独な煩悶に震える夜を、幾度も明かした創造者の皆様へ
久方ぶりに広瀬 正先生の、タイムトラベル小説の最高峰『マイナス・ゼロ』や『鏡の国のアリス』で平行宇宙の超絶技巧を読みたくなってしまった、SF厨なへっぽこ字書きが泣いて喜ぶ洗練の一冊。超絶オススメです!!!
2015年2月22日日曜日
至高の恐怖譚
その病の名を知ったのは、私が小学2年生だった時。
一冊の児童書に綴られた、不思議な物語の中だった。
本の題名は『びんの中の小鬼』
作者はロバート・ルイス・スティーヴンソン
私が“一番好きな童話”にして“至高の恐怖譚”
***
現在手に入る本は、『びんの悪魔』あるいは『壜の小鬼』と改題されている。
そして本文中に、その病名は明記されていない。前者では『当時「中国の悪魔」とよばれていた、おそろしい伝染病』、後者では単に『疫病』と訳出された。
福音館書店の世界傑作童話シリーズにあっては、訳者あとがきでさえ『“中国の悪魔”という病気』と記すのみ。岩波文庫版は訳注で、その疫病を発症した患者達の療養所が、かつてモロカイ島北海岸のカラウパパにあった旨、端的に言及している。
***
40年前に読んだ『びんの中の小鬼』では、『らい病』と明記されていた。
抗酸菌の一種である『らい菌 (Mycobacterium leprae)』が、皮膚のマクロファージ内および末梢神経細胞内に寄生して、引き起こされる感染症。ゆえに『らい病』という命名は、至極当然にして客観的だったのだが……
「病気への理解が乏しい時代に、その外見や感染への恐怖心などから、患者への過剰な差別が生じた時に使われた呼称である」ため、偏見・差別を助長する含意を帯びるに至り、歴史的文脈以外では“禁句”となった次第。
代わりに現在、用いられている疾患名は『ハンセン病』。1873年に『らい菌』を発見したノルウェーの医師、アルマウェル・ハンセンの姓に由来する。
《以下、邦題『びんの中の小鬼』『びんの悪魔』あるいは『壜の小鬼』他、『The Bottle Imp』のネタバレ御注意!》
一冊の児童書に綴られた、不思議な物語の中だった。
本の題名は『びんの中の小鬼』
作者はロバート・ルイス・スティーヴンソン
私が“一番好きな童話”にして“至高の恐怖譚”
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現在手に入る本は、『びんの悪魔』あるいは『壜の小鬼』と改題されている。
そして本文中に、その病名は明記されていない。前者では『当時「中国の悪魔」とよばれていた、おそろしい伝染病』、後者では単に『疫病』と訳出された。
福音館書店の世界傑作童話シリーズにあっては、訳者あとがきでさえ『“中国の悪魔”という病気』と記すのみ。岩波文庫版は訳注で、その疫病を発症した患者達の療養所が、かつてモロカイ島北海岸のカラウパパにあった旨、端的に言及している。
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40年前に読んだ『びんの中の小鬼』では、『らい病』と明記されていた。
抗酸菌の一種である『らい菌 (Mycobacterium leprae)』が、皮膚のマクロファージ内および末梢神経細胞内に寄生して、引き起こされる感染症。ゆえに『らい病』という命名は、至極当然にして客観的だったのだが……
「病気への理解が乏しい時代に、その外見や感染への恐怖心などから、患者への過剰な差別が生じた時に使われた呼称である」ため、偏見・差別を助長する含意を帯びるに至り、歴史的文脈以外では“禁句”となった次第。
代わりに現在、用いられている疾患名は『ハンセン病』。1873年に『らい菌』を発見したノルウェーの医師、アルマウェル・ハンセンの姓に由来する。
《以下、邦題『びんの中の小鬼』『びんの悪魔』あるいは『壜の小鬼』他、『The Bottle Imp』のネタバレ御注意!》
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