2016年3月4日金曜日

親の光は七所照らす

「無論、今の娘の成績で京大が狙えるとは、夢にも思っていません」

父方の祖父も両親も、大学や大学院でお世話になった御縁から、魚屋の子が「オイラも魚屋になりたい!」と言っているようなもので。私がそう言い継ぐと、高校2年から娘を担任して下さっているT先生の表情に、安堵の色が顕れた。

「それより、私自身が一浪して、得したことはありませんでしたから」

現役合格を目指す方が、大事だと思います。
そこまで申し上げた所で、T先生は深く頷いて下さった。

「同感です。同じ努力を二年繰り返すのは、あまり意味がありません」

娘の高い志を尊重する一方で、大学受験の現実も心得た保護者だと、担任からご信任を頂戴し率直な本音を漏らして下されば、高2の秋の二者面談としては上々。最終的には本人の成績次第、という暗黙にして当然の了解に落着した。

***

小学5年生の娘を担任して下さったS先生へ、家庭訪問の席で詳しくお話しして以降、娘の「育ち」を、先生がたに長々とご説明することは無くなった。別段、隠したわけではない。単純に、逐一お話する必要が無くなっただけ。

保育園で、臨床心理士から障害告知・小学校低学年で、ある“事件”をキッカケに転校……なんて経緯をお知らせするまでもなく、娘の言動から「こういう子なんだな」とご了承戴ける先生がたに、恵まれ続けた旨こそ幸甚だ。

取り分け小学生のうちに、生来苦手な同級生達との関係に代え、年少者や大人との関わりをS先生に繋いで戴いた件と、得意教科の面白さを、6年の担任だったU先生がご教授下さった旨が、大きく寄与していると感謝に堪えない。

12歳にしてようやく、明瞭になってくれた“得意”は結局、大学受験で強力な“武器”となった上、おそらくは将来の“生業”へ繋がる結果にも、なりそうなのだから……

***

当方からすれば、ごく普通の学校の・ごく普通の担任と・ごく普通の信頼を結ぶことで、娘の“伸びしろ”を客観的に見積もれる、俯瞰を心得たご指導を賜れただけ。

とは言え、いろいろ問題にぶつかっても「みんな」に倣うだけで、そこそこ上手に乗り切って・まずまずの成功へ落着できる、「普通」の子育てを楽しみたいと、もし私が期待していたら。就学前にして不適応を指摘され、障害を告知されたのだから……

先生がたに対しては、感謝するどころか恨み辛みを募らせる一方、だったと思う。

実際、娘の特性を明敏に見抜いて下さった保育園のN先生から、手厚い布陣の大学受験出願をご指導下さった高校のT先生に至るまで。「普通」の親御さんはどの先生に対しても何某かの不平不満を、「みんな」に倣うお約束であるかのように必ず仰っていた。

乳幼児にしてハッキリと、自閉圏の特性を発現していた娘は、「みんな」に倣うだけでそれなりに楽しめる「普通」の子育てに代えて、先生がたと信頼を結び知恵をお借りして協働する、敬愛と感謝に満ちた子育てという尊い経験を、母親に与えてくれたのだ。

告知を受けた当時、旧来の基準なら高機能自閉症という診断が妥当だったほど、顕著な遅れを呈していた娘が、先生がたへご心労をおかけしつつも、「みんな」の「普通」な価値観で難関とされる大学に現役合格した件は、親の七光りと評されるかも知れない。

しかし、娘の「生き方」を照らした『親の光』は、私の学職歴や学位ではなく
娘の「育ち」に関わって下さる皆様へ向けた、私の好奇心と敬意と仁愛であり

照らし出せた『七所(ななとこ)』は、ごく普通の学校の・ごく普通の担任と・ごく普通の信頼を結ぶことに専心した、「配慮と我慢」の為所(しどころ)だったと自負している。

娘にとって自身の“多様性”は、承認は出来ても、納得が叶わぬ障害だけれど……
私にとって彼女の“多様性”は、願っても経験出来ない、稀有な邂逅なのだと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿