2016年6月14日火曜日

知ゆえに惑い 仁ゆえに憂う

前々回の記事で言及いたしましたように、お子さんの「育ち」の場で醸成される「文化」こそ「うまくいっちゃった」ケースへ落着させるため最も重要な徳目、とご教授下さったのは、Z会進学教室・渋谷教室長の長野 正毅 先生でしたが……

「かわいい子」とは思っても「かわいそうな子」と思うべきではない。

すなわち「情緒的」ではなく「合理的」であることこそ実の親が施す「自家製療育」の要諦、という認識と受容を支えて戴いたのは、沖縄でご活躍の精神科医・やんばる先生こと後藤 健治 先生のブログ『意味不明なヒトビト』でした。

保育園で「詳しい検査を受けた後、主任保育士のN先生を介し、障害告知と共に定期観察をご提案戴いた時点で、専門医の受診については「様子を見ましょう」と先送り。そして、年長組まで検査と観察を続けて下さった上、就学前健診を控えた秋に担当の臨床心理士さんから戴いたのは、「普通学級で大丈夫でしょう」との結論だった一方……

娘の予後が良好だったのは、幸運にも保育園での活動に療育的な要素があり、一緒に通園していたお友達のご家庭も含め、「うまくいっちゃう文化」が醸成されていた賜物でした。小学校で行われた健診当日、娘は校長先生との面接で終始緘黙。保育園では何度も予行練習して下さったのに、初対面の相手にフリーズしてしまう顛末だったのです。

まさしく、やんばる先生曰く『たまたま環境に恵まれていたり、努力の結果として表面上世間に適応している人は「医学的には発達障害と診断されない」という問題』で……

幼児期のスクリーニングに携わった心理の専門家が仰る「普通学級で大丈夫」との結論は、親御さんの心情を慮る余りか、「学びの環境を整え、ご家庭での努力を積めば」という条件を言外にされてしまいがち。障害の受容までフォロー戴けない職責の曖昧さも仇となり、就学後の「合理的配慮」が「情緒的庇護」と勘違いされる一因とも拝察しており、公認心理師法の施行に当たって、抜本的な改革を強くお願いしたい問題点です。

2016年6月4日土曜日

Good for You! Just for You?

『自閉症という謎に迫る 研究最前線報告』を改めて精読した動機は、高機能自閉の一症例として目の当たりにした娘の成長が、まさしく『かくも不可解な』としか言いようのない不思議に満ちていた事実へ、重ねて抱いた好奇心と敬意と仁愛でした。

なにしろ娘本人は、親も気付かぬ間に療育を“卒業”しておりましたもので。無論、自閉圏当事者に有りがちな「勘違い」は時折やらかすものの、指摘されればイケずな理系女子にも文句の付けようが見つけられぬほど理の通った自己分析で応えますから、「自家製療育」のメンターを気どる私は弟子から暇を言い渡されたも同然だったり。

子育て現役世代の皆様がたへ、合理的配慮の真髄をご提案すると同時に、敬愛する心を繋いで戴きつつ。放っておいてもひとりで群れずに、しかし他者に対する受容・信頼・配慮の間合いを弁え、勉学に精進・助言を拝聴・人脈を尊重しながら、将来への希望を具現化して行く娘の「成長体験」を、半ば驚嘆しながら絶賛観察中です。

という次第のおかげさまで、一息ついて気懸かりなのは、同年同月に数日だけ娘に先んじて生まれた従兄弟が、再度の大学受験で迎えた顛末。中学受験の準備を始めた小学4年以降は全く疎遠となり、一昨年の初冬に亡くなった祖父の告別にさえ、姿を現さなかったA君は、果たして彼なりの「成長体験」を積むことが叶っているのかどうか……

実は、春休みが終わろうとする3月下旬、大学初年度の報告を兼ねて、娘を祖母(私からすれば義理の母)の一人住まいへご挨拶に赴かせたのですが。祖父の仏前へ成績表(が未着だったので、学内SNSの「単位取得状況」プリントアウト(^_^;)を供えたり、不調法な嫁がお邪魔するよりもと、娘へ託した手土産を喜んで下さったりした一方、A君の動静は話題に上らず。

志望校合格発表は例年3月10日(短い間ながら、お給金を頂戴していた経緯もあり心得ておりましたから、後日、義母から届いた丁寧な礼状でも、A君の進路が一切言及されていないのは、頑なに疎遠を固持して報告が無いのか・再三の大学受験を選んだ旨を話題にしかねるのか、一体どちらなのだろう?と無愛想な叔母なりに気を揉んでおりました。