『とうとう歩鳥が修学旅行に行きました。』
てなワケで、賑々しくフルカラーで始まりました第15巻。原則、3の倍数で巻頭カラー仕様な『それ町』単行本(今のところ第6巻のみが例外。代わりに?第4巻冒頭がカラーページになってます)ですが、同好の諸姉諸兄に於かれましては、ぜひ第9巻・第12巻もお手元にご用意の上、最新刊と併せて存分にご堪能下さいますこと、謹んで激しくオススメ申し上げます。
そのワケは、第9巻に所収された『それ町』史上屈指の名篇・第71話「歩く鳥」が、単行本数にして6巻・初版発行日にして4年8ヶ月の時を経た後、第15巻掲載の第115話「飛ぶ鳥」そして第121話「立つ鳥」へと、目出度くも果報な大団円を遂げたから……
第71話と言えば、第13巻の第104話「暗黒卓球少女」で、強烈な伏線回収を拝読叶った感銘に滾るあまり、書き手自身が読み返してもワケワカラン拙文を綴ってしまいましたけど。
「嵐山の畔(ほとり)」という成句の単なる語呂合わせで賦与されたと思しき、主人公の名を読み下した「歩く鳥」に想を発し「飛ぶ鳥」「立つ鳥」と想を連ねて描出された、歩鳥の愛すべき粗忽と敬すべき洞察が、『甘えん坊で面倒な』紺先輩の心地好く居られる場所を、少しずつ穏やかに拡げて行く無敵の向日性こそ、『それ町』の醍醐味。
とは言え、変身出来なくても魔法が使えなくても世界を救わなくても、底知れぬ包容力を天然自然に(ひょっとしたら作者の企図をも超越し)発揮してしまう駄メイド女子高生・歩鳥が、フラグをへし折り予定調和を打ち破りお約束展開を飛び越えて、せせこましくも『濃い時間』を目まぐるしくも『楽しい思い出』へ毎度鮮やかに導いてしまうから……
第12巻の第96話『幽霊絵画』で一見唐突に、無礼千万な“描く力”を賦与されて登場した「涼ちん」こと室伏 涼 嬢の存在意義が、俄然、重要性を増してくるワケなのです。
なにせ登場人物随一のメタな視点に在った、“師匠”たる亀井堂 静女史との『因縁の関係』も、単行本数にして11巻・初版発行日にして7年9ヶ月の時を経た後、SF厨なヘタレ字書きが泣いて喜んだ洗練の第14巻で、鮮やかに回収されちゃいましたからねぇ。
例のごとく、男子高校生の純情可憐なアホらしさ&女子高校生の傍若無人な愛らしさを以て、読者を呵々大笑させて下さる石黒 正数 氏の“描く力”を存分に堪能しつつも……
巧みに置かれた布石の回収と主人公の高校卒業を以て、終幕を迎えるであろう今作が、変身出来なくても魔法が使えなくても世界を救わなくても、人の世をより良き方向へ誘う「日常の奇譚」として既存のマンネリズムを軽やかに超越し、「奇譚の日常」として定石の踏襲だけが“語る力”じゃないんだよ、って証して下さるものと絶賛待機ちう。
森秋先生をして『嵐山と室伏は同じタイプの人間!』と戦慄せしめ、更に歩鳥をして『失礼はなはだしいにも程がある事この上ないったらありゃしない!!』と憤慨せしめた「涼ちん」の、尾谷高校&丸子商店街の平和にグイグイ割り込んで来ちゃう活躍にこそ、『それ町』ならではの妙味を是非ともご賞玩戴きたい転進の一冊。安定のオススメです!!!
2016年5月8日日曜日
2016年2月9日火曜日
大切な事は、みんな
4年前の8月、とある事情で京都大学を訪れていた私は、とある経緯で総合人間学部の一校舎にいた。私自身は「当事者」ではなかったので、目的とする部屋への入室を遠慮し、所用が済むのを廊下で待つ事にした。
旧い校舎だから、全館空調の設備は無い。そして夏期休業中だから、人通りが疎らな所では照明の電源さえ入っていない。つまり、ひどく蒸し暑い上に薄暗い場所で、いつまでとも知れぬ暇を持て余す事となった。
当初は「当事者」たる娘が入って行った扉の前で、室内の気配を伺っていたが。教授と思しき紳士の声が、何やら語り続けているのみ。その部屋の出入りが知れれば差し支えなかろうと判断し、廊下を歩いてみる。
無聊を慰めるべく、周囲を丹念に観察しながら……とは言え大学の廊下なぞ、何処も埃っぽく雑然としているばかりで、変わり映えはしない。特段興味を惹かれる事物も無く、一方の端まで突き当たりかけた時。思いも寄らぬ“再会”に、はっと息を呑んだ。
絹糸のように繊細な金髪と、深い湖を想わせる翠色の瞳。一目で「彼」と知れる、少女のような美貌と娼婦のような妖艶を描き手から賦与された少年は、驕奢なフォントルロイ・スーツを纏い、無造作に貼られたポスターの中から物憂げな眼差しを投げかける。
最期の瞬間に切望した『未だ誰をも知ることのない』瑞々しい春の光の中……架空の存在でありながら、真向かう者を圧倒する佇まい。蒸し暑くて埃っぽい薄暗がりに、突如顕現した儚くも甘やかな肖像へ、五感の不快も心底の屈託も忘れて魅入られつつ……
私の脳裏に閃いたのは、『人間についての根源的、総合的理解』をraison d'êtreと定めた学府で、その少年に再び邂逅できた奇遇が導く天啓だった。
***
その年の暮れ、とある創作漫画へ耽溺した私は、翌年の2月、慮外な拍子に構想を得て猛然と二次小説を書き始めた。合算9万2千余字に至った連作の発端は、「彼」を創出なさった竹宮惠子先生が、教授職を勤めておられる大学で主催されたシンポジウムのポスターを、あの日、娘が第一志望と定めた学部でも掲示していた一事に行き着く。
描かれていた少年の名はジルベール。
旧い校舎だから、全館空調の設備は無い。そして夏期休業中だから、人通りが疎らな所では照明の電源さえ入っていない。つまり、ひどく蒸し暑い上に薄暗い場所で、いつまでとも知れぬ暇を持て余す事となった。
当初は「当事者」たる娘が入って行った扉の前で、室内の気配を伺っていたが。教授と思しき紳士の声が、何やら語り続けているのみ。その部屋の出入りが知れれば差し支えなかろうと判断し、廊下を歩いてみる。
無聊を慰めるべく、周囲を丹念に観察しながら……とは言え大学の廊下なぞ、何処も埃っぽく雑然としているばかりで、変わり映えはしない。特段興味を惹かれる事物も無く、一方の端まで突き当たりかけた時。思いも寄らぬ“再会”に、はっと息を呑んだ。
絹糸のように繊細な金髪と、深い湖を想わせる翠色の瞳。一目で「彼」と知れる、少女のような美貌と娼婦のような妖艶を描き手から賦与された少年は、驕奢なフォントルロイ・スーツを纏い、無造作に貼られたポスターの中から物憂げな眼差しを投げかける。
最期の瞬間に切望した『未だ誰をも知ることのない』瑞々しい春の光の中……架空の存在でありながら、真向かう者を圧倒する佇まい。蒸し暑くて埃っぽい薄暗がりに、突如顕現した儚くも甘やかな肖像へ、五感の不快も心底の屈託も忘れて魅入られつつ……
私の脳裏に閃いたのは、『人間についての根源的、総合的理解』をraison d'êtreと定めた学府で、その少年に再び邂逅できた奇遇が導く天啓だった。
***
その年の暮れ、とある創作漫画へ耽溺した私は、翌年の2月、慮外な拍子に構想を得て猛然と二次小説を書き始めた。合算9万2千余字に至った連作の発端は、「彼」を創出なさった竹宮惠子先生が、教授職を勤めておられる大学で主催されたシンポジウムのポスターを、あの日、娘が第一志望と定めた学部でも掲示していた一事に行き着く。
描かれていた少年の名はジルベール。
2015年10月29日木曜日
美味しい食べ物・ 正しい人々
ブログ『発達障害な僕たちから』のヒロさんに、ご多用を押して丁寧なコメント返しを戴きました。文中で『あの、マンガ届けられましたよ』と言及して下さったのは……
先月末、名古屋へ赴いた際、サポートセンター名古屋の事務所までお邪魔して、一階受付でご対応下さったスタッフ様に言づけさせて戴いた、とある自主制作マンガのこと。
その本へ添えたお手紙、若干の改稿・補足を加えて再掲しておきます。
***
ヒロさん、大統領さん、
俊介さん、大野さん、名無しさん、
そしてブログには登場していないけれど、
青木先生はじめサポートスタッフの方々が
この本を読んで戴きたいと判断なさった皆さん、
いつも大変お世話になっております、ヒルマです。
この度、ご紹介致します『Artiste アルティスト』という作品は、
「さもえど太郎」というペンネームを名乗ってらっしゃる女性が
“自主出版”したマンガです。
商業作品ではないため、一般には市販されていません。
今年8月に東京で開催された展示即売会「コミティア」で発行・頒布、
現在は、アリスブックスで委託通販なさってます。
また、第1話・第2話は、ウェブでも公開されています。
#作品の閲覧には、pixivアカウントが必要です。
***
主人公の名前は、ジルベール・ブランシャール。
フランスはパリの有名レストランで皿洗いをしている、27歳の青年です。
第1話を読んで戴くと、彼がどんな人物なのか判ってくるのですが……
少しだけ種明かしをすると、どうやらジルベールも『五感に凸凹がある』
みたいなんです。
先月末、名古屋へ赴いた際、サポートセンター名古屋の事務所までお邪魔して、一階受付でご対応下さったスタッフ様に言づけさせて戴いた、とある自主制作マンガのこと。
その本へ添えたお手紙、若干の改稿・補足を加えて再掲しておきます。
***
ヒロさん、大統領さん、
俊介さん、大野さん、名無しさん、
そしてブログには登場していないけれど、
青木先生はじめサポートスタッフの方々が
この本を読んで戴きたいと判断なさった皆さん、
いつも大変お世話になっております、ヒルマです。
この度、ご紹介致します『Artiste アルティスト』という作品は、
「さもえど太郎」というペンネームを名乗ってらっしゃる女性が
“自主出版”したマンガです。
商業作品ではないため、一般には市販されていません。
今年8月に東京で開催された展示即売会「コミティア」で発行・頒布、
現在は、アリスブックスで委託通販なさってます。
また、第1話・第2話は、ウェブでも公開されています。
#作品の閲覧には、pixivアカウントが必要です。
***
主人公の名前は、ジルベール・ブランシャール。
フランスはパリの有名レストランで皿洗いをしている、27歳の青年です。
第1話を読んで戴くと、彼がどんな人物なのか判ってくるのですが……
少しだけ種明かしをすると、どうやらジルベールも『五感に凸凹がある』
みたいなんです。
2015年6月6日土曜日
『それ町』第14巻感想!
巻頭には、物語の“起点”たる入学式をオールカラーで描き下ろし、巻末には、思わせぶりに「エピローグ」と題した第98話を配して置きながら、『一応言っておきますが、終りじゃありません。もうちょっとだけ続きます』と、確信犯的あとがきを記した第12巻の後で。
毎度お馴染みなエピソードの連打に、素知らぬ顔で紛れ込ませた想定外の一撃・第104話「暗黒卓球少女」を、ガツン!!! とお見舞いされちゃった第13巻と同じく「もくじ」ページに『……に掲載された作品をまとめ、加筆修正を加えました』と但し書きした、最新の第14巻も。
遂に来ましたね〜第108話『夢現小説』+第111話『夢幻小説』!
単行本で11巻・話数にして82話後に、まさかの見事な伏線回収!!
布石が配されたのは、遡ること8年前の第26話『少女探偵誕生』
あ、今回はネットに頼る事なくバッチリ自力で探索致しましたv
丸子商店街に古道具屋を構える亀井堂店主の孫娘にして、主人公・嵐山歩鳥嬢の“師匠”たる亀井堂 静女史の初登場は、第2巻の第12話『それ町サスペンス劇場 湯けむりツアー密室慕情 乙女の誘いは奈落の罠!?』ですが。
この回は、商店街の慰安旅行に参加した、単なるモブキャラ止まり。歩鳥が探偵を志望するに至ったのは、静さんの“助手候補”に任ぜられた事が由縁らしいと、示唆されるのは第3巻の第20話『パンドラの箱』です。
そして同じく第3巻の第26話で、『この前 資源回収一緒にやった』だけの小学生女子へ、大学受験を控えながら書き上げた自作ミステリを、唐突に『真相を推理するんだ 探偵のように』と託した女子高生は一体……
その豊満な胸の裡に、如何なる深慮遠謀を秘めていたのか?!!
無論、“謎解き”をネタバレしちゃうような野暮なマネは致しませんw
巻数を重ねてこそ一層磨きが掛かってきた本作は、取り分け是非とも
漫画にせよ、小説にせよ 商業にせよ、自主制作にせよ、二次にせよ
物語を創り出し世界観を紡ぎ出す、“語る力”と“描く力”に
衝き動かされる熱情と、メタ認知の容赦ない冷徹の狭間で
孤独な煩悶に震える夜を、幾度も明かした創造者の皆様へ
久方ぶりに広瀬 正先生の、タイムトラベル小説の最高峰『マイナス・ゼロ』や『鏡の国のアリス』で平行宇宙の超絶技巧を読みたくなってしまった、SF厨なへっぽこ字書きが泣いて喜ぶ洗練の一冊。超絶オススメです!!!
毎度お馴染みなエピソードの連打に、素知らぬ顔で紛れ込ませた想定外の一撃・第104話「暗黒卓球少女」を、ガツン!!! とお見舞いされちゃった第13巻と同じく「もくじ」ページに『……に掲載された作品をまとめ、加筆修正を加えました』と但し書きした、最新の第14巻も。
遂に来ましたね〜第108話『夢現小説』+第111話『夢幻小説』!
単行本で11巻・話数にして82話後に、まさかの見事な伏線回収!!
布石が配されたのは、遡ること8年前の第26話『少女探偵誕生』
あ、今回はネットに頼る事なくバッチリ自力で探索致しましたv
丸子商店街に古道具屋を構える亀井堂店主の孫娘にして、主人公・嵐山歩鳥嬢の“師匠”たる亀井堂 静女史の初登場は、第2巻の第12話『それ町サスペンス劇場 湯けむりツアー密室慕情 乙女の誘いは奈落の罠!?』ですが。
この回は、商店街の慰安旅行に参加した、単なるモブキャラ止まり。歩鳥が探偵を志望するに至ったのは、静さんの“助手候補”に任ぜられた事が由縁らしいと、示唆されるのは第3巻の第20話『パンドラの箱』です。
そして同じく第3巻の第26話で、『この前 資源回収一緒にやった』だけの小学生女子へ、大学受験を控えながら書き上げた自作ミステリを、唐突に『真相を推理するんだ 探偵のように』と託した女子高生は一体……
その豊満な胸の裡に、如何なる深慮遠謀を秘めていたのか?!!
無論、“謎解き”をネタバレしちゃうような野暮なマネは致しませんw
巻数を重ねてこそ一層磨きが掛かってきた本作は、取り分け是非とも
漫画にせよ、小説にせよ 商業にせよ、自主制作にせよ、二次にせよ
物語を創り出し世界観を紡ぎ出す、“語る力”と“描く力”に
衝き動かされる熱情と、メタ認知の容赦ない冷徹の狭間で
孤独な煩悶に震える夜を、幾度も明かした創造者の皆様へ
久方ぶりに広瀬 正先生の、タイムトラベル小説の最高峰『マイナス・ゼロ』や『鏡の国のアリス』で平行宇宙の超絶技巧を読みたくなってしまった、SF厨なへっぽこ字書きが泣いて喜ぶ洗練の一冊。超絶オススメです!!!
2015年2月8日日曜日
画力じゃないのよ涙は
諸般の事情で、ブログ更新がすっかり滞りがちになっている。
にも拘わらず、毎日一定のお運びを賜っている仕儀が、誠に貴く有り難い。
ご閲覧が多いのは無論、人気ブログに『繋がる力』をお分け戴いた記事だけれど。愛好する作品への想いを綴った「『それ町』第13巻感想!」を始めとするレビュウも、健闘してくれている次第が『字書きの右往左往』たる面目躍如。
そして勿論、キーワード検索で御来臨下さる偶然が多いのだろうが。再読に訪れて下さっている気配も、そこはかとなく感じて……
思う相手へ思う処が通じた歓びを、妄想深読みの裡に面映ゆく玩味している。
拙ブログで啓上するレビュウは、消費者としての感想ではなく。
“描く力”と“綴る力”を発揮して下さる、創造者への献辞だから。
***
コミックスの単行本を収めた、我が家の書棚へ改めて目を遣れば。
画風には一切こだわらない、むしろ物語る力をこそ最重要視する“マイナー贔屓”の難儀な嗜好を、つくづく自覚する。
たとえば「Welcome back to your "HOME" !」で心酔を語らせて戴いた、萩尾望都先生の作品でさえ。所蔵しているのは、ハヤカワ新書版・第1刷が秘かに自慢な『銀の三角』と、SF作品最新刊の『AWAY -アウェイ-』第1巻のみ。
全く以て、不肖の読者の最たるもの。然れど『11人いる!』も『トーマの心臓』も拝読し得た限りの作品は、バッチリ画像を添付したエピソード記憶すなわち“在庫”として、ガッツリ脳内に蓄積させて戴いておりますので。
物語る力を最重要視して、読む作品を選ぶ習いが性となった所以であり。
書籍として愛蔵させて戴くのも、創造者への敬意を表す方途なのである。
***
清原なつの先生の『千利休』を購入した経緯は、その典型かも知れない。
《以下『千利休』『3丁目のサテンドール』『銀色のクリメーヌ』他、清原なつの諸作品のネタバレ御注意!》
にも拘わらず、毎日一定のお運びを賜っている仕儀が、誠に貴く有り難い。
ご閲覧が多いのは無論、人気ブログに『繋がる力』をお分け戴いた記事だけれど。愛好する作品への想いを綴った「『それ町』第13巻感想!」を始めとするレビュウも、健闘してくれている次第が『字書きの右往左往』たる面目躍如。
そして勿論、キーワード検索で御来臨下さる偶然が多いのだろうが。再読に訪れて下さっている気配も、そこはかとなく感じて……
思う相手へ思う処が通じた歓びを、妄想深読みの裡に面映ゆく玩味している。
拙ブログで啓上するレビュウは、消費者としての感想ではなく。
“描く力”と“綴る力”を発揮して下さる、創造者への献辞だから。
***
コミックスの単行本を収めた、我が家の書棚へ改めて目を遣れば。
画風には一切こだわらない、むしろ物語る力をこそ最重要視する“マイナー贔屓”の難儀な嗜好を、つくづく自覚する。
たとえば「Welcome back to your "HOME" !」で心酔を語らせて戴いた、萩尾望都先生の作品でさえ。所蔵しているのは、ハヤカワ新書版・第1刷が秘かに自慢な『銀の三角』と、SF作品最新刊の『AWAY -アウェイ-』第1巻のみ。
全く以て、不肖の読者の最たるもの。然れど『11人いる!』も『トーマの心臓』も拝読し得た限りの作品は、バッチリ画像を添付したエピソード記憶すなわち“在庫”として、ガッツリ脳内に蓄積させて戴いておりますので。
物語る力を最重要視して、読む作品を選ぶ習いが性となった所以であり。
書籍として愛蔵させて戴くのも、創造者への敬意を表す方途なのである。
***
清原なつの先生の『千利休』を購入した経緯は、その典型かも知れない。
《以下『千利休』『3丁目のサテンドール』『銀色のクリメーヌ』他、清原なつの諸作品のネタバレ御注意!》
2015年1月11日日曜日
書籍化する力【追補】
インターネットコミュニティで無料公開されていた「作品」が人気を博し、然るべき出版社から書籍化される、と言う話は昨今、枚挙に暇が無いけれど。
昨年秋から今年初めに接した2件の事例は、「書籍」について多面的な思索を巡らせたり、妄想深読みを赴くまま爆走させたりする契機を与えて下さった。
端的に言えば、受け手の側からすると、「無料→有料」「無形→有形」という関門が生じることであり。作り手の側からすれば、「受動的な消費者」に過ぎないネットユーザを、「能動的な読解者」へ如何にして誘導するか?という課題になる。
***
村上竹尾さんの『死んで生き返りましたれぽ』連載を、pixivで拝読していた折。
私はぶっちゃけ「受動的な消費者」だった。新作がランキング上位に入る都度、閲覧させて戴いていたものの、評価もブクマもコメントも、付けた事は一度もない。
更に加えて、医師・看護師の教育や医薬品の臨床開発に、暫時携わった経験から、この“患者さん”は今も恢復の途上にあり、「作品」は主治医が示唆なさった作業療法なのだから、軽々に評価を云々すべきではない、と医療現場への遠慮も働いた。
しかし、完結の2ヶ月半後。
書籍発売の報に触れ、私は俄然、「能動的な読解者」へ転ずる。
能動的過ぎてpixiv版と書籍版の両方へ、都合2篇のレビュウを書かせて戴いちゃったくらいw その動機は無論、目覚ましい恢復を遂げた“患者さん”と、彼女を支えたご家族・医療関係者の皆様へ宛てた、感謝と慰労の気持ちが最も大きい。
昨年秋から今年初めに接した2件の事例は、「書籍」について多面的な思索を巡らせたり、妄想深読みを赴くまま爆走させたりする契機を与えて下さった。
端的に言えば、受け手の側からすると、「無料→有料」「無形→有形」という関門が生じることであり。作り手の側からすれば、「受動的な消費者」に過ぎないネットユーザを、「能動的な読解者」へ如何にして誘導するか?という課題になる。
***
村上竹尾さんの『死んで生き返りましたれぽ』連載を、pixivで拝読していた折。
私はぶっちゃけ「受動的な消費者」だった。新作がランキング上位に入る都度、閲覧させて戴いていたものの、評価もブクマもコメントも、付けた事は一度もない。
更に加えて、医師・看護師の教育や医薬品の臨床開発に、暫時携わった経験から、この“患者さん”は今も恢復の途上にあり、「作品」は主治医が示唆なさった作業療法なのだから、軽々に評価を云々すべきではない、と医療現場への遠慮も働いた。
しかし、完結の2ヶ月半後。
書籍発売の報に触れ、私は俄然、「能動的な読解者」へ転ずる。
能動的過ぎてpixiv版と書籍版の両方へ、都合2篇のレビュウを書かせて戴いちゃったくらいw その動機は無論、目覚ましい恢復を遂げた“患者さん”と、彼女を支えたご家族・医療関係者の皆様へ宛てた、感謝と慰労の気持ちが最も大きい。
Amazonさんのカスタマーレビューとして投稿した一節では、
心の本体たる脳と、生命の本体たる身体の有り様に、一切の疑問を抱かず、
易々と外界へ繋がれる健康な、世界の大多数を占めている人々には、
おそらく真価を読み解くことが、難しい一冊
と、警醒を籠めて綴ってみたけれど。
心の本体たる脳と、生命の本体たる身体の有り様に、一切の疑問を抱かず、
易々と外界へ繋がれる健康な、世界の大多数を占めている人々には、
おそらく真価を読み解くことが、難しい一冊
と、警醒を籠めて綴ってみたけれど。
遺憾ながら、ご自身が依然「受動的な消費者」である旨を全く自覚せぬ儘、SNSの雰囲気に流されてしまっただけの御仁も、幾人か居られたようで。
「能動的な読解者」へ誘い導くべく、形有る「書籍」に凝らされた数々の工夫を、五感を働かせて自発的に玩味する事も、「書籍」として形を成すまでに関わった人々の想いへ、共感を至らせて積極的に踏み込む事もせず。
ご購入前に自身の覚悟が不足していたゆえの、粗忽にして横柄な勘違いを、謂われなく作者へ転嫁なさっているのは、誠に残念としか申し上げ様が無い。
***
「能動的な読解者」へ誘い導くべく、形有る「書籍」に凝らされた数々の工夫を、五感を働かせて自発的に玩味する事も、「書籍」として形を成すまでに関わった人々の想いへ、共感を至らせて積極的に踏み込む事もせず。
ご購入前に自身の覚悟が不足していたゆえの、粗忽にして横柄な勘違いを、謂われなく作者へ転嫁なさっているのは、誠に残念としか申し上げ様が無い。
***
然れど2件目の書籍化、すなわちZ会進学教室・渋谷教室長の長野正毅先生が、新年早々上梓なさった『励ます力』に限っては、上記の危惧は微塵も無く。
無料公開されている「作品」、すなわちZ会ブログの『長野先生の幸せに生きるヒント』では、そもそも人生の「能動的な読解者」たる覚悟こそ『幸せに生きるヒント』なのだと、日々懇切丁寧に御教示下さっているのだから。
ネットユーザと言えども、粗忽にして横柄な勘違いをしでかす「受動的な消費者」が、そこへ集う読者の皆様に居られる筈は、有り様も無いのである。
渋谷教室の採光が良くて伸びやかな、心地好い空気を鮮やかに切り取った写真も
セフィロトの樹では、美を象徴する黄と理解を象徴する黒を、基調にした装丁も
一見無難なようで、実は精緻な配慮の下に洗練された、静かに注意を促す写植も
人影まばらな『こだま号のグリーン車』……静謐な夜明けの『あるホテル』……清冽な湧水に恵まれた街の『駅近くの公園』……お気に入りの『香を焚いた自室』……と『納得のいく空間』を選りすぐって、丹念に吟味した校正も。
無形のデータだったブログが、著者のお人柄そのままに「書籍」として形を成すべく、積み重なった尊い必然なのだと思う。
長野先生の『すごくいい本』を手に取って読み解く歓びに、一人でも多くの「能動的な読解者」が邂逅できるよう、心から願っている。
【追記】『励ます力』特設サイトがオープンしました!『インタビュー』のページでは、教室だと絶対お目にかかれない、イイ感じに出来上がっちゃってる長野先生のお姿も拝見出来ますw
無料公開されている「作品」、すなわちZ会ブログの『長野先生の幸せに生きるヒント』では、そもそも人生の「能動的な読解者」たる覚悟こそ『幸せに生きるヒント』なのだと、日々懇切丁寧に御教示下さっているのだから。
ネットユーザと言えども、粗忽にして横柄な勘違いをしでかす「受動的な消費者」が、そこへ集う読者の皆様に居られる筈は、有り様も無いのである。
渋谷教室の採光が良くて伸びやかな、心地好い空気を鮮やかに切り取った写真も
セフィロトの樹では、美を象徴する黄と理解を象徴する黒を、基調にした装丁も
一見無難なようで、実は精緻な配慮の下に洗練された、静かに注意を促す写植も
人影まばらな『こだま号のグリーン車』……静謐な夜明けの『あるホテル』……清冽な湧水に恵まれた街の『駅近くの公園』……お気に入りの『香を焚いた自室』……と『納得のいく空間』を選りすぐって、丹念に吟味した校正も。
無形のデータだったブログが、著者のお人柄そのままに「書籍」として形を成すべく、積み重なった尊い必然なのだと思う。
長野先生の『すごくいい本』を手に取って読み解く歓びに、一人でも多くの「能動的な読解者」が邂逅できるよう、心から願っている。
【追記】『励ます力』特設サイトがオープンしました!『インタビュー』のページでは、教室だと絶対お目にかかれない、イイ感じに出来上がっちゃってる長野先生のお姿も拝見出来ますw
2014年11月24日月曜日
心を読み解く身体
実は私にも、心が、生命の本体たる身体を、手放しかけた経験がある。
前回、話題にした事故が、それ。自転車ごと空堀へ落ちたとは言え、咄嗟に左脚を衝いて身体を支えれば、石垣の角へ頭を強打するまでには、至らなかった筈で。
現場へ駆け付けた皇宮護衛官から、“加害者”として職務質問された予備校生も、「アタマ怪我したんわメッチャトロい本人のせいやんなんで俺がこんな目ェに遅刻してまうし堪忍して」的態度を、「相手は血ィ流してはるんやで逆走して来たんは君やろ逃がさへんぞ早よぅ答え」と(無論、もっと上品な言葉で)窘められていた。
しかし私は、その件を結局、事故扱いにしなかった。無線で要請した救急車を待つ間、“被害者”の意識状態を確認すべく、「前、見てへんかった?」と優しく問い掛けて下さった皇宮護衛官氏へ、「ぃや、見てた筈なんですけどぉ」と口籠もるしか術が無かった自分の、脳裏にあった映像は実の所、衝突直前の現場ではなく。
研究室の実験台と、器具を操作する自分の手、だったから。
***
たぶん私が『死んで生き返りましたれぽ』を、pixiv連載の段階で既に、他の読者より僅かばかり深く踏み込んで、読み解くことが可能だった由縁は。
実験操作や料理の手順、もしくは小説創作時の場面描出に、限定ではあるけれど。作者と同じく“視覚思考者”である件が、大きいのだろうと拝察している。
書籍版『死んで生き返りましたれぽ』には、作者が脳浮腫を患っていた最中の体感を、丹念に綴った文章が追加されていて。視覚野がある後頭葉に、浮腫が発現した理由を鑑みれば、そもそも作者の脳の機能様式が視覚思考優位、つまり普段から酷使しがちだった領域ゆえ、必然的に負荷も大きかったから、ではなかろうか?
私自身は、知能発達に不可欠なエピソード記憶・言語習得に必須な意味記憶の発現に伴い、言語的論理思考優位へ移行したようで、描く力が急激に低下してしまったが。小学校低学年まで、本を読んでいなければ、描くことに耽溺していた。一時は周りの大人達も「ひょっとしたら、将来は絵描きに」などと、考えていたらしい。
その“描く力”の名残、すなわち視覚思考優位モードへ、心の本体たる脳が、事もあろうに自転車での通学中、うっかりシフトしてしまったため、生命の本体たる身体を手放しそうになった、というのが冒頭の顚末。
サヴァン症候群や自閉症スペクトラムを主題にした、『視覚の囚人』や『感覚の囚人・共感の達人』での考察を経て、心が身体を介して社会と繋がるため、一番重要な感覚は視覚だと、確信するようになったのだが。
要するに、本来は心が外界と繋がることを、専らの目的に機能させるべき視覚が、思考の主要ツールとして先鋭化かつ酷使された結果。外界の状況に応じて、身体に妥当な行動化を指示する能力の、発現・発達を逸してしまう。あるいは概ね定型の発達を遂げた者でも、“行動化の瞬発力”を著しく損なう、という次第なのだろう。
***
『付録』には、本編でチラ見せして下さった『診断書』の全体画像と、ご家族への病状説明時に提示された『記録メモ抜粋』も掲載され、入院経過中、殊に当初数週間の激闘が、生々しく伝わって来る。
ザックリ言えば、有り得ないほど劇症の2型糖尿病患者が、
なぜか突然、救急外来で受診、という前代未聞の緊急事態。
だから『壮絶闘病レポ!!』の惹句は、医療関係者の観点からすれば、これ以上ない表現だし。単なる実務上の都合から変更された発売日が、『世界糖尿病デー』だったという偶然は、この御本に授けられた天命を、暗示しているのだと思う。
けれど、控えめながら丁寧な、改稿の手が加わっている本編や、書籍化の機会に追加された、写真や文章を拝読すると。
危うい生命の遣り取りを経て、辛くも取り戻した身体を介し、
心がもう一度、外界と繋がる、その過程を丹念に辿りながら。
それとは気付かぬまま『ゆるやかな自殺』を誘った、『死に至る病』を患う仕儀に己の心が陥った由縁を、ひとつずつ少しずつ読み解いて来た、とても静謐な(ゆえに上記の惹句とは、些かならず乖離してしまった)恢復の記録なのだ、とも思う。
心の本体たる脳と、生命の本体たる身体の有り様に、一切の疑問を抱かず。
易々と外界へ繋がれる、定型発達ないし健康な、世界の大多数を占めている人々には、おそらく真価を読み解くことが、難しいであろう一冊。
然れど、他者との違和感に苛まれ、心や身体を患って、“行動化の瞬発力”つまりは『生きる勇気』を見失いかけている人々、そして、彼らを癒やす術を志す人にこそ、全力でお奨めしようと目論んでいる。
前回、話題にした事故が、それ。自転車ごと空堀へ落ちたとは言え、咄嗟に左脚を衝いて身体を支えれば、石垣の角へ頭を強打するまでには、至らなかった筈で。
現場へ駆け付けた皇宮護衛官から、“加害者”として職務質問された予備校生も、「アタマ怪我したんわメッチャトロい本人のせいやんなんで俺がこんな目ェに遅刻してまうし堪忍して」的態度を、「相手は血ィ流してはるんやで逆走して来たんは君やろ逃がさへんぞ早よぅ答え」と(無論、もっと上品な言葉で)窘められていた。
しかし私は、その件を結局、事故扱いにしなかった。無線で要請した救急車を待つ間、“被害者”の意識状態を確認すべく、「前、見てへんかった?」と優しく問い掛けて下さった皇宮護衛官氏へ、「ぃや、見てた筈なんですけどぉ」と口籠もるしか術が無かった自分の、脳裏にあった映像は実の所、衝突直前の現場ではなく。
研究室の実験台と、器具を操作する自分の手、だったから。
***
たぶん私が『死んで生き返りましたれぽ』を、pixiv連載の段階で既に、他の読者より僅かばかり深く踏み込んで、読み解くことが可能だった由縁は。
実験操作や料理の手順、もしくは小説創作時の場面描出に、限定ではあるけれど。作者と同じく“視覚思考者”である件が、大きいのだろうと拝察している。
私自身は、知能発達に不可欠なエピソード記憶・言語習得に必須な意味記憶の発現に伴い、言語的論理思考優位へ移行したようで、描く力が急激に低下してしまったが。小学校低学年まで、本を読んでいなければ、描くことに耽溺していた。一時は周りの大人達も「ひょっとしたら、将来は絵描きに」などと、考えていたらしい。
その“描く力”の名残、すなわち視覚思考優位モードへ、心の本体たる脳が、事もあろうに自転車での通学中、うっかりシフトしてしまったため、生命の本体たる身体を手放しそうになった、というのが冒頭の顚末。
サヴァン症候群や自閉症スペクトラムを主題にした、『視覚の囚人』や『感覚の囚人・共感の達人』での考察を経て、心が身体を介して社会と繋がるため、一番重要な感覚は視覚だと、確信するようになったのだが。
要するに、本来は心が外界と繋がることを、専らの目的に機能させるべき視覚が、思考の主要ツールとして先鋭化かつ酷使された結果。外界の状況に応じて、身体に妥当な行動化を指示する能力の、発現・発達を逸してしまう。あるいは概ね定型の発達を遂げた者でも、“行動化の瞬発力”を著しく損なう、という次第なのだろう。
『付録』には、本編でチラ見せして下さった『診断書』の全体画像と、ご家族への病状説明時に提示された『記録メモ抜粋』も掲載され、入院経過中、殊に当初数週間の激闘が、生々しく伝わって来る。
ザックリ言えば、有り得ないほど劇症の2型糖尿病患者が、
なぜか突然、救急外来で受診、という前代未聞の緊急事態。
だから『壮絶闘病レポ!!』の惹句は、医療関係者の観点からすれば、これ以上ない表現だし。単なる実務上の都合から変更された発売日が、『世界糖尿病デー』だったという偶然は、この御本に授けられた天命を、暗示しているのだと思う。
けれど、控えめながら丁寧な、改稿の手が加わっている本編や、書籍化の機会に追加された、写真や文章を拝読すると。
危うい生命の遣り取りを経て、辛くも取り戻した身体を介し、
心がもう一度、外界と繋がる、その過程を丹念に辿りながら。
それとは気付かぬまま『ゆるやかな自殺』を誘った、『死に至る病』を患う仕儀に己の心が陥った由縁を、ひとつずつ少しずつ読み解いて来た、とても静謐な(ゆえに上記の惹句とは、些かならず乖離してしまった)恢復の記録なのだ、とも思う。
心の本体たる脳と、生命の本体たる身体の有り様に、一切の疑問を抱かず。
易々と外界へ繋がれる、定型発達ないし健康な、世界の大多数を占めている人々には、おそらく真価を読み解くことが、難しいであろう一冊。
然れど、他者との違和感に苛まれ、心や身体を患って、“行動化の瞬発力”つまりは『生きる勇気』を見失いかけている人々、そして、彼らを癒やす術を志す人にこそ、全力でお奨めしようと目論んでいる。
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| Amazonさんのカスタマーレビューにも、 本記事の一部を抜粋・改稿して掲載させて戴きました! 医療を学ぶ皆さんへ、医学哲学の入門書として、お奨めしたい一冊 |
2014年11月15日土曜日
身体を取り戻す心
糖尿病については前職で、疫学から臨床まで、かなり深く学んだ。
職務上、患者さんと直に接する機会は、得られなかったけれど。データを解析する必要から、特に診断基準となっている各種検査値に関して、その道の権威と謳われる先生に、伝手を頼って御教授を請うた事もある。
だから村上竹尾さんの『死んで生き返りましたれぽ』を、pixivで拝読した時。一番愕然とさせられたのは、診断書に記された来院時の検査値だった。殊に血中グルコースが932 mg/dlというのは、こんな数字が出せるのか?!と目を疑う値。
普通なら、ここに至る遙か手前で倒れている筈で。極めて頑健な身体をお持ちだったからこそ、ご自宅のトイレで人事不省に陥っている所を、発見される状況になるまで、ご自身を痛め付ける仕儀になったというのは、誠に皮肉な話だ。
健全なる肉体にだって、不健全な心が、宿ることはある。
肉体的には、むしろ恵まれていた作者が、糖尿病性ケトアシドーシスは勿論、横紋筋融解症からの急性腎不全と高アンモニア血症、全身状態の悪化から肺炎と敗血症、更に脳浮腫まで。主治医が『全部 死ぬ病気です』と断言した合併症を、同時多発するほど重篤な糖尿病を患った原因は、スポーツドリンクの過剰摂取。
元来極めて頑健な身体をお持ちでありながら
本来は“身体に良い”筈のスポーツドリンクで
なぜ心肺停止に至るまで病んでしまったのか?
その委細は無論、日常の偶然の蓄積が必然の奇譚へと帰着した、本作をお読み戴きたいが。生命の本体たる身体を顧みる事さえ忘れ、作者の心が惑溺し翻弄されていた「それ」と、一度は生きる事を放棄してしまった身体を、再び心が取り戻す力の源泉となった「それ」は、表裏一体……とだけ申し添えておこう。
そして浮腫で壊れかけていた脳が、嘗て世界と共有していた“事実情報”の記憶を、回復してくれた契機は紛れもなく、大切な人達との対話を通じて、一度は失ってしまった“感覚情報”をひとつずつ少しずつ、再共有して行くことだった。
患者が 家族が 医師が 看護師が
如何にして、死への恐怖を乗り越え、
再び生きる勇気を、獲得して行くのか?
克明に物語ってくれた作者へ、『世界糖尿病デー』に合わせ出版を企画して下さった関係者の皆様へ、心からの感謝を込めて……
Welcome Back to Your Life and We All Love and Appreciate Your Story !
【追記】
ご指摘の箇所、自分でも全く気付かぬうちに、潜在意識からポロリしたかも……です。拙宅も家族一同、ハマっておりますのでw 『犯罪係数』だとしても、滅多に拝めない値、なのでございましょうねぇ> T 様
職務上、患者さんと直に接する機会は、得られなかったけれど。データを解析する必要から、特に診断基準となっている各種検査値に関して、その道の権威と謳われる先生に、伝手を頼って御教授を請うた事もある。
だから村上竹尾さんの『死んで生き返りましたれぽ』を、pixivで拝読した時。一番愕然とさせられたのは、診断書に記された来院時の検査値だった。殊に血中グルコースが932 mg/dlというのは、こんな数字が出せるのか?!と目を疑う値。
普通なら、ここに至る遙か手前で倒れている筈で。極めて頑健な身体をお持ちだったからこそ、ご自宅のトイレで人事不省に陥っている所を、発見される状況になるまで、ご自身を痛め付ける仕儀になったというのは、誠に皮肉な話だ。
健全なる肉体にだって、不健全な心が、宿ることはある。
肉体的には、むしろ恵まれていた作者が、糖尿病性ケトアシドーシスは勿論、横紋筋融解症からの急性腎不全と高アンモニア血症、全身状態の悪化から肺炎と敗血症、更に脳浮腫まで。主治医が『全部 死ぬ病気です』と断言した合併症を、同時多発するほど重篤な糖尿病を患った原因は、スポーツドリンクの過剰摂取。
元来極めて頑健な身体をお持ちでありながら
本来は“身体に良い”筈のスポーツドリンクで
なぜ心肺停止に至るまで病んでしまったのか?
その委細は無論、日常の偶然の蓄積が必然の奇譚へと帰着した、本作をお読み戴きたいが。生命の本体たる身体を顧みる事さえ忘れ、作者の心が惑溺し翻弄されていた「それ」と、一度は生きる事を放棄してしまった身体を、再び心が取り戻す力の源泉となった「それ」は、表裏一体……とだけ申し添えておこう。
そして浮腫で壊れかけていた脳が、嘗て世界と共有していた“事実情報”の記憶を、回復してくれた契機は紛れもなく、大切な人達との対話を通じて、一度は失ってしまった“感覚情報”をひとつずつ少しずつ、再共有して行くことだった。
患者が 家族が 医師が 看護師が
如何にして、死への恐怖を乗り越え、
再び生きる勇気を、獲得して行くのか?
克明に物語ってくれた作者へ、『世界糖尿病デー』に合わせ出版を企画して下さった関係者の皆様へ、心からの感謝を込めて……
Welcome Back to Your Life and We All Love and Appreciate Your Story !
【追記】
ご指摘の箇所、自分でも全く気付かぬうちに、潜在意識からポロリしたかも……です。拙宅も家族一同、ハマっておりますのでw 『犯罪係数』だとしても、滅多に拝めない値、なのでございましょうねぇ> T 様
2014年11月6日木曜日
創造者と消費者の狭間で
昨春以来、とあるWEB漫画の二次小説を書かせて戴いている経緯は、当ブログでも何度か話頭にしたが。先日、全く思いも寄らぬ、と言うより、至極不本意な出来事に行き当たり、些かならず憮然としている。
とある読者様から、『あなたを原作者様だと勘違いしてました』とメッセージを戴いたのだ。個々の作品に逐一「二次創作」タグを付け、作品を公開している SNSアカウントのプロフィールでも「二次小説」「二次書き」と連呼しているのに。 何故『勘違い』をされてしまったのか……
まさか、原作者様の“自演”だと思われていた?
というのは、さすがに妄想深読みが過ぎる邪推、かつ自惚れが過ぎる僭越だろう。単に、無邪気な誤解と考え、念のためプロフィールに、原作が自主制作漫画なので一応の許可を頂戴した上での二次創作だが、原作者様が主催なさっているWEBとは独立した運営である旨、注意書きを加えた。
にしても、不愉快な気持ちは、燻り続けている。
その矛先が向いているのは、無論、微笑ましくも粗忽な勘違いをなさった読者様ではなく。そのような誤解も招き得る、と事前に想定できなかった自分自身に、腹が立つ。まぁ元実験研究者には毎度お馴染みの、メタな自己ツッコミですがw
そもそも、二次小説を書かせて戴きたい!と思い立ったのは、原作の素晴らしさ、そして原作者様の“描く力”と“語る力”を賛美したいが為。ならば感想をお送りすれば充分なのだが、それだけじゃあ芸が無い、と字書きの業が疼いてしまった次第。
有り難くも頂戴した“萌え”を燃料に
世界観・登場人物を拝借して縦横に
この原作でなければ創造し得ない物語として、胸の裡に滾る存念を二次小説に綴る至福は、何物にも代え難かったけれど。『微笑ましくも粗忽な勘違い』をしていたのは私で、恐るべき不遜を働いてしまったのでは?という疑懼が湧き上がる。
……でも、原作者様は鷹揚に笑って……きっと、赦して下さっちゃうんですよ。
そんな安定の潔さも、天然自然なドラマツルギーも。創造者としての“覚悟”の座り具合が、痺れるほどにカッコイイ御方だからこそ。単に無邪気な読者として、彼女が物語った作品を、蒙昧に消費するだけでは忍びない!と滾ってしまうんですがw
この“狭間”でアンビヴァレンスを味わわせて戴くのも、悪くなかったけれど。
“覚悟”を据える準備も、頂戴した“萌え”を燃料に、企てていきたいものです。
とある読者様から、『あなたを原作者様だと勘違いしてました』とメッセージを戴いたのだ。個々の作品に逐一「二次創作」タグを付け、作品を公開している SNSアカウントのプロフィールでも「二次小説」「二次書き」と連呼しているのに。 何故『勘違い』をされてしまったのか……
まさか、原作者様の“自演”だと思われていた?
というのは、さすがに妄想深読みが過ぎる邪推、かつ自惚れが過ぎる僭越だろう。単に、無邪気な誤解と考え、念のためプロフィールに、原作が自主制作漫画なので一応の許可を頂戴した上での二次創作だが、原作者様が主催なさっているWEBとは独立した運営である旨、注意書きを加えた。
にしても、不愉快な気持ちは、燻り続けている。
その矛先が向いているのは、無論、微笑ましくも粗忽な勘違いをなさった読者様ではなく。そのような誤解も招き得る、と事前に想定できなかった自分自身に、腹が立つ。まぁ元実験研究者には毎度お馴染みの、メタな自己ツッコミですがw
そもそも、二次小説を書かせて戴きたい!と思い立ったのは、原作の素晴らしさ、そして原作者様の“描く力”と“語る力”を賛美したいが為。ならば感想をお送りすれば充分なのだが、それだけじゃあ芸が無い、と字書きの業が疼いてしまった次第。
有り難くも頂戴した“萌え”を燃料に
世界観・登場人物を拝借して縦横に
この原作でなければ創造し得ない物語として、胸の裡に滾る存念を二次小説に綴る至福は、何物にも代え難かったけれど。『微笑ましくも粗忽な勘違い』をしていたのは私で、恐るべき不遜を働いてしまったのでは?という疑懼が湧き上がる。
……でも、原作者様は鷹揚に笑って……きっと、赦して下さっちゃうんですよ。
そんな安定の潔さも、天然自然なドラマツルギーも。創造者としての“覚悟”の座り具合が、痺れるほどにカッコイイ御方だからこそ。単に無邪気な読者として、彼女が物語った作品を、蒙昧に消費するだけでは忍びない!と滾ってしまうんですがw
この“狭間”でアンビヴァレンスを味わわせて戴くのも、悪くなかったけれど。
“覚悟”を据える準備も、頂戴した“萌え”を燃料に、企てていきたいものです。
2014年11月1日土曜日
Welcome back to your "HOME" !
そういえば萩尾望都先生の最新作『AWAY -アウェイ-』第1巻も、主人公がメガネ男子なんですよね……
物語の“主役”は、カバー表に描かれた鹿賀 一紀(カガ カズキ・中学2年生)嬢に違いないんですけど。第1巻収録の、世界が『メチャメチャ』になって十日余りが経過した「4月1日」と、日付が変わるのとほぼ同時に各国で“異変”が起きた「3月21日」は、彼女のイトコに当たる大熊 大介(オオクマ ダイスケ・高校2年生)君の視点で語られます。
なんとなれば大介は、『榛野市のイケメン』『ミスター榛野』と称され、みんなから人望を寄せられる『桜木台高のプリンス』なので。高校生を束ねるリーダーとして、大人たちが消えてしまった町で、残された子どもたちを守るため、八面六臂の活躍をせねばならなかったから……
十代の少年少女が、就学年齢に達していない『小さい子』は勿論、生後間もない『赤ん坊』の生命まで預かる事になる設定は、確かに小松左京御大の短編小説『お召し』ですが。原案どおりの12歳以下の小学生達ではなく、中学生・高校生が次々に勃発する難題へ、大人の手を借りず対処せねばならない状況は、『11人いる!』あるいは『トーマの心臓』で描かれたモチーフの、“変奏”でもあります。
***
『トーマの心臓』の舞台となったシュロッターベッツ高等中学には、何人かのメガネ男子が脇役ながら登場してるんですけど。同級のヘルベルトも、一学年下のレドヴィも、最上級生のバッカスも。メガネを掛けた生徒達は共通して、みんなから人望を寄せられる『委員長』ことユリスモール・バイハンの、品行方正・成績優秀で優等生然とした振る舞いに、むしろ懐疑的な眼を向けます。
更に、『八角メガネ』を掛けて登場する、サイフリート・ガストの役回りを考え合わせると。極めて勉強熱心な『委員長』でありながら、メガネを掛けて“いない”主人公・ユリスモールに対峙するメガネ男子達は、一見して非の打ち所が無い優等生の、ずっとひた隠しにして来た弱点を、時に冷静もしくは冷淡な、時に酷薄あるいは残忍な視線で、暴き出す存在だったりするのです。
然りながら、自らメガネを掛けて“いる”主人公・大介は、『桜木台高のプリンス』としてリーダーシップを発揮しようと、懸命に努力しつつも、ちゃんと動揺したりテンパったり、時に遣り場の無い憤りをぶちまけたり。自身の弱点を顕わにする事に、何の屈託もありません。
でも……カバー裏に描かれた大介は、メガネを掛けてないんです!(とは言え萩尾先生が、その点に何らかの意図を込めてお描きになったのか、は不明ですけどw)。
***
物語の行方は、大人たちが消えてしまった町で、今後ますます、大変な事態が生じていくに違いないんですけど。萩尾先生がこれまで描いていらした、時に極めて深刻もしくは残酷な、あらゆるモチーフの“変奏”を交々満載しつつ、『AWAY -アウェイ-』の空気はちっとも重苦しくない。むしろホッとするような、『11人いる!』を想起させるイイ感じのゴタゴタ感があります。
多分それは、舞台となっている『榛野市(ハンノシ)』のモデル、すなわち萩尾先生がお住まいになってる飯能市の空気が、反映されてるんじゃないかなぁ、と拝察(あ、娘が まだ小学生だった頃、偶然ですが品川に住んでて、飯能まで何回かお邪魔した御縁がありましてw)。
子どもたちが抑圧される事なく、ちゃんと動揺したりテンパったり、自身の弱点を顕わにする事に、何の屈託も抱かず暮らしているhometownで。
時に冷厳あるいは酷薄なメタ認知が命ずる“描かねばならぬ事”ではなく、心が天然自然に“描いてみたくなった事”を創作のhome groundたるSFで。
自由闊達に物語って下さる萩尾先生へ、“Welcome back to your HOME !”と言祝がせて戴きたくなる最新作ですv
#9月半ばより始まった怒濤の“秋季コミックスレビュウ”は、これにて完結!
#お時間許す範囲で、他の5篇にも御笑覧を賜れますと幸甚です。
>>第1回『奇譚の日常』
>>第2回『日常の奇譚』
>>第3回『『それ町』第13巻感想!』
>>第4回『日常の偶然・必然の奇譚』
>>第5回『エゾノー発・イーハトーブ行』
物語の“主役”は、カバー表に描かれた鹿賀 一紀(カガ カズキ・中学2年生)嬢に違いないんですけど。第1巻収録の、世界が『メチャメチャ』になって十日余りが経過した「4月1日」と、日付が変わるのとほぼ同時に各国で“異変”が起きた「3月21日」は、彼女のイトコに当たる大熊 大介(オオクマ ダイスケ・高校2年生)君の視点で語られます。
なんとなれば大介は、『榛野市のイケメン』『ミスター榛野』と称され、みんなから人望を寄せられる『桜木台高のプリンス』なので。高校生を束ねるリーダーとして、大人たちが消えてしまった町で、残された子どもたちを守るため、八面六臂の活躍をせねばならなかったから……
十代の少年少女が、就学年齢に達していない『小さい子』は勿論、生後間もない『赤ん坊』の生命まで預かる事になる設定は、確かに小松左京御大の短編小説『お召し』ですが。原案どおりの12歳以下の小学生達ではなく、中学生・高校生が次々に勃発する難題へ、大人の手を借りず対処せねばならない状況は、『11人いる!』あるいは『トーマの心臓』で描かれたモチーフの、“変奏”でもあります。
***
『トーマの心臓』の舞台となったシュロッターベッツ高等中学には、何人かのメガネ男子が脇役ながら登場してるんですけど。同級のヘルベルトも、一学年下のレドヴィも、最上級生のバッカスも。メガネを掛けた生徒達は共通して、みんなから人望を寄せられる『委員長』ことユリスモール・バイハンの、品行方正・成績優秀で優等生然とした振る舞いに、むしろ懐疑的な眼を向けます。
更に、『八角メガネ』を掛けて登場する、サイフリート・ガストの役回りを考え合わせると。極めて勉強熱心な『委員長』でありながら、メガネを掛けて“いない”主人公・ユリスモールに対峙するメガネ男子達は、一見して非の打ち所が無い優等生の、ずっとひた隠しにして来た弱点を、時に冷静もしくは冷淡な、時に酷薄あるいは残忍な視線で、暴き出す存在だったりするのです。
然りながら、自らメガネを掛けて“いる”主人公・大介は、『桜木台高のプリンス』としてリーダーシップを発揮しようと、懸命に努力しつつも、ちゃんと動揺したりテンパったり、時に遣り場の無い憤りをぶちまけたり。自身の弱点を顕わにする事に、何の屈託もありません。
でも……カバー裏に描かれた大介は、メガネを掛けてないんです!(とは言え萩尾先生が、その点に何らかの意図を込めてお描きになったのか、は不明ですけどw)。
***
物語の行方は、大人たちが消えてしまった町で、今後ますます、大変な事態が生じていくに違いないんですけど。萩尾先生がこれまで描いていらした、時に極めて深刻もしくは残酷な、あらゆるモチーフの“変奏”を交々満載しつつ、『AWAY -アウェイ-』の空気はちっとも重苦しくない。むしろホッとするような、『11人いる!』を想起させるイイ感じのゴタゴタ感があります。
多分それは、舞台となっている『榛野市(ハンノシ)』のモデル、すなわち萩尾先生がお住まいになってる飯能市の空気が、反映されてるんじゃないかなぁ、と拝察(あ、娘が まだ小学生だった頃、偶然ですが品川に住んでて、飯能まで何回かお邪魔した御縁がありましてw)。
子どもたちが抑圧される事なく、ちゃんと動揺したりテンパったり、自身の弱点を顕わにする事に、何の屈託も抱かず暮らしているhometownで。
時に冷厳あるいは酷薄なメタ認知が命ずる“描かねばならぬ事”ではなく、心が天然自然に“描いてみたくなった事”を創作のhome groundたるSFで。
自由闊達に物語って下さる萩尾先生へ、“Welcome back to your HOME !”と言祝がせて戴きたくなる最新作ですv
#9月半ばより始まった怒濤の“秋季コミックスレビュウ”は、これにて完結!
#お時間許す範囲で、他の5篇にも御笑覧を賜れますと幸甚です。
>>第1回『奇譚の日常』
>>第2回『日常の奇譚』
>>第3回『『それ町』第13巻感想!』
>>第4回『日常の偶然・必然の奇譚』
>>第5回『エゾノー発・イーハトーブ行』
2014年10月30日木曜日
メガネの極意
娘は、小学2年生。
私は、小学3年生。
そして相方は、小学4年生。
というのが一家揃って単純近視、メガネ女子&メガネ男子揃いな拙宅の“メガネデビュウ”学齢。娘と私は「本ばっかり読んでたから」、相方は「時刻表ばっかり読んでたから」と、原因は『環境説』ということで全員の意見が合致してます。
当人が掛けてるから……なのか、何なのか。
所謂メガネキャラが萌えポイントである点も、合致していて。例えばアニメの『PSYCHO-PASS』では、主人公たる「朱ちゃん」と「狡噛さん」の御両人を差し置いて、娘ともども「宜野座さん」が断然!必然!絶対!の一押しキャラだったりw
相方は「俺は特に、メガネ女子への執着無いけど」とか冷静を装いつつ、『書生葛木信二郎の日常』に登場する「大室 丹 先生」の超絶貴重な水着姿(無断リンク、平にご容赦!!!)に「をを!すっげーメニアックじゃね?」とメチャメチャ反応してたりw
で、ここから先は、夕食の膳を囲みながらの馬鹿話、なのですが。意想外に、かなり説得力がある(?)屁理屈を展開できたかも〜と自負してる次第を、記録として残しておきます(あ、一家揃って「屁理屈、上等!」な考察好き、でもありますw)。
まず、筋金入りのメガネ男子萌え(あ、私です)の主張は、「弱点を顕わにしている所」こそが最重要ポイント!
具象的表現としては、“世界一(?)有名なメガネ男子”こと「のび太くん」の『メガネ、メガネ』すなわち両手を前へ伸ばし、メガネを探してる姿が代表的ですねv
つまり、視力が悪いというハンディキャップを表象する事によって、保護欲ないし庇護欲すなわち萌えの代表的「感情」を喚起する、という戦術なのです!(と、大先達・藤子・F・不二雄先生がそこまで意識して居られたか、は不明ですけどw)。
実は前出の宜野座さんの場合、何を隠そう“伊達メガネ”だったんですが。
(アニメ2期では、メガネを外しちゃって……誠に、残念至極)
『父に似た自分の目元が嫌いという理由で掛けていた』との1期設定は、すなわち「父に対するコンプレックスこそ彼の弱点」という隠喩表現なのです!(と、メタファが大好物な虚淵 玄氏であれば大いに有り得る、と勝手に深読みしてますw)。
そして、冷静を装いつつ「屁理屈、上等!」な考察欲求(?)に弱い、相方が主張する事には「女子のメガネは、すっぴんと同義」こそが最重要ポイント!
つまり審美的に優位なコンタクトレンズを敢えて使わない飾り気の無さが純粋な好意や愛着というこれまた萌えの代表的「感情」を喚起する、という解釈(でも大室先生が御活躍の大正時代は、未だコンタクトレンズは無かったんですけどw)。
然りながら、嘗て見合い結婚全盛だった数十年前は、良縁に支障する“欠点”でしかなかったメガネが(我々の両親の時代は、そうだったみたいですよマジで)『萌えのジャンルの一つ』として、むしろpositiveに捉えられるようになった訳で。
日本から発したsubcultureの、多様性をそのままに愛でる懐の深さは、大いに言祝ぐべき“美点”だよなぁ……と、それにドップリ魅了されてる自分自身の心理をも「屁理屈、上等!」な考察で解題してみる、秋の一夕でした。
私は、小学3年生。
そして相方は、小学4年生。
というのが一家揃って単純近視、メガネ女子&メガネ男子揃いな拙宅の“メガネデビュウ”学齢。娘と私は「本ばっかり読んでたから」、相方は「時刻表ばっかり読んでたから」と、原因は『環境説』ということで全員の意見が合致してます。
当人が掛けてるから……なのか、何なのか。
所謂メガネキャラが萌えポイントである点も、合致していて。例えばアニメの『PSYCHO-PASS』では、主人公たる「朱ちゃん」と「狡噛さん」の御両人を差し置いて、娘ともども「宜野座さん」が断然!必然!絶対!の一押しキャラだったりw
相方は「俺は特に、メガネ女子への執着無いけど」とか冷静を装いつつ、『書生葛木信二郎の日常』に登場する「大室 丹 先生」の超絶貴重な水着姿(無断リンク、平にご容赦!!!)に「をを!すっげーメニアックじゃね?」とメチャメチャ反応してたりw
で、ここから先は、夕食の膳を囲みながらの馬鹿話、なのですが。意想外に、かなり説得力がある(?)屁理屈を展開できたかも〜と自負してる次第を、記録として残しておきます(あ、一家揃って「屁理屈、上等!」な考察好き、でもありますw)。
まず、筋金入りのメガネ男子萌え(あ、私です)の主張は、「弱点を顕わにしている所」こそが最重要ポイント!
具象的表現としては、“世界一(?)有名なメガネ男子”こと「のび太くん」の『メガネ、メガネ』すなわち両手を前へ伸ばし、メガネを探してる姿が代表的ですねv
つまり、視力が悪いというハンディキャップを表象する事によって、保護欲ないし庇護欲すなわち萌えの代表的「感情」を喚起する、という戦術なのです!(と、大先達・藤子・F・不二雄先生がそこまで意識して居られたか、は不明ですけどw)。
実は前出の宜野座さんの場合、何を隠そう“伊達メガネ”だったんですが。
(アニメ2期では、メガネを外しちゃって……誠に、残念至極)
『父に似た自分の目元が嫌いという理由で掛けていた』との1期設定は、すなわち「父に対するコンプレックスこそ彼の弱点」という隠喩表現なのです!(と、メタファが大好物な虚淵 玄氏であれば大いに有り得る、と勝手に深読みしてますw)。
そして、冷静を装いつつ「屁理屈、上等!」な考察欲求(?)に弱い、相方が主張する事には「女子のメガネは、すっぴんと同義」こそが最重要ポイント!
つまり審美的に優位なコンタクトレンズを敢えて使わない飾り気の無さが純粋な好意や愛着というこれまた萌えの代表的「感情」を喚起する、という解釈(でも大室先生が御活躍の大正時代は、未だコンタクトレンズは無かったんですけどw)。
然りながら、嘗て見合い結婚全盛だった数十年前は、良縁に支障する“欠点”でしかなかったメガネが(我々の両親の時代は、そうだったみたいですよマジで)『萌えのジャンルの一つ』として、むしろpositiveに捉えられるようになった訳で。
日本から発したsubcultureの、多様性をそのままに愛でる懐の深さは、大いに言祝ぐべき“美点”だよなぁ……と、それにドップリ魅了されてる自分自身の心理をも「屁理屈、上等!」な考察で解題してみる、秋の一夕でした。
2014年10月26日日曜日
エゾノー発・イーハトーブ行
今回は、タイトルからして“出オチ”ですけどw
いやぁ、第1巻読んだ時から、ず〜〜〜っと気になってたんですよねぇ。
(“八軒くん”て、メッチャ誰かに似てるんやけど……誰やったかなぁ?)
んで『人にかまって損するタイプ (by 駒場一郎)』なトコが激しく宮澤賢治!と腑に落ちたのは、『それ町』第13巻の第104話「暗黒卓球少女」からの“伏線回収”繋がりで、第9巻の第71話「歩く鳥」を復習中。
『サザンクロスでも石炭袋でも降りませんから』と(自宅玄関先でウッカリ降りそうになった挙げ句、すったもんだで運良く戻って来られたくせに)宣言してる丸子商店街の“カムパネルラ”こと嵐山歩鳥嬢が、南第3中学の“ジョバンニ”へ向かって『だって文学少女ですもん』と喜色満面で言い継ぐ場面だったり。
とは言え、作者・荒川 弘氏は、蝦夷地の由緒正しき『百姓貴族』にお生まれ。
岩手・花巻の質屋兼古着屋に生まれた『石こ賢さん』が描く、叙情豊かな幻想譚とは一線を画し、超絶リアルな『イーハトーブ』への道程が『銀の匙 Silver Spoon』第12巻で怒濤の如き展開を見せるのは、理の当然です。
だって八軒くん自身の『イーハトーブ』は、全97話にして単行本「11と9分の1」巻分を費やし、ガッツリ描かれた超絶濃密な高校1年生の春夏秋冬を経て、これ以上無いってくらいバッチリ明確になってるんですもん。
出資者候補の八軒 数正氏からは、渾身の企画書を『迅速に処理』されてますがw
父親として『本気には本気で返す』という想いがあってこそ。『人の夢を否定しない人間に、俺はなりたい』という“理想”を『自分の意思だ!!』と覚悟した、その意気や良し。それを『無謀な挑戦』として潰えさせたくない故の、親心ですもん。
Amazonさんのカスタマーレビューでは、急展開を惜しむ読者様が、けっこうな割合で“違和感”を訴えて居られる様子ですけど。憚りながら、“親心”の有り様を絶賛満喫中(泣)な視点で拝読しておりますと、「そう!そう!! 高2から高3て、メチャメチャあっという間やったわ〜!!!」とひたすら激しく同意!なのです。
時に全く台詞の無い走馬燈の如き急展開にしても、エゾノー祭で馬術部見て
『めっちゃ心震えた』から入学しちゃった彼女の名さえ記されてない件にしても。
必ずや、痺れるくらい超絶カッコイイ“伏線回収”を魅せて下さると、『ハガレン』以来の圧倒的な親近感と絶対的な信頼感が全く揺らがない所以は、7月末にも記事に致しました通り、“百姓の血”、中でも最強の“開拓農民の血”で描いてやるぜ!って覚悟が、相も変わらず全てのページからガッツリ伝わって来るから。
発刊予定は、鬼が笑うとも謂われる来年ですが。
続く第13巻では期待に違わぬ、八軒くんの『イーハトーブ』と荒川さんの“漫画描きの血”を、バッチリ読ませて下さるものと絶賛待機させて戴きます!
いやぁ、第1巻読んだ時から、ず〜〜〜っと気になってたんですよねぇ。
(“八軒くん”て、メッチャ誰かに似てるんやけど……誰やったかなぁ?)
んで『人にかまって損するタイプ (by 駒場一郎)』なトコが激しく宮澤賢治!と腑に落ちたのは、『それ町』第13巻の第104話「暗黒卓球少女」からの“伏線回収”繋がりで、第9巻の第71話「歩く鳥」を復習中。
『サザンクロスでも石炭袋でも降りませんから』と(自宅玄関先でウッカリ降りそうになった挙げ句、すったもんだで運良く戻って来られたくせに)宣言してる丸子商店街の“カムパネルラ”こと嵐山歩鳥嬢が、南第3中学の“ジョバンニ”へ向かって『だって文学少女ですもん』と喜色満面で言い継ぐ場面だったり。
とは言え、作者・荒川 弘氏は、蝦夷地の由緒正しき『百姓貴族』にお生まれ。
岩手・花巻の質屋兼古着屋に生まれた『石こ賢さん』が描く、叙情豊かな幻想譚とは一線を画し、超絶リアルな『イーハトーブ』への道程が『銀の匙 Silver Spoon』第12巻で怒濤の如き展開を見せるのは、理の当然です。
だって八軒くん自身の『イーハトーブ』は、全97話にして単行本「11と9分の1」巻分を費やし、ガッツリ描かれた超絶濃密な高校1年生の春夏秋冬を経て、これ以上無いってくらいバッチリ明確になってるんですもん。
出資者候補の八軒 数正氏からは、渾身の企画書を『迅速に処理』されてますがw
父親として『本気には本気で返す』という想いがあってこそ。『人の夢を否定しない人間に、俺はなりたい』という“理想”を『自分の意思だ!!』と覚悟した、その意気や良し。それを『無謀な挑戦』として潰えさせたくない故の、親心ですもん。
Amazonさんのカスタマーレビューでは、急展開を惜しむ読者様が、けっこうな割合で“違和感”を訴えて居られる様子ですけど。憚りながら、“親心”の有り様を絶賛満喫中(泣)な視点で拝読しておりますと、「そう!そう!! 高2から高3て、メチャメチャあっという間やったわ〜!!!」とひたすら激しく同意!なのです。
時に全く台詞の無い走馬燈の如き急展開にしても、エゾノー祭で馬術部見て
『めっちゃ心震えた』から入学しちゃった彼女の名さえ記されてない件にしても。
必ずや、痺れるくらい超絶カッコイイ“伏線回収”を魅せて下さると、『ハガレン』以来の圧倒的な親近感と絶対的な信頼感が全く揺らがない所以は、7月末にも記事に致しました通り、“百姓の血”、中でも最強の“開拓農民の血”で描いてやるぜ!って覚悟が、相も変わらず全てのページからガッツリ伝わって来るから。
発刊予定は、鬼が笑うとも謂われる来年ですが。
続く第13巻では期待に違わぬ、八軒くんの『イーハトーブ』と荒川さんの“漫画描きの血”を、バッチリ読ませて下さるものと絶賛待機させて戴きます!
2014年10月20日月曜日
日常の偶然・必然の奇譚
先月来、筆者も全く想定外だった連載を、心の滾りが赴くままに、突発させてしまった“日常の奇譚”コミックスレビュウ。本日は第3回目にして、完結を目指します!
一応、話頭は続いておりますため、前回までの2篇も併せて、お時間許す範囲で御笑覧戴けますと幸甚。てことで、リンクを張りつつ……
>>第1回『奇譚の日常』を読む
>>第2回『日常の奇譚』を読む
***
さてさて、斯様に愛して止まない『シャーリー』『それでも町は廻っている』そして『書生葛木信二郎の日常』なのですが。他人様へお奨めしようとなると、実は逡巡してしまう作品だったり。
定法どおり舞台背景を、「20世紀初頭のロンドン」とか
「大田区の丸子商店街」とか「大正時代の帝都東京」とか。
次いで主人公の設定を、「13歳ながら、良く出来た頼りになる少女メイド」とか
「メイド喫茶でバイト中な、探偵志望のへっぽこ女子高生」とか
「妖怪屋敷に下宿してる、小説家志望な帝大卒の書生」とか。
説明し始めた途端、お聞き下さってる相手の反応に、曰く言い難い気配。
すなわち「ロンドン」だの「商店街」だの「大正」だの「帝都」だの。「少女」やら「メイド」やら「女子高生」やら「妖怪」やら「書生」やら。余りに人口に膾炙した“タグ”の群れが、いわゆる“萌え”を追求した既存作品の“イメージ”から、妙に堅固な、しかし全く該当しない先入観を構築していく様が感知できてしまって……
むしろ、従来の“萌え”を狙った一連の作品に対する、密やかにして果敢なるアンチテーゼとも謂うべき、これら“日常の奇譚”の真髄を、適確に表現できない自分にこそ憮然とし。ウームと言葉に詰まってしまうのです。
叶う事なら“日常の奇譚”タグを、大々的に普及させたい所存ではありますがw
そこまでの気概と実力、ならびに無謀を己に許してしまう根拠無き自己肯定感は、残念ながら欠く身なれば。敬愛して止まない大先達・藤子・F・不二雄先生の、これこそ“日常の奇譚”の結晶と申し上げるべき『ドラえもん』を、前々回・前回ともに引用させて戴きながら、胸の裡に溢れる滾りを切々と綴って参りました次第。
その上で愈々、『書生葛木信二郎の日常』の魅力を語らせて戴けば。
まず第一に主人公たる葛木信二郎の、キャラを敢えて立てて“いない”所が、ツボを見事にギュギュッと押さえて素晴らしい。なんてったって、初回から『小説家志望』と謳っているのに、如何なる小説をお書きなのか、第36幕まで一切描出されてない(あ、揶揄じゃないですよ〜w ホントに真摯に称讃しておりますです)。
仮に、ドラマツルギーの在庫が心許ない描き手であれば、信二郎の兄・悌一郎をこそ、主人公にしちゃうでしょうね。社交的で頭が良くて、祖母から受け継いだ力も強くて。単なる“見鬼”に留まらず、人事の外に棲む怪しきモノをも巧みに統べる彼ならば、作者が構想に詰まった時でも、勝手に話を転がしてくれそうですし。
然れど“日常の奇譚”をこそ、物語ろうと志すのならば。
一見、掴み所の無い個性、そして小説家を目指すにしてはツッコミどころ満載な、“大正の野比のび太”こと葛木信二郎が、必然的に主人公なのです。
なぜなら『黒髭荘奇譚』の真の“主役”は、
百年を遡った昔には、「江戸」と呼ばれ
五十年前の維新で、「帝都」に定められ
その名を「東京」と改めて以後、『時の流れに遅れまいと
みんなが必死になって、積み上げるように』『生きてきた街』だから……
《以下、最終話・第48幕「新しい日常」のネタバレ御注意!》
一応、話頭は続いておりますため、前回までの2篇も併せて、お時間許す範囲で御笑覧戴けますと幸甚。てことで、リンクを張りつつ……
>>第1回『奇譚の日常』を読む
>>第2回『日常の奇譚』を読む
***
さてさて、斯様に愛して止まない『シャーリー』『それでも町は廻っている』そして『書生葛木信二郎の日常』なのですが。他人様へお奨めしようとなると、実は逡巡してしまう作品だったり。
定法どおり舞台背景を、「20世紀初頭のロンドン」とか
「大田区の丸子商店街」とか「大正時代の帝都東京」とか。
次いで主人公の設定を、「13歳ながら、良く出来た頼りになる少女メイド」とか
「メイド喫茶でバイト中な、探偵志望のへっぽこ女子高生」とか
「妖怪屋敷に下宿してる、小説家志望な帝大卒の書生」とか。
説明し始めた途端、お聞き下さってる相手の反応に、曰く言い難い気配。
すなわち「ロンドン」だの「商店街」だの「大正」だの「帝都」だの。「少女」やら「メイド」やら「女子高生」やら「妖怪」やら「書生」やら。余りに人口に膾炙した“タグ”の群れが、いわゆる“萌え”を追求した既存作品の“イメージ”から、妙に堅固な、しかし全く該当しない先入観を構築していく様が感知できてしまって……
むしろ、従来の“萌え”を狙った一連の作品に対する、密やかにして果敢なるアンチテーゼとも謂うべき、これら“日常の奇譚”の真髄を、適確に表現できない自分にこそ憮然とし。ウームと言葉に詰まってしまうのです。
叶う事なら“日常の奇譚”タグを、大々的に普及させたい所存ではありますがw
そこまでの気概と実力、ならびに無謀を己に許してしまう根拠無き自己肯定感は、残念ながら欠く身なれば。敬愛して止まない大先達・藤子・F・不二雄先生の、これこそ“日常の奇譚”の結晶と申し上げるべき『ドラえもん』を、前々回・前回ともに引用させて戴きながら、胸の裡に溢れる滾りを切々と綴って参りました次第。
その上で愈々、『書生葛木信二郎の日常』の魅力を語らせて戴けば。
まず第一に主人公たる葛木信二郎の、キャラを敢えて立てて“いない”所が、ツボを見事にギュギュッと押さえて素晴らしい。なんてったって、初回から『小説家志望』と謳っているのに、如何なる小説をお書きなのか、第36幕まで一切描出されてない(あ、揶揄じゃないですよ〜w ホントに真摯に称讃しておりますです)。
仮に、ドラマツルギーの在庫が心許ない描き手であれば、信二郎の兄・悌一郎をこそ、主人公にしちゃうでしょうね。社交的で頭が良くて、祖母から受け継いだ力も強くて。単なる“見鬼”に留まらず、人事の外に棲む怪しきモノをも巧みに統べる彼ならば、作者が構想に詰まった時でも、勝手に話を転がしてくれそうですし。
然れど“日常の奇譚”をこそ、物語ろうと志すのならば。
一見、掴み所の無い個性、そして小説家を目指すにしてはツッコミどころ満載な、“大正の野比のび太”こと葛木信二郎が、必然的に主人公なのです。
なぜなら『黒髭荘奇譚』の真の“主役”は、
百年を遡った昔には、「江戸」と呼ばれ
五十年前の維新で、「帝都」に定められ
その名を「東京」と改めて以後、『時の流れに遅れまいと
みんなが必死になって、積み上げるように』『生きてきた街』だから……
《以下、最終話・第48幕「新しい日常」のネタバレ御注意!》
2014年10月9日木曜日
Here Comes the World Fool News !
「暗黒卓球少女」に、激しく心動かされたあまり……毎度お馴染みのメタな妄想深読みと、魔法少女のアンチテーゼへ注ぐ偏愛が、思わず炸裂してしまった『それ町』第13巻のレビュウ、たくさんの御来臨を賜り恐悦至極に存じます。
何だかよく判らない“滾り”を、誰もが読める漫画として顕現させて下さった歓喜に任せ、思いっっっっ切り屁理屈を書き連ねてしまいましたけど。
結局、一番好きなのは、第101話「モテない紳士」(恐らく“変態紳士”のもじりだけど、かなり外しちゃってるタイトルも一層愛おしい!)だったり、断然、一押しの“神コマ”は、150ページ冒頭の『アナスターシャ…!?』(間違いなく読者の皆様全員が、ご唱和なさったであろうページ構成も一層素晴らしい!)だったりw
なので、東京では10月5日早朝にスタートした『ワールドフールニュース』!Episode.01「新キャスターの憂鬱!?」を観るなり、しっかりハマっちゃいました〜v
元来、ウェブアニメとして制作されてたようですが。テレビ版は更に洗練され、脱力癒やし系の得も言われぬ妙味が全開! 殊に『それ町』第13巻の149ページ最終コマで、嵐山歩鳥嬢が『アナスターシャのせいだよ……』と宣言した、自信たっぷりの表情にピコーンとなった皆様には、是非ぜひ、見逃し配信で一度御覧戴きたく。
『群馬テレビが開局以来はじめて自社制作するアニメーション』
ということで、監督も前橋ご出身らしく。
Episode.01でも既に、群馬ならではのアレコレが(判りやすい所では、こんにゃく○○とか、ラスクとか。ちょっとディープな所では、県庁とか、ヤマダ電機とか、カッパピア跡とか)さりげな〜く登場してる、控えめな郷土愛も一層麗しい!
今後は、上毛かるたとか、ひもかわうどんとか、焼きまんじゅうが、如何に登場するのか超絶楽しみです〜vvv
などと言いつつ、『つる舞う形の群馬県』を“永遠のライバル”と目す、生まれ故郷の隣県でも、高松信司先輩に思いっっっっ切りはじけたアニメを、作って戴くってのはどうでしょうかね?とちぎテレビさん!と、思わず妄想炸裂するのも嬉しい、北関東からじわじわ全国デビュウしております本作、超絶オススメです!!!
何だかよく判らない“滾り”を、誰もが読める漫画として顕現させて下さった歓喜に任せ、思いっっっっ切り屁理屈を書き連ねてしまいましたけど。
結局、一番好きなのは、第101話「モテない紳士」(恐らく“変態紳士”のもじりだけど、かなり外しちゃってるタイトルも一層愛おしい!)だったり、断然、一押しの“神コマ”は、150ページ冒頭の『アナスターシャ…!?』(間違いなく読者の皆様全員が、ご唱和なさったであろうページ構成も一層素晴らしい!)だったりw
なので、東京では10月5日早朝にスタートした『ワールドフールニュース』!Episode.01「新キャスターの憂鬱!?」を観るなり、しっかりハマっちゃいました〜v
元来、ウェブアニメとして制作されてたようですが。テレビ版は更に洗練され、脱力癒やし系の得も言われぬ妙味が全開! 殊に『それ町』第13巻の149ページ最終コマで、嵐山歩鳥嬢が『アナスターシャのせいだよ……』と宣言した、自信たっぷりの表情にピコーンとなった皆様には、是非ぜひ、見逃し配信で一度御覧戴きたく。
『群馬テレビが開局以来はじめて自社制作するアニメーション』
ということで、監督も前橋ご出身らしく。
Episode.01でも既に、群馬ならではのアレコレが(判りやすい所では、こんにゃく○○とか、ラスクとか。ちょっとディープな所では、県庁とか、ヤマダ電機とか、カッパピア跡とか)さりげな〜く登場してる、控えめな郷土愛も一層麗しい!
今後は、上毛かるたとか、ひもかわうどんとか、焼きまんじゅうが、如何に登場するのか超絶楽しみです〜vvv
などと言いつつ、『つる舞う形の群馬県』を“永遠のライバル”と目す、生まれ故郷の隣県でも、高松信司先輩に思いっっっっ切りはじけたアニメを、作って戴くってのはどうでしょうかね?とちぎテレビさん!と、思わず妄想炸裂するのも嬉しい、北関東からじわじわ全国デビュウしております本作、超絶オススメです!!!
2014年10月4日土曜日
『それ町』第13巻感想!
明朝末期を舞台にした武侠小説の、素敵に上質な荒唐無稽を賞翫しつつ。次の記事こそ、『シャーリー』第2巻を御供に来臨戴いた(あ、“ライフワーク”繋がりで)、『AWAY -アウェイ-』第1巻を話頭に!と目論んでたんですが。
“高校生”繋がりで『銀の匙 Silver Spoon』第12巻&『咲 -Saki-』第13巻と一緒に、ゆるゆる入手した『それでも町は廻っている』第13巻。その第104話「暗黒卓球少女」に、ガツン!!! と強烈な想定外の一撃を、お見舞いされちゃいまして。
ウッカリすると底抜けのお人好し、さもなくば畏れを知らぬ増上慢、と誤解されかねない位、然したる根拠もないのに自己肯定感が高い性分。ゆえに生来、他人様を嫉ましく思う事は、滅多に無いヤツなのに(あ、歩鳥じゃなく私が)。
この話には俄然、燃え上がりましたよ!
「どーして描けちゃうのっ?!! こんなスゴイ話がっ!!!」
てな、不遜なる嫉妬の炎がメラメラと!
でも、次の瞬間には……ずっとず〜っと長い間、胸の裡に溢れかえっていながらも、何だかよく判らないままで、どうにも掴み所が無かった“滾り”が、形有るモノ=誰もが読める漫画として顕現し、人の世をより良き方向へ導く様を目撃出来た、歓喜の怒濤に昇華されちゃいましたけどね〜(あ、“昇華→消火”繋がりでw)
更に言えば、『それ町』への“愛が試される”一話でもあったり。
斯く言う私も、最後のページで伏線回収に気付いたものの。「えっ?! アレって何巻?! 何話だったっけ?!!」となり、「くっそ〜っ!読んだ時には『どういう回収されるか超絶楽しみ〜(デュフフ)』とか思ってたクセに思い出せん!!! (ウガーッ)」と素直に降参。
ええ、ネットで検索させて戴きましたよ!私なんぞより遙かに深い“愛”をお持ちの皆様に、敬意を込めておすがりしました!にしても、単行本で4巻分・歳月にして3年1ヶ月後の“回収”は、小母ちゃんには誠に厳しい試練でしたが(ゼーハー)
そんな次第で、不遜なる嫉妬の炎を燃やしたり己の不甲斐なさに打ち震えたり歓喜の怒濤に身を委ねたりしつつ。
月野うさぎ嬢や木之本桜嬢や鹿目まどか嬢も体現していた、底の知れない包容力と無敵の向日性こそが、嵐山歩鳥嬢の魅力であり“武器”であり。
木野まこと嬢や大道寺知世嬢や巴マミ嬢と同じく、主人公を見守る針原春江嬢の心優しい眼差しこそが、『それ町』の通奏低音たる善性であり。
変身出来なくても魔法が使えなくても世界を救わなくても
人の世をより良き方向へ導く物語は、確かに描けるのだ!
と、男子高校生の果てしないバカバカしさ&女子高校生の愛すべき傍若無人振りで、読者を呵々大笑させた挙げ句、不意打ちのように実証して見せた“語る力”こそが、作者・石黒正数氏のなんとも掴み所が無い天賦の才なんだよね、きっと……と再認識させて戴きました『それ町』第13巻、超絶オススメです!!!
“高校生”繋がりで『銀の匙 Silver Spoon』第12巻&『咲 -Saki-』第13巻と一緒に、ゆるゆる入手した『それでも町は廻っている』第13巻。その第104話「暗黒卓球少女」に、ガツン!!! と強烈な想定外の一撃を、お見舞いされちゃいまして。
ウッカリすると底抜けのお人好し、さもなくば畏れを知らぬ増上慢、と誤解されかねない位、然したる根拠もないのに自己肯定感が高い性分。ゆえに生来、他人様を嫉ましく思う事は、滅多に無いヤツなのに(あ、歩鳥じゃなく私が)。
この話には俄然、燃え上がりましたよ!
「どーして描けちゃうのっ?!! こんなスゴイ話がっ!!!」
てな、不遜なる嫉妬の炎がメラメラと!
でも、次の瞬間には……ずっとず〜っと長い間、胸の裡に溢れかえっていながらも、何だかよく判らないままで、どうにも掴み所が無かった“滾り”が、形有るモノ=誰もが読める漫画として顕現し、人の世をより良き方向へ導く様を目撃出来た、歓喜の怒濤に昇華されちゃいましたけどね〜(あ、“昇華→消火”繋がりでw)
更に言えば、『それ町』への“愛が試される”一話でもあったり。
斯く言う私も、最後のページで伏線回収に気付いたものの。「えっ?! アレって何巻?! 何話だったっけ?!!」となり、「くっそ〜っ!読んだ時には『どういう回収されるか超絶楽しみ〜(デュフフ)』とか思ってたクセに思い出せん!!! (ウガーッ)」と素直に降参。
ええ、ネットで検索させて戴きましたよ!私なんぞより遙かに深い“愛”をお持ちの皆様に、敬意を込めておすがりしました!にしても、単行本で4巻分・歳月にして3年1ヶ月後の“回収”は、小母ちゃんには誠に厳しい試練でしたが(ゼーハー)
そんな次第で、不遜なる嫉妬の炎を燃やしたり己の不甲斐なさに打ち震えたり歓喜の怒濤に身を委ねたりしつつ。
月野うさぎ嬢や木之本桜嬢や鹿目まどか嬢も体現していた、底の知れない包容力と無敵の向日性こそが、嵐山歩鳥嬢の魅力であり“武器”であり。
木野まこと嬢や大道寺知世嬢や巴マミ嬢と同じく、主人公を見守る針原春江嬢の心優しい眼差しこそが、『それ町』の通奏低音たる善性であり。
変身出来なくても魔法が使えなくても世界を救わなくても
人の世をより良き方向へ導く物語は、確かに描けるのだ!
と、男子高校生の果てしないバカバカしさ&女子高校生の愛すべき傍若無人振りで、読者を呵々大笑させた挙げ句、不意打ちのように実証して見せた“語る力”こそが、作者・石黒正数氏のなんとも掴み所が無い天賦の才なんだよね、きっと……と再認識させて戴きました『それ町』第13巻、超絶オススメです!!!
2014年9月20日土曜日
日常の奇譚
先月は、昨年来、愛読させて戴いている『書生葛木信二郎の日常 —黒髭荘奇譚—』の第7集が発売され、やっぱり欣喜雀躍中でしたw
こちらの奇譚、主人公は小説家になる志を抱いて帝都に上って来た、京都帝大卒の書生。時は上野公園で東京府主催の博覧会が度々催され、浅草には通称「十二階」こと凌雲閣が聳える、大正の御代です。
年端も行かぬ13歳ながら、良く出来た頼りになる少女メイドとも、
下町商店街のメイド喫茶でバイト中な、探偵志望の女子高生とも、
一見、全く共通点は無いような……
メイドポジション&『服だけメイド』なキャラは登場しますけど。
信二郎自身は残念ながら(?)、メイド服は着用してくれませんしw
あ、申し遅れましたが、奇譚の主人公たる最重要属性は、小説家志望でも帝大卒の書生でもなく。妖怪を見知し妖気を感知する力、すなわち“見鬼”だったりします。
小説家志望とか書生とか見鬼とか……東京都西部の古い木造家屋にお住まいな民俗学専攻の大学生および彼のお祖父様を、僭越ながらウッカリ想起してしまう設定w
ですが個人的には、葛木のお祖母さまから中途半端に受け継いだ“常ならぬ力”そのものが、“奇譚の日常”の由縁って訳じゃあない、と思うのです。
何故なら信二郎は、自分の力が及ばぬ事を再々慨嘆しながらも、否応なく見えたり感じたりしてしまう妖異を、決して奇怪なるものと恐怖したり忌避したりはしないから。あくまでもヒトでありながら、人事の外に棲むモノ達を、在るが儘に受け容れ、維新開化が成って久しい世でも、共に幸福である事を何より優先する。
あやうい奇譚をも、ホンワカした日常に変えてしまう。
そんな底の知れない包容力こそ、シャーリー・メディスンにも嵐山歩鳥にも相通ずる、“奇譚の日常”の主人公・葛木信二郎の魅力!だと思うのです。
更に加えるべきは、描き手に溺愛されまくった挙げ句の、“やられキャラ”っぷりw
シャーリーも歩鳥も信二郎も、のび太くんも斯くやの不運に見舞われ続けてます。
そして物語の共通項は、過去と未来の邂逅ゆえに生まれた、稀有なるあたたかい日常を、終幕の後、愛惜すべき奇譚へと転ずるであろう、“破局”の予兆。
19世紀には珍しくなかった13歳のメイドと、20世紀を象徴する自立した女性。
商店街の過ぎ去った日々を、気儘な時系列で愛おしく懐旧する未だ来ぬ日々。
江戸の昔なら誰もが信じていた妖異と、維新開化の果てに変貌を遂げた東京。
折々の不運で主人公を散々翻弄しつつも、優しく包み込んでくれる幸福な、過去と未来が交錯する物語の裡に、来たるべきcatastrophe…女主人の結婚や、商店街の凋落や、大正関東地震による帝都壊滅…が然りげ無く、しかし揺るぎ無く示唆され続けているからこそ、彼らの日常は奇譚として一層の輝きを放つのだ、と思うのです。
さて、11年越しで第2巻が発売された『シャーリー』は言うに及ばず、第12巻・第98話を数える『それ町』でも、未だcatastropheは描かれていないのですが。『書生葛木信二郎の日常』がデビュウ作となります作者様に於かれては、サンデーGX10月号掲載の第47幕・11月号掲載予定の最終幕にて、果敢にも“奇譚の破局”に挑戦中!
その妙味の解題は、次回を乞うご期待!!! という次第で……
最終幕を拝読するまで、如何なる主旨で展開するのか?! 筆者にも皆目予想がつかないレビュウ連載第3回は、10月20日ごろ掲載予定です。
>>第1回『奇譚の日常』を読む
>>第3回『日常の偶然・必然の奇譚』を読む
こちらの奇譚、主人公は小説家になる志を抱いて帝都に上って来た、京都帝大卒の書生。時は上野公園で東京府主催の博覧会が度々催され、浅草には通称「十二階」こと凌雲閣が聳える、大正の御代です。
年端も行かぬ13歳ながら、良く出来た頼りになる少女メイドとも、
下町商店街のメイド喫茶でバイト中な、探偵志望の女子高生とも、
一見、全く共通点は無いような……
メイドポジション&『服だけメイド』なキャラは登場しますけど。
信二郎自身は残念ながら(?)、メイド服は着用してくれませんしw
あ、申し遅れましたが、奇譚の主人公たる最重要属性は、小説家志望でも帝大卒の書生でもなく。妖怪を見知し妖気を感知する力、すなわち“見鬼”だったりします。
小説家志望とか書生とか見鬼とか……東京都西部の古い木造家屋にお住まいな民俗学専攻の大学生および彼のお祖父様を、僭越ながらウッカリ想起してしまう設定w
ですが個人的には、葛木のお祖母さまから中途半端に受け継いだ“常ならぬ力”そのものが、“奇譚の日常”の由縁って訳じゃあない、と思うのです。
何故なら信二郎は、自分の力が及ばぬ事を再々慨嘆しながらも、否応なく見えたり感じたりしてしまう妖異を、決して奇怪なるものと恐怖したり忌避したりはしないから。あくまでもヒトでありながら、人事の外に棲むモノ達を、在るが儘に受け容れ、維新開化が成って久しい世でも、共に幸福である事を何より優先する。
あやうい奇譚をも、ホンワカした日常に変えてしまう。
そんな底の知れない包容力こそ、シャーリー・メディスンにも嵐山歩鳥にも相通ずる、“奇譚の日常”の主人公・葛木信二郎の魅力!だと思うのです。
更に加えるべきは、描き手に溺愛されまくった挙げ句の、“やられキャラ”っぷりw
シャーリーも歩鳥も信二郎も、のび太くんも斯くやの不運に見舞われ続けてます。
そして物語の共通項は、過去と未来の邂逅ゆえに生まれた、稀有なるあたたかい日常を、終幕の後、愛惜すべき奇譚へと転ずるであろう、“破局”の予兆。
19世紀には珍しくなかった13歳のメイドと、20世紀を象徴する自立した女性。
商店街の過ぎ去った日々を、気儘な時系列で愛おしく懐旧する未だ来ぬ日々。
江戸の昔なら誰もが信じていた妖異と、維新開化の果てに変貌を遂げた東京。
折々の不運で主人公を散々翻弄しつつも、優しく包み込んでくれる幸福な、過去と未来が交錯する物語の裡に、来たるべきcatastrophe…女主人の結婚や、商店街の凋落や、大正関東地震による帝都壊滅…が然りげ無く、しかし揺るぎ無く示唆され続けているからこそ、彼らの日常は奇譚として一層の輝きを放つのだ、と思うのです。
さて、11年越しで第2巻が発売された『シャーリー』は言うに及ばず、第12巻・第98話を数える『それ町』でも、未だcatastropheは描かれていないのですが。『書生葛木信二郎の日常』がデビュウ作となります作者様に於かれては、サンデーGX10月号掲載の第47幕・11月号掲載予定の最終幕にて、果敢にも“奇譚の破局”に挑戦中!
その妙味の解題は、次回を乞うご期待!!! という次第で……
最終幕を拝読するまで、如何なる主旨で展開するのか?! 筆者にも皆目予想がつかないレビュウ連載第3回は、10月20日ごろ掲載予定です。
>>第1回『奇譚の日常』を読む
>>第3回『日常の偶然・必然の奇譚』を読む
2014年9月15日月曜日
奇譚の日常【追補】
今月は、長年愛おしく拝読しているコミックスの、単行本が続々発売!
絶賛欣喜雀躍中ですw
以前、文化庁メディア芸術祭 優秀賞を祝して御紹介させて戴いた、『それでも町は廻っている』の第13巻は、約9ヶ月ぶりの新刊!
とは言え9巻以降、単行本の発行ペースが、概ね年に一回となってましたから。
今年二度目の新刊は、誠に有り難い慶事。
そして先日、Google+で共有させて戴いた『シャーリー』第2巻に至っては、なんと11年と6ヶ月ぶりの新刊です!
作者の森薫氏は、第1巻の「あとがき(&いいわけ)ちゃんちゃらマンガ」で、
『(前略)シャーリーは もう少し 考えていた事が あるので』
『いつかかけたら いいものです』と、述懐して居られましたが。
『いつか』の実現に、11年半掛かろうと。次巻発売が、更に10年後となろうと。
愛読者たるもの、生命ある限りお慕いして参ります所存。単行本を拙宅へお迎えする作品につきましては、そんな覚悟で臨ませて戴いております。
で、Amazonさんへ発注しながら、気付いたんです。
“一緒に購入されている商品”として、『シャーリー』と『それ町』が並んでる事に!
かたや、しっかり者の(作者の『変なスイッチ』が入る)『13才少女メイド!!』
かたや、探偵志望&ツッコミどころ満載な『メイド喫茶でバイト中の女子高生』
共通点はなんだろう?と考え込む事、暫時。
(いや、考える必要無いし。“メイド”だから。というツッコミは、謹んで却下w)
で、“奇譚の日常”なのかなぁ……と気付いたんです。
実は、13歳の少女が新聞の求人広告だけを頼りに、保証人も紹介状も無くメイドとして雇って貰えた事、そして男爵の後妻に相応しいほど『いい家のおじょうさん』が、独身のままカフェの店主として自活している事が、そもそもの奇譚であり。
実は、舞台になってる下町商店街も、メイド喫茶も、学校も、主人公も、友達も、幼馴染みも、先輩も、弟妹も、近所の大人達も、『ドラえもん』の世界を想わせる理想の平凡が、時系列シャッフルに秘やかな懐旧を込めて描かれた奇譚であり。
で、“奇譚の日常”を描いたマンガを愛する諸姉諸兄であれば、必ずやお気に召すこと請け合いなのが、『書生葛木信二郎の日常』なのです!てのが、実は本日の結論。
そして、副題を『黒髭荘奇譚』と銘打った本作が、“日常の奇譚”を如何に活写しているのか? ついでに、果たして“メイド”な萌えポイントは、何処にあるのか?
その妙味の解題は、次回を乞うご期待!!! という次第で……
筆者も予想だにしなかった、レビュウ連載スタートですw
>>第2回『日常の奇譚』を読む
絶賛欣喜雀躍中ですw
以前、文化庁メディア芸術祭 優秀賞を祝して御紹介させて戴いた、『それでも町は廻っている』の第13巻は、約9ヶ月ぶりの新刊!
とは言え9巻以降、単行本の発行ペースが、概ね年に一回となってましたから。
今年二度目の新刊は、誠に有り難い慶事。
そして先日、Google+で共有させて戴いた『シャーリー』第2巻に至っては、なんと11年と6ヶ月ぶりの新刊です!
作者の森薫氏は、第1巻の「あとがき(&いいわけ)ちゃんちゃらマンガ」で、
『(前略)シャーリーは もう少し 考えていた事が あるので』
『いつかかけたら いいものです』と、述懐して居られましたが。
『いつか』の実現に、11年半掛かろうと。次巻発売が、更に10年後となろうと。
愛読者たるもの、生命ある限りお慕いして参ります所存。単行本を拙宅へお迎えする作品につきましては、そんな覚悟で臨ませて戴いております。
で、Amazonさんへ発注しながら、気付いたんです。
“一緒に購入されている商品”として、『シャーリー』と『それ町』が並んでる事に!
かたや、しっかり者の(作者の『変なスイッチ』が入る)『13才少女メイド!!』
かたや、探偵志望&ツッコミどころ満載な『メイド喫茶でバイト中の女子高生』
共通点はなんだろう?と考え込む事、暫時。
(いや、考える必要無いし。“メイド”だから。というツッコミは、謹んで却下w)
で、“奇譚の日常”なのかなぁ……と気付いたんです。
実は、13歳の少女が新聞の求人広告だけを頼りに、保証人も紹介状も無くメイドとして雇って貰えた事、そして男爵の後妻に相応しいほど『いい家のおじょうさん』が、独身のままカフェの店主として自活している事が、そもそもの奇譚であり。
実は、舞台になってる下町商店街も、メイド喫茶も、学校も、主人公も、友達も、幼馴染みも、先輩も、弟妹も、近所の大人達も、『ドラえもん』の世界を想わせる理想の平凡が、時系列シャッフルに秘やかな懐旧を込めて描かれた奇譚であり。
で、“奇譚の日常”を描いたマンガを愛する諸姉諸兄であれば、必ずやお気に召すこと請け合いなのが、『書生葛木信二郎の日常』なのです!てのが、実は本日の結論。
そして、副題を『黒髭荘奇譚』と銘打った本作が、“日常の奇譚”を如何に活写しているのか? ついでに、果たして“メイド”な萌えポイントは、何処にあるのか?
その妙味の解題は、次回を乞うご期待!!! という次第で……
筆者も予想だにしなかった、レビュウ連載スタートですw
>>第2回『日常の奇譚』を読む
2014年8月14日木曜日
A Lovely Happy Ending
先日レビュウさせて戴いた、『死刑執行人サンソン ― 国王ルイ十六世の首を刎ねた男』を通読中。フランス革命史にドップリ嵌まってた折りも折、娘の同級生が、東京宝塚劇場で上演中だった宙組の『ベルサイユのばら』を観て来たそうで。
多感な(?)小学生だった頃、いわゆる“昭和ベルばら”の洗礼を受けた世代。
俄然当然、相方共々、その当時の話題で盛り上がります!
『空前のタカラヅカブーム』と称された時代で、テレビの劇場中継番組が何度も放映されてましたし。原作も、単行本各巻のタイトルや(『燃えあがる革命の火の巻』とか『いたましき王妃の最後の巻』とか)名台詞を(『文句があるならベルサイユへ…』とか『そのショコラが熱くなかったのを…』とか)覚えちゃう位、読み耽ってました。
なのに京都住まいの数年間、一度も「宝塚大劇場へ行ってみよう!」という話にならなかったのは、全くの“一見さん”、しかも未だ学生・院生の身分では、高嶺の花に思えたんですよねぇ、たとえ関西在住でも。
東京宝塚劇場なら、もう少し敷居が低い&今なら、オンラインでチケットを買える、とは言え。やっぱり、先達が欲しい……と二の足を踏むのは、歌舞伎やオペラに通ずる所があります。
あ、娘の級友は母上が“ヅカファン”で。イイですよね〜v 親子でタカラヅカ!
「観に行くなら、阪急乗って大劇場よねぇ(ウットリ)」てな憧れもあったり。
“人生の折り返し点”を過ぎちゃった小母ちゃんの,複雑なアンビバレンスw を埋めるべく、まずは週刊朝日の書評で見掛けた『ヅカメン! お父ちゃんたちの宝塚』を読んでみました!
月・花・雪・星・宙、そして専科の、各組に因んだ6話オムニバス構成。
語り手はいずれも、人事異動でやむなく、あるいは娘 or 妹の志望で思いがけなく、それまでは全く興味が無かった“タカラヅカ”に、気の進まぬまま深く関わらざるを得なくなった男性達です。
《以下『ヅカメン! お父ちゃんたちの宝塚』のネタバレ御注意!》
多感な(?)小学生だった頃、いわゆる“昭和ベルばら”の洗礼を受けた世代。
俄然当然、相方共々、その当時の話題で盛り上がります!
『空前のタカラヅカブーム』と称された時代で、テレビの劇場中継番組が何度も放映されてましたし。原作も、単行本各巻のタイトルや(『燃えあがる革命の火の巻』とか『いたましき王妃の最後の巻』とか)名台詞を(『文句があるならベルサイユへ…』とか『そのショコラが熱くなかったのを…』とか)覚えちゃう位、読み耽ってました。
なのに京都住まいの数年間、一度も「宝塚大劇場へ行ってみよう!」という話にならなかったのは、全くの“一見さん”、しかも未だ学生・院生の身分では、高嶺の花に思えたんですよねぇ、たとえ関西在住でも。
東京宝塚劇場なら、もう少し敷居が低い&今なら、オンラインでチケットを買える、とは言え。やっぱり、先達が欲しい……と二の足を踏むのは、歌舞伎やオペラに通ずる所があります。
あ、娘の級友は母上が“ヅカファン”で。イイですよね〜v 親子でタカラヅカ!
「観に行くなら、阪急乗って大劇場よねぇ(ウットリ)」てな憧れもあったり。
“人生の折り返し点”を過ぎちゃった小母ちゃんの,複雑なアンビバレンスw を埋めるべく、まずは週刊朝日の書評で見掛けた『ヅカメン! お父ちゃんたちの宝塚』を読んでみました!
月・花・雪・星・宙、そして専科の、各組に因んだ6話オムニバス構成。
語り手はいずれも、人事異動でやむなく、あるいは娘 or 妹の志望で思いがけなく、それまでは全く興味が無かった“タカラヅカ”に、気の進まぬまま深く関わらざるを得なくなった男性達です。
《以下『ヅカメン! お父ちゃんたちの宝塚』のネタバレ御注意!》
2014年8月9日土曜日
汝、殺すなかれ
質問:あなたが手にしたことのあるもっとも貴重なものは?
回答:字義通りに考えれば……
己の生命を超えて『貴重なもの』は、他に無いでしょう。
質問:どうして人は殺しあうのでしょうか?
回答:Homo sapiensが進化する過程で“同種同士、殺し合える方が生存に有利”
な選択圧が掛かったからですよ?更に“同種同士、殺し合うことを禁忌
とする方が生存に有利”な選択圧が掛かったから、上記の疑問も持てる
ようになった次第。あれ、これって常識じゃ無かったっけ?
ask.fmのアカウントで、こんなメタ認知トレーニングに興じていた先月。予て気になっていた『イノサン』の作者・坂本 眞一 氏が、“歴史出典”となさっておられる『死刑執行人サンソン ― 国王ルイ十六世の首を刎ねた男』を読んだ。
応報論であれ、予防論であれ。死刑が刑罰としての有効性を発揮し得るのは、人間が己の生命を『貴重なもの』と認識しているから。そして、その極刑を執行可能なのは、人間が『殺し合える』と同時に『殺し合うことを禁忌とする』からこそ。
殺し合うことが禁忌でなければ、法の下に死刑を執り行う権威を、国家は担保出来なくなる。従って刑の実行者たる処刑人は、国家、あるいはその所有者たる絶対君主と並び立つ権威を帯びぬよう、蔑まれ嫌悪され忌避されることが必然だった。
著者の安達 正勝 先生曰く、「ひと昔前までは『しょせん、死刑執行人が書いたものなのだから』あまり信頼に値しないという雰囲気があった」らしい、『サンソン家回想録、七世代の死刑執行人』の記述へ依拠した本書。
扉から参考文献リストまで含めても、僅か253ページの新書でありながら、アンリ−クレマン・サンソン(『イノサン』の主人公“シャルロ”の孫)が執筆・刊行した、全6巻に渉る上記回想録を縦横無尽に読み解き、四代目当主・シャルル−アンリ・サンソンの数奇な生涯を、鮮烈かつ濃密に描出している。
また、一個人の評伝ではあるが、フランス革命という世界史的大事件と、死刑制度ならびに死刑執行人の変転をも、明解に叙説する進取果敢な良書でもある。従って、並みの伝記とは異なり、時系列を自由自在に渉猟する。
池田 理代子 先生が『ベルサイユのばら』で“歴史出典”となさった、シュテファン・ツヴァイクの『マリー・アントワネット』は、後に歴史上の重要人物となる、しかし当時は平凡だった者同士が、偶然としか言い様のない、されど回顧すれば運命的な、邂逅を遂げる一瞬こそツヴァイクの醍醐味、と旧い訳者が賞賛していたが。
安藤先生も素晴らしく美味なる邂逅を、二度三度と叙述する。如何にもフランス人らしくハンサムでダンディー、けれど敬虔なカソリックでもある青年が、死刑執行人の家に生まれ付いたが為、苛烈な宿命へ絡め取られていく様を、膨大な回想録から選り抜いたエピソードで、活写して余す所がない。
《以下『死刑執行人サンソン ― 国王ルイ十六世の首を刎ねた男』のネタバレ
&『イノサン』の妄想深読み(当たってたら、ネタバレかもよ〜)御注意!》
回答:字義通りに考えれば……
己の生命を超えて『貴重なもの』は、他に無いでしょう。
質問:どうして人は殺しあうのでしょうか?
回答:Homo sapiensが進化する過程で“同種同士、殺し合える方が生存に有利”
な選択圧が掛かったからですよ?更に“同種同士、殺し合うことを禁忌
とする方が生存に有利”な選択圧が掛かったから、上記の疑問も持てる
ようになった次第。あれ、これって常識じゃ無かったっけ?
ask.fmのアカウントで、こんなメタ認知トレーニングに興じていた先月。予て気になっていた『イノサン』の作者・坂本 眞一 氏が、“歴史出典”となさっておられる『死刑執行人サンソン ― 国王ルイ十六世の首を刎ねた男』を読んだ。
応報論であれ、予防論であれ。死刑が刑罰としての有効性を発揮し得るのは、人間が己の生命を『貴重なもの』と認識しているから。そして、その極刑を執行可能なのは、人間が『殺し合える』と同時に『殺し合うことを禁忌とする』からこそ。
殺し合うことが禁忌でなければ、法の下に死刑を執り行う権威を、国家は担保出来なくなる。従って刑の実行者たる処刑人は、国家、あるいはその所有者たる絶対君主と並び立つ権威を帯びぬよう、蔑まれ嫌悪され忌避されることが必然だった。
著者の安達 正勝 先生曰く、「ひと昔前までは『しょせん、死刑執行人が書いたものなのだから』あまり信頼に値しないという雰囲気があった」らしい、『サンソン家回想録、七世代の死刑執行人』の記述へ依拠した本書。
扉から参考文献リストまで含めても、僅か253ページの新書でありながら、アンリ−クレマン・サンソン(『イノサン』の主人公“シャルロ”の孫)が執筆・刊行した、全6巻に渉る上記回想録を縦横無尽に読み解き、四代目当主・シャルル−アンリ・サンソンの数奇な生涯を、鮮烈かつ濃密に描出している。
また、一個人の評伝ではあるが、フランス革命という世界史的大事件と、死刑制度ならびに死刑執行人の変転をも、明解に叙説する進取果敢な良書でもある。従って、並みの伝記とは異なり、時系列を自由自在に渉猟する。
池田 理代子 先生が『ベルサイユのばら』で“歴史出典”となさった、シュテファン・ツヴァイクの『マリー・アントワネット』は、後に歴史上の重要人物となる、しかし当時は平凡だった者同士が、偶然としか言い様のない、されど回顧すれば運命的な、邂逅を遂げる一瞬こそツヴァイクの醍醐味、と旧い訳者が賞賛していたが。
安藤先生も素晴らしく美味なる邂逅を、二度三度と叙述する。如何にもフランス人らしくハンサムでダンディー、けれど敬虔なカソリックでもある青年が、死刑執行人の家に生まれ付いたが為、苛烈な宿命へ絡め取られていく様を、膨大な回想録から選り抜いたエピソードで、活写して余す所がない。
《以下『死刑執行人サンソン ― 国王ルイ十六世の首を刎ねた男』のネタバレ
&『イノサン』の妄想深読み(当たってたら、ネタバレかもよ〜)御注意!》
2014年8月1日金曜日
毎月一日は…
各巻いずれも、美味しいもの満載な『百姓貴族』。殊に第3巻の“28頭目”は、小豆あん大好きな私めにとって、至福の一話でございました!って、“甘いものは別腹”と申しますし(違)、本日もレビュウは微妙に継続中ですw
小豆レシピとして真っ先に、「荒川さん」が挙げていらした『カボチャぜんざい』は、クックパッドでもお見かけしますけど(カボチャを『イモだんご』と同じ要領で団子にすれば、煮崩れの心配無し&モチモチ食感も楽しめますv)。
庶民はおせち料理にしか使えない、あの“高級食材”を惜しげもなく、
普段のおやつに戴くぜんざいへ、しこたま投入してしまうとは!!!
『百姓貴族』様ならではの、全く予想外な衝撃&超絶うらやまレシピ……その美味なる様を妄想しただけで、ウットリしちゃいました〜vvv って、“高級食材”が一体何なのか?お知りになりたい向きには『百姓貴族』第3巻、安定のお奨めです!
然りながら、「荒川さん」が描いておられるように、小豆の旬は秋。
そして、如何な小豆あん好きでも、真夏にぜんざい炊くのは暑苦しい。
なので専らこの時期は、本日のお題『毎月一日は…』の続きを、『あずきの日』と定めてらっしゃる井村屋さんの、『あずきバー』を賞味させて戴いております。
一見割安な、他社類似品もありますが。さすがは小豆を知り尽くした元祖、“純正品”は緻密な味わいが素晴らしく深い。そして、“赤いダイヤ”と称された昔ほどではありませんけど、天候による価格変動が大きい小豆を、妥協無くタップリ投入して下さってる訳で(実際、昨年の一時期は品切れしたことも)。
小豆あん好きにとっては、むしろコスパが良い!
それに、ぜんざいはウチでも炊けますが、更に家庭用冷凍庫で『あずきバー』自作するのは、結構しんどそうですしw(ヒント:凝固点降下)。
今年の夏は、安定供給を切望。そして末永く、愛好させて戴きたい一品です。
小豆レシピとして真っ先に、「荒川さん」が挙げていらした『カボチャぜんざい』は、クックパッドでもお見かけしますけど(カボチャを『イモだんご』と同じ要領で団子にすれば、煮崩れの心配無し&モチモチ食感も楽しめますv)。
庶民はおせち料理にしか使えない、あの“高級食材”を惜しげもなく、
普段のおやつに戴くぜんざいへ、しこたま投入してしまうとは!!!
『百姓貴族』様ならではの、全く予想外な衝撃&超絶うらやまレシピ……その美味なる様を妄想しただけで、ウットリしちゃいました〜vvv って、“高級食材”が一体何なのか?お知りになりたい向きには『百姓貴族』第3巻、安定のお奨めです!
然りながら、「荒川さん」が描いておられるように、小豆の旬は秋。
そして、如何な小豆あん好きでも、真夏にぜんざい炊くのは暑苦しい。
なので専らこの時期は、本日のお題『毎月一日は…』の続きを、『あずきの日』と定めてらっしゃる井村屋さんの、『あずきバー』を賞味させて戴いております。
一見割安な、他社類似品もありますが。さすがは小豆を知り尽くした元祖、“純正品”は緻密な味わいが素晴らしく深い。そして、“赤いダイヤ”と称された昔ほどではありませんけど、天候による価格変動が大きい小豆を、妥協無くタップリ投入して下さってる訳で(実際、昨年の一時期は品切れしたことも)。
小豆あん好きにとっては、むしろコスパが良い!
それに、ぜんざいはウチでも炊けますが、更に家庭用冷凍庫で『あずきバー』自作するのは、結構しんどそうですしw(ヒント:凝固点降下)。
今年の夏は、安定供給を切望。そして末永く、愛好させて戴きたい一品です。
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