2019年1月31日木曜日

成長の緒は成功ジャナクテ自由意志

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

***


事務所に移動してもらって、作業をしてもらいました。アルミ製のラックを組み立てるのです。一緒にスタッフが協力しますが、50代男さんが全て指示を出します。   
20分ほどで出来上がりました。「すごいですね。丁寧に できましたね。」「次は なんの作業ですか?」   
「この作業が できない人たちが います。どう思いますか?」 
「こんなことは 誰でも できます。できない人は、障害者の人でしょう。」と50代男さんがイライラして僕に言いました。    
「はい、できない3人は、ヒロさん、山田さん、そして僕です。」僕と聞いて 僕の顔を じっと見つめる彼です。   
「確か東大 出ているんですよね。東大出てても できないの?」 
「はい、東大ではラックの組み立て方も重なった蚊取り線香を1枚だけ離すことも 教えてくれなかったです。」   
「そんなもん 教えんわな。」 
「そうなんです。教えるまでの ことでもないのです。」「他の人にとって簡単なことが 僕やヒロさん、青木には とても難しいことなのです。」   
「青木先生は賢そうな人に見えたけれど。頭が悪いのか?」 
「いいえ、そういうことではありません。青木は図工や体育が1か2でした。集団行動ができません。絵は幼稚園児が描く程度です。」  「しかし、ひきこもっている人たちの支援に関しては、大きな成果をあげています。青木と肩を並べる人はそうはいないでしょう。」  「できないことは できるようにすれば いいだけなんです。」「時には誰かに手伝ってもらっても いいんです。」   
「だったら、僕は何もしなくて いいことになるな。」 
「違います。努力すれば できるのに、しないことは よくないことです。今あなたが していることは、努力して できるように することなのです。」

***

青木先生の『50代男さんは、3年間支援を受け続けた後、自立できるように』なるというご高察、5年の支援を要した大野さんより2年も短い支援で自立できるだろうとのご見解ですから、私が前回『筆致から窺えるドラゴンズさんのお人柄が、大野さんの最初の記事と比較しても、さらに高潔で慈愛を兼ね備えた知性を有して』おられると述べた「確信」に対する答え合わせと解釈させて戴きつつ、有り難く拝読いたしました。

青木先生が『思いつきではなく、4年間 50代男さんを見続けてきたことから そう判断』なさったように、私も単なる思いつきではなく「50代男さん」ことドラゴンズさんが綴って下さった2篇の記事を、文言文章の語義のみならず行間までを熟読熟考し「東大さん」こと大野さんに優るほど高潔で慈愛を兼ね備えた知性を「確信」したのです。

それに加え丁寧に時間さえ掛ければ、重なった蚊取り線香も折らずに分離できたり、ラックの組み立ても難なく完成できたり。一見すると『海外に僕を連れ出した後に香港経由で僕を売り飛ばす計画を企んでいる悪人』風な青木先生のご容貌も、『賢そうな人に見えた』とお人柄を看破してらっしゃるあたり、歯に衣着せぬ物言いはご無礼ながら大野さんよりずっと五感や認知の凸凹は小さいだろう、と私はお見立てしております。

それでは何故、ドラゴンズさんは大野さん同様に30年も、ひきこもってしまったのか?

詳しいご事情は、ドラゴンズさんの文章に語って戴く機会を待望すべき処ですが、現状で留意しておきたい不備不足は『努力して できるようにすること』すなわち自己投資の意義を、未だに全くご存知ない旨。大野さんからの『誰かに手伝ってもらっても いい』という声掛けに、『だったら、僕は何もしなくて いい』と応ずるのは、横着な怠け者であるように一見されますけれど、その実は自己承認が低すぎる所為なのです。

ドラゴンズさんが吐いた弱音が山田さんの愚痴とそっくり同じなので、「見えない/認知できないものは ないものと同じ」多様性をお持ちな自閉圏の大野さんでも、『支援を受けなかった山田さんの20年後が、50代男さんなのかと妙に納得』お出来になったとおり、まずは成長の礎たる自己承認補塡する対策が急務と、私には拝察されます。

そして成長の緒(いとぐち)は、謹厳な報告・連絡・相談で本人のフリーハンド=自由意志を尊重する対等の関係性があってこそ、つかめるもの。

専門家の「上から目線」で「失敗体験を上回る成功体験」などという無理ゲーを押し付けるのではなく、支える側も自らの自己理解自己承認自己投資という源・礎・標を意識しつつ、一緒に成長を志す覚悟があってこそ「みんな」より遙かに大きな多様性を担って生まれた彼らの成長の扉を押し開けるのだと、私は「確信」しているのです。

2019年1月30日水曜日

『魔法のことば』はありますよ

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

***

2019-01-29
2013年 5月4日 9時
品川プリンスホテル マウナケアにて 東大。

彼が重い口をひらいて言いました。「私が やり通せるという その根拠はなんですか。」と。   
「4年間あなたを見続けてきたことからだね。」 
「青木さんは、私がゴールにたどりつけると確信しているのですね。」 
「はい、確信しています。」   
「わかりました。よろしくお願いします。もう弱音を吐いたりしません。」   
「弱音は吐くさ。なんどもなんども 失敗して、弱音を吐く。」「でも、また立ち上がれるように僕たちがするから大丈夫。何も問題はない。」   
2人の会話を聞いていた僕は、感動してしまいました。そして あの時を思いだしたのです。   
品川プリンスホテル2階の喫茶店「マウナケア」のレジ横の4人がけテーブルに青木と僕は真向かって座っていました。僕は青木が怖くて仕方がありませんでした。   
親には良い顔をしているが、一旦海外に僕を連れ出した後に香港経由で僕を海外に売り飛ばす計画を企んでいる。青木の顔を見たら、ますます そんなことをしている悪人に見えたのです。僕は そう確信していました。   
そんな時に、青木が強く そしてクリアな声で、僕に囁いたのです。    「会えて嬉しいです。ありがとう。ここまで来るのに怖い思いをしたでしょ。」まさか そんな言葉を聞くとはも思っていませんでした。   
続いて こうも言いました。「人生を一緒に変えよう。時間は気にしない。どこまでも ついていくから。」と。   
私は「はい。」と 自分でも びっくりするくらい大きな声で 返事をしました。そして その日から2週間後、私は 30年間のひきこもりからフィリピンの喧騒の中に移動したのです。   
面談が終わり、レジまちをしていた時に、青木が言いました。「あなたの人生は良い方向に変わる。そして助けを求めている人を助ける側になる。結婚もするよ。」と自分で 話して、自分で うなづいていました。

***

「みんなと同じ」なら就活に励むべき3回生の秋学期から4回生の秋学期まで、拙宅の娘を卒業研究へドップリ注力させた所以は、指導教授やゼミ仲間と議論を交わしつつ長い論文を執筆する作業も、彼女の「特別な」人格支援プログラムを兼ねていたからです。

娘への自家製療育を本格化に始めた小学校低学年以来、『読む。考える。そして、書く。』ことは、既に主要なプログラムになっていました。五感や認知の凸凹が障害をもたらすと看破した当事者研究については、未だ寡聞にして存じ上げない当時だったものの、一応の教育学を修めた観点から、就学前に指摘された娘の「聴く/話す」「比べる/選ぶ」力の極端な不備不足を補うには、「読むこと」「考えること」「書くこと」を通じ群れずにひとりで行動できる力を養うのが有効だろうと、私は推察したのです。

加えて大統領さんヒロさんをはじめ、当事者の皆さんと文章を通じて遣り取りを重ねる幸甚に恵まれ、この推察は「東大さん」こと大野さんの言葉を拝借すれば『書くのは、大きな回復プログラム』という確信へ熟しました。「みんなと同じ」教育課程に倣った就活という「普通」の経験ではなく、メンターや仲間と議論しながら都内各所で渉猟した膨大な資料を『読む。考える。そして、書く。』という経験をこそ、娘の多様性に沿った人格支援プログラムとして果断した根拠は鉄板だった、と自負しています。

「50代男さん」ことドラゴンズさんに対し、おそらく大野さんは『ハンディを持っている方と見られてしまうような』外見に囚われがちゆえに、『僕たちが設定した支援のゴールに たどりつけるのだろうかと』不安が兆すのでしょう。実際に青木先生と会って『顔を見たら、ますます そんなことをしている悪人に見えたので』誤った認知を『確信』と思い込んでしまった当時と、全く同じ現象が心に生じてらっしゃるようですね。

さりながら「50代男さん」が自ら綴って下さった2篇の記事を、拝読するほか接点の無い私は、その筆致から窺えるドラゴンズさんのお人柄が、大野さんの最初の記事と比較しても、さらに高潔で慈愛を兼ね備えた知性を有しておいでだ、と確信するのです。

自閉圏の大野さんが「見えない/認知できないものは ないものと同じ」多様性をお持ちなのは承知しておりますが、たとえ見えなく/認知できなくても『魔法のことば』は確かに「ある」ことを、この機会に是非ご経験戴きたいと蔭ながら願って止みません。

【拙ブログの関連記事】『待ち設ける親 と 伸び行く子

2019年1月29日火曜日

人格支援の極は恋愛指南

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

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2019-01-28
機械人間が血の通った人間になっていく。Mr.Joe

圧倒的な経験不足です。その経験不足を今、補っているのです。  
嘆いている時間は私には ないのです。が、本当に女性との関わり方が わからないのです。スタッフから色々と指摘されて、「あああ、そうなのか!!」と新鮮に驚く日々です。   
スタッフさんとは擬似デートをします。現場で教えてもらうのが1番身につくそうです。   
「Joe!!  女性をおいて、どんどん歩いて行ってはダメでしょ。いつも女性の歩く速さに合わせなさい。」   
「Joe、はずかしがらない!!  相手の鼻の上あたりを見て話しなさい。」   
私は これが1番苦手でして、どうしても相手の目を見てしまうのです。そうしますと、強烈に照れてしまうのです。   
照れが続くと、逆に目線を外すことができなくなってしまい。気を失いそうになります。   
または体を右、左と くねくねさせて しまいます。「Joe、体をくねくねさせない!! それはゲイの人たちに よく見られる仕草だから、誤解されるよ。」   
そう言えば、スタッフから こう聞かれました。「Joeは男性を好きになったことが ありますか? 化粧に関心があるとか?」    
「いやいや、僕は女性だけしか興味ありませんよ。」とは答えておきました。どちらの性なのか悩んでいる人も いるみたいですね。僕も そのように見られていたわけです。    
ほとんうに色々なことが あるんだなと おもいましたね。   
でも新しくわかったことが増えて、知らなかったことが減っていくというのは、とてもいいもんですよ。スタッフとのレクチャーは とても楽しいんですよ。   
なんだか機械人間が少しづつ、血の通った人間になっていくような気がします。

***

「みんなと同じ」なら就活に勤しむべき3回生の秋学期から4回生の秋学期まで、拙宅の娘を研究調査と論文執筆へドップリ注力させた所以は、卒業研究の内容が彼女の多様性に沿って誂えた「特別な」人格支援プログラムも兼ねていたからです。

特別すぎて身バレの危惧があるため詳細は書けませんが、小学6年の担任だったU先生に開眼させて戴いた社会学への興味関心を活かし、他者と交わりつつデータ収集する参与観察を用いた研究は、『圧倒的な経験不足』ゆえに年齢相応の心を育めなかった『機械人間が少しづつ、血の通った人間になっていく』上で経験を補うのに最適でした。

要はサポートセンターで実践なさっている『教育的な支援』を、数年来勉強させて戴いて参った成果として、娘の高等教育の最終課程へ応用することが出来た次第。お陰様をもちまして、研究論文が完成&4年間での大学卒業が確定するとほぼ同時に、生まれて初めて挑戦した就職面接で全く意想外だった合格を頂戴することさえ、叶いました。

とは言え、人格支援の山場は『社会人になった最初の数年間』でしょう。

大学合格を機に、自分の障碍を客観的に認識し主体的に配慮出来るようになって来た娘ですが、「障害」として行動化せぬよう自己を制御することは未だ完遂が叶っていません。彼女の就職志望先は何処も自宅から遠く離れているので、今まで私が務めていた「メンター(仮)」を娘自身のメタ認知が担えるよう、一層の人格支援が必須なのです。

つい先日も、卒論提出と就職面接のスケジュールが重なったストレスゆえか、娘の表現をそのまま借りれば「奇行」と称すべき大失敗を、行動化させてしまいました。現在 Mr. Joeや「東大さん」こと大野さんが受けておられるような、将来の伴侶を探すための恋愛指南へと極まるまでもうしばらく、彼女への人格支援は継続が必要な模様です。

【拙ブログの関連記事】『あなたが あなたで あるために

2019年1月27日日曜日

『魔法のことば』が効きました

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

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できないことが あまりにも多くありすぎて、残された時間を考えると、忍耐強いスタッフたちも焦るのは当然です。50代男さんが必死に頑張っているのは わかるので、スタッフたちは余計に あせるのです。   
30年間ひきこもった男の人の支援よりは、20代、30代の まだ将来性が多く残っている人たちの支援の方が、正直やっていて楽しいです。   
日本に帰る飛行機の中で、スタッフから なんども今後のスケジュールを確認された彼です。   
しかし、帰国した翌日に事務所に電話をかけきて「帰国は1月下旬に なりませんか。」と たずねてきたのです。   
電話に出たのが1番厳しいスタッフでした。 
「延期する理由が ありますか?」 
「・・・・・・」   
「ゆっくりしたいなら、ずーっと ゆっくりしても いいんですよ。決めるのは私たちでは ないですから、あなたが あなたの将来を決めることが できるのです。」   
「わかりました。ごめんなさい、予定通りフィリピンに帰ります。」   
私は空港に彼を迎えに行ったのですが、会えませんでした。彼は自分でタクシーに乗り、自分のマンションまで向かったのです。   
「ハーイ、東大さん、元気ですか? ごめさんなさい。突然ひとりでタクシーに乗ってみたくなりました。興奮して電話するのが遅れました。」「ハッピーニューイヤー」   
私からの電話に出た彼。全部 英語だし。ペラペラ大きな声で しゃべっているし。   
これは電話だ、電話。青木に、日本のスタッフに、報告です。

***

2019-01-27
50歳は まだ大丈夫なのですか? ドラゴンズ

「本当に これで充分なの?」「これで もういいの?」「もっと ありがとうを言われたくないんですか」とスタッフさんが僕に機関銃のように聞いてきました。    
「・・・・・・」   
自分で考えてみました。   
「もう年ですから。これで充分なんです。」と答えました。 
「僕は充分じゃない。僕は幸せになりたい。結婚もするし、子どもも与えられて、幸せな家庭を築くんです。」と東大さんが びっくりするくらい大きな声で僕に言いました。   
「もう50ですから。」と私が言いました。
 僕は まだ57歳です!!」「青木と一緒にバンドを組んで、フィリピンの素人音楽コンテストに参加するのが夢なんです。」  
 僕は黙ってしまいました。   
車の窓から流れる人や風景を眺めていました。「ここは日本じゃないんだ。」と なんども つぶやいていました。   
私の住むマンションに着きました。私は車から降りる時にスタッフさんに質問しました。   
「僕は大丈夫だと思いますか。」 
「大丈夫です!!」と3人のスタッフが声を合わせて言ったので、少し笑ってしまいましたし、3人のスタッフも笑っていました。   
「あなたが まだ変わりたい と思い続ける限り、私たちは あなたの側で支援をしていくから。何も心配は しない!!」

***

「東大さん」こと大野さんが、昨日の記事をブログへアップして下さったのは、日付が変わる直前でした。たぶん「50代男さん」ことドラゴンズさんが、この2本目の記事を書き上げられるかどうか、ギリギリまで待機して下さったのでしょう。

今はピンチヒッターにも難なく即応お出来になる大野さんですが、ブログを書き始めた当初は、なかなか2本目の記事が出ませんでしたっけ……きっと大野さんは書きあぐねてらっしゃるだろうと一番乗りでコメントさせて戴いた『励ます力』を、今度は大野さんからドラゴンズさんへ繋いで下さっている旨、何よりも有り難く拝読いたしました。

ドラゴンズさんを覚醒させた『魔法のことば』は、『1番厳しいスタッフ』さんが補塡して下さった『あなたが あなたの将来を決めることが できる』という自己承認。

そして成長の緒(いとぐち)は、謹厳な報告・連絡・相談で本人のフリーハンドを尊重する支援があってこそつかめる、という拙論への答え合わせに改めて御礼申し上げます。

【拙ブログの関連記事】『成長の標は成功ジャナクテ自己投資

2019年1月25日金曜日

成長の糧は成功ジャナクテ「報連相」

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

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2019-01-25
3年の支援で就職を果たした場面緘黙少年。 東大

食事の時間は大切な経験獲得のプログラムとなる。朝食は毎日、違うコンビニに、名古屋駅前の各デパートの地下食品売り場の半額時間にも繰り出した。   
支援している彼よりも、スタッフが年甲斐もなく高級寿司半額商品をゲットして喜ぶ。楽しい時間なんです。   
毎回、食事は朝食以外はスタッフと食べた。もちろん何も話さない。話しかけても何も答えない。そんなことは構わずに、彼に色々な話題を楽しそうに話しかけるスタッフ。    
アルバイト最後の日。青木が奮発して、美味しい魚料理の店に彼を連れて行く。   青木が頼んだ料理が運ばれてくる。「食べてごらん。」と すすめる。かすかに表情が和らいだ感じがする。   
「美味しいだろう。」「本当に美味しいな。」「あああ、生きてて よかった。」   
と青木が呑気に喋ったら、彼が笑いそうになった。それを すかさず我慢した。   
「遠慮しなくて笑えばいいさ。」「どうだ、美味しいだろ。これも食べなよ。」と自分の分もあげる青木。   
「美味しいな。」と青木が言った瞬間。「はい。」と小さく声を出した。   
思わず心の中でガッツポーズをした青木。「ちょっと、トイレに行くね。」と言い、スタッフに電話をした青木。   
「やった!! 話してくれたよ。大丈夫だ、回復できるさ。」

***

お母様が『福祉の現場で働いてみえるので、発達障害の知識があった』ゆえに、高校在学中から早々に就労支援の「予習」を果断なさった「場面緘黙少年」さんのケース、拙宅の自家製支援に対する答え合わせとして、たいへん有り難く拝読いたしました。

実は『「藁」を糾えない文化』と題した拙文で言及させて戴いたお子さんも、就活がうまく進まない直接の理由は緘黙でした。発達障碍の診断が下されていたため場面緘黙という用語は記しませんでしたが、就職説明会の面談や採用試験の面接はもちろん、大学のキャリアセンターや学生相談室でさえ、首を傾げたまま沈黙してしまうのです。

緘黙について拙ブログでは、私説ながら『謂わば「脳内ひきこもり」の徴証』と論考しております。福祉関係のお仕事に就いておられる「場面緘黙少年」さんのお母様が、『就職も次の学校への進路にも踏み出せないに違いない。このままでは卒業後に ひきこもってしまう』とお考えになった旨も、専門職からの貴い答え合わせとして拝読。

たいへん遺憾ながら『「藁」を糾えない文化』に綴ったご家庭のお子さんは、就学前に発語発話の大幅な遅延という兆候が見られたにも関わらず、親御さんが我が子を成功へ導けるよう先回りして失敗を避ける(失敗しても見て見ぬふりが出来る)段取りを整えておく策のみへ奔走なさってしまいました。中学では軽微ながら「いじめ」を受けていた気配もありましたし、高校では口頭発表行事をエスケープするという「脳内ひきこもり」が発現したのですが、いずれも「学業成績は優秀だから大丈夫」と看過してしまった。

加えてお気の毒だった失策は、お子さんが大学へ進み緘黙がいよいよ深刻な障害へ増悪していくにつれ、お母様が我が子に対するサポートを専ら料理の腕を振るうことへ注力してしまったこと。朝食は無論のこと、昼食は愛情が込もった手作り弁当、夕食も必ずご自宅で温かい手料理が待っているというのは、「みんなと同じ」文化なら非の打ち所が無い「良いお母さん」ですが、障害と診断されるほど大きな凸凹を生まれ持ったお子さんには、却ってフリーハンドを完全に奪取する顛末となってしまいました。

定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なればこそ、「みんなと同じ」育ちの過程で積める経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまいます。非の打ち所が無い「良いお母さん」として成功の段取りを仕切るのではなく、普段の食事も『大切な経験獲得のプログラム』と捉え、たとえ我が子/当事者の応えは沈黙でも謹厳な報告・連絡・相談で本人のフリーハンドを尊重する日常が、成長の糧となるのでしょう。

【拙ブログの関連記事】『緘黙する子 と 優しいお母さん

2019年1月24日木曜日

『魔法のことば』をありがとう

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

***


1度目の古着を配布していた時に、仲良くなった女の子が できました。素敵な笑顔を私に くれます。そして、私に話しかけて くれたのです。   
「おじさんの住んでいる日本は どっちの方向なの。」たわいもない話題が多いです。   
しかし、「お母さん 病気で寝ているよ。私が妹の面倒を見ているけど、そしたら私は学校に これないんだ。」と寂しそうな顔をして話してくれました。   
私は何かしたくて「おじさんは病気が治る魔法のことばを知っているから、今からお祈りしてあげる。」と言いました。「チチンプイプイ・・・・・・」    
「お母さんの病気は これで治るんだ!!」女の子は飛び跳ねて喜んでいました。  
2度目の訪問。私は その子の姿を探しました。見当たりません。   
校長先生に聞きましたら「長いこと休んでいる。」とのこと。青木さんに「その子の家を訪問したい。」と頼みました。でも、とても足場が悪いので、行けないとと言われました。    
3度目の訪問、4度目の訪問。彼女の姿を見ることは できませんでした。そして今回。   
彼女と出会うことが できました。「おじさん、魔法のことば効いたよ。お母さんね、病気が治ったの。」と満面の笑みを浮かべて、私の所に駆け寄ってきてくれました。   
わたしは大泣きしてしまいました。私にとって初めての友達のような気がしました。私に話しかけてくれた そのことだけで、もう充分でした。

***

はじめまして、「ドラゴンズ」さん。
「ヒルマ」と申します。

50代の女性で、ちょっとだけドラゴンズさんより年上です。
「ヒルマ小母ちゃん」とお呼び戴くのが、一番シックリ来ると思います。

まずは、ドラゴンズさんへ「ありがとう」とお礼申し上げます。

初めての「ボランティア活動」参加で、さぞ緊張なさっておられたでしょうに、女の子の『寂しそうな顔』を見逃さず『病気が治る魔法のことば』で祈って下さったからです。そして二度目の訪問で校長先生からその子が『長いこと休んでいる。』と伺った時、青木先生へ『その子の家を訪問したい。』と頼む勇気を奮って下さったからです。

私も初期癌摘出後の療養中で、今は順調に経過していますが、入院中は娘が家事の面倒を見るため、学校へ行けなかった日もありました。霊験あらたかなドラゴンズさんの『魔法のことば』に肖って、拙宅でも「チチンプイプイ……」とお祈りしてみます。

ドラゴンズさんは『私はお願いすることしかできません。』と書いておられますが、お願いして下さる人・祈って下さる人がいらっしゃるというだけで、私たちは大きな『励ます力』を『仲良くなった女の子』がそうだったように感じることが出来るのです。

癌に罹患してしまいましたから、娘が自立した後でも就職して『働くことは難しいのは わかっています。』『でも死ぬその時までに、何か人の役に立ちたいと思って』いる気持ちは、ヒルマ小母ちゃんも全く同じ……こちらこそよろしくお願いいたします。

【拙ブログの関連記事】『ママは いつでも 元気だよ

2019年1月22日火曜日

人格支援の要は「ホウレンソウ」

この4年あまり、発達障碍の二次障害で通うべき所へ通えなくなってしまった当事者・ご家族・支援者の日常を、拝読拝聴する機会に様々な奇遇で恵まれて参りました。

その『励ます力』を繋ぐ御縁に接しつつ私が抱き続けていた疑問は、お子さんがひきこもりへ到り長期に渉って継続してしまうご家庭と、すったもんだがありつつも再び通うべき所へ通い続けられるご家庭を、分かつ決め手は一体なにか?ということです。

ひきこもりのハイリスクを抱える我が娘への対処を学ばせて戴く、との必用も無論ありましたが、そもそもは私自身の好奇心が喚起して止まない疑義。そして当事者さんへの敬意と仁愛が主導するSense of Wonder の俯瞰を広めるにつれ、ひきこもりに陥るか否かを分かつのはお子さんが抱える障害特性の軽重より、むしろお子さんを取り巻いていた育ちの環境=家庭の文化が累積してきた日常である旨、徐々に拝察されて参りました。

***

2019-01-21
ひきこもっている自分への罰 東大。

家で じっとしていることしか できない奴は、最低限の生活をするべきなんだ。     
誰からも そんなことを言われたことが ありません。でも世の中の皆さんは 僕の存在を知ったら、そう思うはずだ と思っていました。    
だから生きていくことは とても辛かったのです。そんな僕の悲しみを知らずに、僕の心臓は止まることをせず、身体中に血液を運んでいるのです。    
 同じ服を着続けていました。えりがボロボロでした。    
服は二着しか持っていなかったです。見かねた母が買ってきた服にも袖を通さずにいました。ある時、僕の愛用の服の代わりに、真新しい服が僕の部屋に置いてありました。     
「お母さん、僕の服は どこにあるの?」「服って、あのボロボロの服でしょ。捨てたよ。」「どこに捨てた!! ねえ、どこに捨てたの。」   「いい加減にしなさい。服なら いくらでも買えるでしょ。」 
「せめて、服ぐらい新しいのを着なさい。」僕は、母の返事を待たずにゴミ箱から僕の服を探し出しました。     
そして、母が買ってきた新しい服をゴミ箱に捨てたのです。    
今思い出しても、申し訳ないことをした と思っています。母が生きている間に そのことを謝ろうと思っていましたが、謝る機会を逸してしまいました。    
新しい服を着ることが怖かったのです。何もできない、何の役にも立っていない人間が新しい服など着てはいけないのです。僕にはボロボロの服が お似合いなのです。    
今思えば、僕は僕に重い罰を与えていたんだと思います。

***

2019-01-22
これからのこと。最終回です。山田。

「多分、親に対しての質問があるよ。」とスタッフが ぼくに言いました。    
父親は 子育てに無関心な感じです。いつも仕事に逃げている。あまり感情も無い人ですね。   
母親は あまり いろんなことが よくわかっていない人 ではないかと思います。上品ですが、たくましさが無いです。色々なことで よく泣いていました。    
母親は、僕が学校に行かないことを、祖母から随分ひどく責められていました。母親のせいでは無いのに、責められていた。父親にも相談したれけれど「俺は仕事で忙しいんだ。子育ては お前の仕事だろ。」と怒っているのを僕は聞きました。   
それで、僕は自分の存在を憎みました。「僕がいなければ、母親は楽になれるのに。」って。   
母親に対しては申し訳ないと思っています。祖母は絶対に許せません。   
でも今は、日本から離れて良かったと思っています。

***

山田さんのケースも「東大さん」こと大野さんのケースも、青木先生の仰る範疇では『親子間でコミニュケーションが常日頃あり、親のことを信じてくれている』ご家庭に入るのでしょう。多少の紆余曲折はあったにせよ、ご本人が『サポートセンターの情報を伝えられ』ることで支援の伝手を掴み、ひきこもった期間より遙かに短い時間で社会と呼応する知恵を育まれ、回復の目途へ真っ直ぐ向かっておられる事実が証左です。

しかし観点を変えると、『親子間でコミニュケーションが常日頃あり、親のことを信じてくれている』すなわち親御さん(主にはお母様)が「ひきこもらせない文化」を醸成するよう努めていらしたにも関わらず、どうしてお子さんが長期間のひきこもりへ陥ってしまったのか?を考察する上で、非常に多くの啓示を与えて下さるケースとも言えます。

「東大さん」こと大野さんの経緯については、以前に『緘黙する子 と 優しいお母さん』と題した拙文で『当事者が『とても頭が固いというか融通がきかない』タイプである場合は独りでに自らの脳内で「ひきこもる文化」を構築する』、そして『過ぎるほどに優しい生育環境が苦手の忌避を助長/障碍の自覚を遅延し、失敗の蓄積と昇華が阻まれた』『家族以外の「大人」との関係性を、「かわいそう」と阻む庇護は「脳内ひきこもり」を20年30年へ引き延ばす』といった解題を、僭越ながら試みさせて戴きました。

さらに今回、大野さんが綴って下さった想い出と山田さんが文章にして下さった印象を考え合わせると、遺憾ながら「優しいお母さん」がたが息子さん達の長期ひきこもりを防げなかった所以は、やはり我が子の人格への無意識な癒着、つまり子の為した成功や失敗へ親御さんご自身の自己承認が依存しきっていた因果、と結論せざるを得ません。

前回但し書きしたとおり、我が子の為した成功へ無意識に縋り、親御さんがご自分の自己承認を修復したいと欲することは、「みんなと同じ」文化に於いてはごく自然な感情です。さりながらお子さんが、成功より失敗の方が遙かに上回ってしまう凸凹を生来抱えていた場合、我が子の人格へ親御さんご自身の自己承認が癒着したままですとお子さんが陥った「脳内ひきこもり」へ共に引き摺り込まれ、平らかで大らかな対等の親子関係に基盤する『まずは落ち着ける』日常が実現不可能になった、と拝察されるのです。

具体的な瑕疵は、お母様が息子さんの『愛用の服』をボロボロでみすぼらしいから『せめて、服ぐらい新しいのを』というご自分の価値観のみで、当人に報告・連絡・相談せず捨ててしまったこと。加えてご自分の価値観のみでお選びになった新しい服を、当人に報告・連絡・相談しないまま『部屋に置いて』非言語的に「着なさい」とお命じになったこと。辛辣な表現をご容赦願えば、我が子の人格を悪意無く、けれど平然と親の所有物であるかのように扱い続けた結果、「脳内ひきこもり」を引き延ばしてしまった。

大野さんは『今思い出して』ようやくお母様の非言語的な命令に込められた遣る瀬無さを汲み取り、『謝る機会を逸して』しまった不孝を後悔していらっしゃいますが、私は『新しい服を着ることが怖かった』当時の隆さんの繊細な感覚を、優しいお母様さえ『よくわかっていない人』だった過去へ、実に無念な齟齬と悔やまずにはいられない。

繰り返しになりますが日本の「みんなと同じ」文化に於いては、大野さんのお母様の感性は至極普通で鈍感と非難される謂われはありません。されどボロボロの服を見かねたお母様が、しかし息子さんの人格を尊重し「なぜ同じ服ばかり着続けるの?」とご自分のお気持ちをまずは報告・連絡・相談して下さる謹厳さを備えていたら、隆さんが30年近くも重い自罰を背負う顛末は無かったと妄想する敬愛を、私は抑えられないのです。

【拙ブログの関連記事】『「変な子」と「変なお母さん」』 『ひきこもらせる文化

2019年1月21日月曜日

成長の鍵は成功ジャナクテ人格支援

この4年あまり、発達障碍の二次障害で通うべき所へ通えなくなってしまった当事者・ご家族・支援者の日常を、拝読拝聴する機会に様々な奇遇で恵まれて参りました。

その『励ます力』を繋ぐ御縁に接しつつ私が抱き続けていた疑問は、お子さんがひきこもりへ到り長期に渉って継続してしまうご家庭と、すったもんだがありつつも再び通うべき所へ通い続けられるご家庭を、分かつ決め手は一体なにか?ということです。

ひきこもりのハイリスクを抱える我が娘への対処を学ばせて戴く、との必用も無論ありましたが、そもそもは私自身の好奇心が喚起して止まない疑義。そして当事者さんへの敬意と仁愛が主導するSense of Wonder の俯瞰を広めるにつれ、ひきこもりに陥るか否かを分かつのはお子さんが抱える障害特性の軽重より、むしろお子さんを取り巻いていた育ちの環境=家庭の文化が累積してきた日常である旨、徐々に拝察されて参りました。

***


ご両親が このブログを読み続けてくださっています。お子さんに このブログを読ませたいそうです。    
まだ希望は あることを 息子さんに伝えたいそうです。それで、息子さんに このブログを伝えても良いか と手紙の中で質問されていました。青木さんに聞きました。    
「親子間で会話が ほとんどなく、家庭内暴力も みられるようなら、見せないほうが良い。」    
「親子間でコミニュケーションが常日頃あり、親のことを信じてくれているなら すぐにでも見せたほうが良い。」   
とのことでした。当たり前の返事でしたね。    
僕の場合は、両親から さりげなくサポートセンターの情報を伝えられました。積極的に「こんな団体があるから、行ってみないか」と言われたら、もちろん行きはしないです。   
強制的に何かを やらされると想像しますから。「こんな僕のような状況に、優しく そして徹底的に寄り添ってくれる人や団体なんか あるわけない。」と固く思っていましたからね。    
社会に戻れるための 具体的な方法。そして、それは修行や強制的なもの ではないこと。むしろ、楽しいこと。   
それが ひきこもっている本人さんたちに わかれば、この世から ひきこもりはなくなると僕は思っています。

***

年末から年初にかけ、Mr. Joeの記事触発された山田さんの連載を拝読しながら、生来の五感や認知に障害と名指しされるほど大きな凸凹を抱えた当事者が成長する術は、「失敗体験を上回る成功体験」などという無理ゲーではなく、自己理解自己承認自己投資という(みなもと)・礎(いしずえ)・標(しるべ)であると論考させて戴きました。

引き続き皆さんの真摯な文章に貴い学びを見いだしつつ、今度は当事者さんの日常をサポートするご家族や支援者の視点から、成長の源・礎・標をスポイルしない導き方について考察を続けて参ろうと存じます。

最初に親御さん/支援者の皆様へ僭越ながら是非にもお願いしたい要諦は、度々の同じ文言恐縮ですが、お子さん/当事者の努力が結実した成果をご自分の自己承認の修復へ転用せぬ謹厳さでしょう。具体例を挙げれば「せっかく高校/大学/就職に合格出来たのに、通えなくなってしまった」といった落胆を、厳しく謹んで戴くことですね。

つまり、当事者さんの失敗を忌避しないご覚悟を、まずは導き手に据えて戴きたい。

「せっかく成功出来たのに、また失敗してしまった」という落胆や「失敗体験を上回る成功体験」などという要望を払拭できない心の裡には、お子さん/当事者の努力が結実した成果へ無意識に縋って、親御さん/支援者の自己承認を修復したいという欲求が潜んでいるのですが、ひきこもっている当人こそ他者を信じ頼みにして良いという自己承認に大きな不備不足を抱えています。支える側が僅かであっても私利私欲の片鱗を覗かせただけで、差し出された支援の手を振り払ってしまうほど彼らはナイーヴなのです。

我が子の為した成功へ無意識に縋って、親御さんがご自分の自己承認を修復したいと欲することは、「みんなと同じ」文化に於いては至極自然な感情であり、殊更に非難される謂われはありません。さりながら、Mr. Joeが表題に掲げて下さったとおり「失敗は成長に繋がっている」という信念を以て、当事者さんの修学就労のみならず人格ごとマルッと支え不備不足の補塡を援けて下さる導き手でなければ、「みんな」より遙かに大きな多様性を担って生まれた彼らの成長の扉を押し開くことは、まず不可能でしょう。

要は当事者さん生来の五感や認知と、ご家庭をはじめとする育ちの環境に醸成された文化の、相性が芳しくなかっただけなのです。親御さん/支援者の側も自らの自己理解自己承認自己投資という源・礎・標を意識して戴く旨が、お子さん/当事者の成長の源・礎・標をスポイルしない方策へ進む第一歩、ということですね。

2019年1月19日土曜日

多様性発達者の人格支援

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ到り、後は大学のキャリアセンターやサークル・ゼミの大先輩・先生がたのご指導ご鞭撻を、宜しく頂戴するばかり……という所へ漕ぎ着けました。

その後ようやく修学支援へシフトしオカンの初期癌手術やら語学センター受講の全落やら、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を満了。大学から「卒業見込」のお墨付きを目出度く頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘自身が到れた旨を幸い、夏休み以降は年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い誠に不躾ながらその発想こそ「就活がうまく進まない」盲点。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

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2019-01-18
スタッフと僕が泣いた日。東大

小学生の時、家で飼っていた愛犬が車に轢かれて なくなりました。兄弟は悲しみのあまり、数日間 学校を休んでしまいました。   
どうしてこんなことが起こるのかと、怒りを表していた その姿を今でもよく覚えています。    
なんの反応も示さなかった僕に、兄弟は その怒りの矛先を向けました。「勉強はできるが、人間としての優しさが お前には足りない。」と。    
そう言われても・・・・・・。僕も僕なりに悲しかったですけれど、泣くまでもありませんでした。しかし、僕を省く家族全員の涙を この時 見たのです。    
あの変わった父親ですら涙していたことに 驚いていたぼくです。   
東大の合格発表の瞬間。母は泣いていました。「よかった。よかった。」と何度も つぶやいていた母。   
滅多に感情をあらわにする人ではないのですが、この時は違っていました。そんな母が僕に聞きました。「隆は嬉しくないのかい。」って。   
嬉しいか、嬉しくないか と尋ねられれば、答えは嬉しかったです。しかし、その時 母には何も答えませんでした。   
そんな母が数年前に なくなりました。流石に涙が出ました。しかし兄弟からは「やっぱり変わらないね。少しは悲しいという感情がないの?」と言われたのです。   
そんな僕が最近 泣いたのです。

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2019-01-19
30年間ひきこもって やっと気づいたこと。東大

実は、僕自身も一発逆転を狙ってましたね。    
医者に なればいいんだ。そうしたら みんなに顔見せできる。医者にだって なれるさ。   
弁護士でも いいな。今から やり直そうか。僕なら 弁護士にだって なれる。    
「ハーバード大学を挑戦したいんです。」「MITに行きたいのですが、助けてもらえますか。」すごいですよ。東大を飛越して、海外の有名大学の受験を考えている ひきこもりの人も案外おおかったですね。    
でもみんな 言うだけ番長 なんです。「そんなことを言って 実際やり遂げた ひきこもりの人は今までいましたか?」と青木に問いかけました。   
 答えは「いない」でした。   
そこまで自分を追い詰めなくても 幸せになれますよ。最近やっとその事が わかった僕です。30年間ひきこもって やっと気づいたんですよ。

***

当事者さんの個性は各人各様・千差万別で、多様性発達者と命名させて戴いた所以なのですが、社会と呼応する知恵の育ちを遅延させてしまう支障として共通なのは、人事に対し極端に疎い五感や認知を生来抱えている点でしょう。ヒロさんは感覚情報の共有力が高すぎて軋轢に巻き込まれがちな一方、「東大さん」こと大野さんは感覚情報の共有力が低すぎて、近しく交わる他者へ悪気は無くとも不愉快な心象を及ぼしてしまう。

ただ「文化」として俯瞰するなら、ヒロさんの強烈な感情も大野さんの微弱な感情も、全く正しいのです。例えば大野さんが武家社会に生い育っていたのなら、『泣かない人間』という個性は大いに賞讃されたはず。要は当事者さん生来の五感や認知と、ご家庭をはじめとする育ちの環境に醸成された文化の、相性が芳しくなかっただけなのです。

とは言え、大野さんを武家社会だった時代へタイムスリップさせるのは、実現不可能。ゆえに現在の、しかし日本よりは相性の良い文化が醸成されている国へ移住させ、丹念に丁寧に他者へ関わる経験を大野さん自身の個性に即して設定することで、充分な時間をかけて徐々に社会と呼応できる知恵の育ちを促す、「特別な」工夫が必要でした。

さりながら辛辣な表現で恐縮ですが、ご両親が息子さんのために選んだ名門中高一貫校→東大というエリートコースは、狭き門ではあったにせよ「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させるのみ。隆さんの個性に沿ってピッタリ誂えた「特別」ではなかった。医者だろうが弁護士だろうがハーバードだろうがMITだろうが、当事者の多様性に即していなければ『人間として足りない』部分は補塡不可能なんです。

拙宅の娘を4回生の夏休みから年末まで研究調査と論文執筆に注力させた所以は、卒業研究の内容が彼女の多様性に沿って誂えた「特別な」人格支援プログラムも兼ねていたからです。あまりに特別すぎて身バレの危惧があるため詳細は書けませんが、小学6年の担任だったU先生が開眼させて下さった社会学への興味関心を活かし、他者と近しく交わりつつデータ収集する参与観察を用いた研究である旨のみ、申し添えておきます。

要はサポートセンターで実践なさっている『教育的な支援』を、数年来勉強させて戴いた成果として、娘の高等教育の最終課程へ応用することが叶ったわけですね。成長体験を書き繋いで下さった全ての当事者さんへ、改めて心底より深謝申し上げます。

【拙ブログの関連記事】『「藁」を糾える文化』 『緘黙する子 と 優しいお母さん

2019年1月17日木曜日

メンターに向く人 向かぬ人

この4年あまり、発達障碍の二次障害で通うべき所へ通えなくなってしまった当事者・ご家族・支援者の日常を、拝読拝聴する機会に様々な奇遇で恵まれて参りました。

その『励ます力』を繋ぐ御縁に接しつつ私が抱き続けていた疑問は、お子さんがひきこもりへ到り長期に渉って継続してしまうご家庭と、すったもんだがありつつも再び通うべき所へ通い続けられるご家庭を、分かつ決め手は一体なにか?ということです。

ひきこもりのハイリスクを抱える我が娘への対処を学ばせて戴く、との必用も無論ありましたが、そもそもは私自身の好奇心が喚起して止まない疑義。そして当事者さんへの敬意と仁愛が主導するSense of Wonder の俯瞰を広めるにつれ、ひきこもりに陥るか否かを分かつのはお子さんが抱える障害特性の軽重より、むしろお子さんを取り巻いていた育ちの環境=家庭の文化が累積してきた日常である旨、徐々に拝察されて参りました。

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「できないことは、できるようにするだけだ。自分1人では できないことも まじかにみていてくれる人がいれば、その人がアドバイスをしてくれるので短期間で、できるようになる。」と言われても、「あせるんですよ。」    
「だって、こんなこと自分と同じ年齢の人たちは軽くクリアしているんでしょ。」「僕が こんなことで、1年間の自分の貴重な時間を使ってしまうのか と思うと、焦るんですよ。」    
毎日 入浴。めんどくさい。「あまり汗をかかないから、2日に1度でダメですか。」と聞いたら「毎日はいってくださいね。」と やんわりと返された。   
「熱が出ても、風呂には毎日はいるんですよね。」「はい。そんな言い方はしていませんよ。わかっていますよね。」と また返された。    
そんなことを言ってしまう自分が情けないと気づく僕です。   
すぐに銭湯に行って、体の洗い方をスタッフが教えてくれるという提案だったけれど、他の人と入浴なんて気持ちが悪いので「ありえない。」と丁寧にお断りしました。    
「どうせ、洗い方に問題があるというんでしょ。」「ハイ、ハイ、ハイ、どうせバカでしょ。俺はバカなんでしょ。」「死んだほうがいいよって言いたかったら、言ってくださいね。そっちの方が僕は気が楽だから。」     
はあ、ほんと なんで こんなんなんだ。僕はサポートセンターの特訓をやり通せるのか。途中退場。それは「死を意味するな。」と深刻に考えていた僕です。

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2019-01-17
30年ひきこもった僕から山田さんへ。東大

山田さん、大丈夫なんですよ。東大出て、30年間も部屋で じっとしていただけの僕にも できないことは、いっぱいあります。    
情けなくて、死んでしまいたいと思ったこともあります。でも死ねなかったです。    
できないことがあっても、だれかに助けてもらえばいいし、他の人が できないのに、自分は できることがあれば もっといいんですよ。    
僕は仕事も もらえて、お給料も いただけるまでになりました。今年はなんとかして結婚をと考えています。    
もうすぐ60近い男なんですけれど、夢は捨てていません。

***

前回の末尾に、『滅私のご意志が据わっておられない限り親御さんが自らメンター(仮) を任ずることは、まず不可能と書かせて戴きました。この「滅私=私利・私情を捨てること」というのは当事者さんを『まじかにみて』『アドバイスをして』いく上で、対等な関係性を構築する基盤として極めて重要な「意志」になると私は拝察しております。

と申しますのも、Mr. Joeが山田さんへ宛てて呼びかけて下さったとおり、ようやく支援への伝手に繋がれた当事者さんたちを阻む第一の関門は、『自分の力で なんとかしよう』『他人の いいなりになるのは、好きじゃない』『他人の手を借りる必要など ない』『こんな状況、バカにされるだろう』といった、他者を信じ頼みにして良いという自己承認の不備不足。支える側が、ほんの僅かであっても私利私欲の片鱗を覗かせただけで、彼らは差し出された他者の手を振り払ってしまうほど、ナイーヴなのです。

さりながら拙ブログは、我が子を働き手・稼ぎ手と見做す文化を、否定する意図はありません。共に家庭を営む協働者として、お子さんに家事や家計を分担してもらう導きは、むしろ対等な関係性を親子の間に構築する具体策として、たいへん有効でしょう。

拙文の謂う「滅私」とは(ネットの渉猟だけでも多数散見される実例から、反面教師に挙げる不躾をご勘弁願えば)、お子さん/当事者の努力が結実した成果を、親御さん/支援者の自己承認の修復へ迂闊に転用せぬ謹厳さです。Mr. Joeに引き続いて、「東大さん」こと大野さんにも「大丈夫なんですよ」と『励ます力』をご継承戴けた記事、本邦随一の最高学府でも学び得なかった「滅私の意志」を、遂に体得叶った証左とありがたく拝読いたしました。

【拙ブログの関連記事】『ひきこもらせない文化』 『ひきこもらせる文化

2019年1月16日水曜日

親は知らず ならばメンターを

この4年あまり、発達障碍の二次障害で通うべき所へ通えなくなってしまった当事者・ご家族・支援者の日常を、拝読拝聴する機会に様々な奇遇で恵まれて参りました。

その『励ます力』を繋ぐ御縁に接しつつ私が抱き続けていた疑問は、お子さんがひきこもりへ到り長期に渉って継続してしまうご家庭と、すったもんだがありつつも再び通うべき所へ通い続けられるご家庭を、分かつ決め手は一体なにか?ということです。

ひきこもりのハイリスクを抱える我が娘への対処を学ばせて戴く、との必用も無論ありましたが、そもそもは私自身の好奇心が喚起して止まない疑義。そして当事者さんへの敬意と仁愛が主導するSense of Wonder の俯瞰を広めるにつれ、ひきこもりに陥るか否かを分かつのはお子さんが抱える障害特性の軽重より、むしろお子さんを取り巻いていた育ちの環境=家庭の文化が累積してきた日常である旨、徐々に拝察されて参りました。

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2019-01-15
道でパニックになって倒れた。山田。

マンションから外に出た。色々な音が僕の耳の中に入ってきた。味噌汁の匂いも。    
近くをうろうろしていたら、大通りに出てしまった。そこには たくさんのサラリーマンの行列が会社に向かって行進していた。 名古屋駅から伏見まで途切れることのライン。それを見た僕の顔が引きつった。    
顔が変形した。体がフリーズした。早く安全な場所に移動しないと と思ったけれど、手足が動かない。   
道路に しゃがみこんでしまった。姿勢を保つことが できなくなって、道路に倒れ込んだ。「山田さん、大丈夫だよ。さあ、帰るよ。」そう言ってスタッフが ぼくを抱き起こしてくれた。   
ぼくの後をつけていたんだ。    
手足がバラバラになってしまって、歩くことができない。上下の歯がガシ、ガシと勝手に動く。   
スタッフが電話をするけれど、相手は出ない。「5分ここで待っていてください。」とスタッフが言って、走り出した。    
5分とかからずにスタッフが戻ってきた。台車を押しながら。    
「ここに乗ってください。私が押していきますから」ぼくは台車に乗せられて、部屋まで戻って行った。    
悲しかった。涙が溢れて仕方がない。

***

見えないものは ないものと同じ。

サポートセンターでは当事者さんへ身辺の整理整頓を伝授する際、ヒロさんジャイアンさん山田さんもそう教えられたそうですが、この文言ほど彼らが生来抱えておられる五感と認知の凸凹を、的確明瞭に表現した惹句はありません。

ふだん身に付けている服や靴、いつも使っているスマホやゲーム機といった持ち物が、「見えない」所へ仕舞い込まれた途端「ないもの」になってしまうように、その時その時の感覚や感情は認知できても、あらゆる「見えない」概念は当事者さんからすれば「ないものと同じ」です。その所以は「見えているものが すべて」だからでしょう。

つまり彼らの五感と認知は、その瞬間ごとの感覚・感情だけで、いっぱいいっぱい。例えば『色々な音』を聴覚で『味噌汁の匂い』を嗅覚で、鋭敏精細に感受しながら『たくさんのサラリーマンの行列』で視覚も強く刺激されると、脳が勝手に身体の制御を放棄してしまう。『顔が変形し』『体がフリーズし』『姿勢を保つことが できなくなって』『しゃがみこんで』『道路に倒れ込んだ』次第は、至極自然な成り行きなのです

とは言え山田さんの身に生じた「変事」を、サポートセンターのスタッフさんが『大丈夫だよ。さあ、帰るよ。』と冷静的確に対処できたのは、無論しっかりとした訓練を経たからこそ。そしてヒルマ小母ちゃんが「至極自然な成り行き」と沈着平易に解題できるのは、物心ついた頃からの好奇心に沿って学ぶ機会を頂戴叶ったお陰様でしょう。

もし我が子に生じた「変事」へ、私が育て方を学び直せばとか私が心理学を勉強すればとか、親御さんの自己承認を修復するための自己投資という発想しか浮かばないのであれば、遺憾ながらご家庭の埒外でメンターを探す他に実効する方策はありません。

僭越な物言いは誠に恐縮ながら、「親になる」という選択をなさった旨こそが自己投資というご覚悟で、「子の心」へ寄り添おうとなさる滅私のご意志が据わっておられない限り、親子を隔てる五感と認知の乖離を乗り越えることはまず不可能だからです。

【拙ブログの関連記事】『支援は 続くよ どこまでも』 『子の心 親知らず

2019年1月14日月曜日

子は知らずとも の親ごころ

この4年あまり、発達障碍の二次障害で通うべき所へ通えなくなってしまった当事者・ご家族・支援者の日常を、拝読拝聴する機会に様々な奇遇で恵まれて参りました。

その『励ます力』を繋ぐ御縁に接しつつ私が抱き続けていた疑問は、お子さんがひきこもりへ到り長期に渉って継続してしまうご家庭と、すったもんだがありつつも再び通うべき所へ通い続けられるご家庭を、分かつ決め手は一体なにか?ということです。

ひきこもりのハイリスクを抱える我が娘への対処を学ばせて戴く、との必用も無論ありましたが、そもそもは私自身の好奇心が喚起して止まない疑義。そして当事者さんへの敬意と仁愛が主導するSense of Wonder の俯瞰を広めるにつれ、ひきこもりに陥るか否かを分かつのはお子さんが抱える障害特性の軽重より、むしろお子さんを取り巻いていた育ちの環境=家庭の文化が累積してきた日常である旨、徐々に拝察されて参りました。

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2019-01-13
ひきこもりを やめられた理由 山田

僕が家を出ると決めて、青木さんが大きなバッグを持って家に来た。   「このバッグに君の家から持ち出したい物を入れてください。明日僕が迎えに来ます。」   
「でも できるだけ持っていかない方がいいんだ。」「嫌な思い出しか ないはずだから。」  「服は その日着ているものだけで いいよ。予備の服も靴もいらない。明日は何時に迎えにくれば いいかな?」   
「今から出ます。用意は もうできているので、10分待ってください。」  
 「じゃあ、外に停めてある車の中で待っているから。家を出るときに おかあさんに、『行ってきます。』と言って欲しい。一言、言うだけでいいから。」 
  準備していたものはノートとシャープペンとアトピーの塗り薬だけ。自分の部屋にあるものは全てゴミ袋に入れておいた。「これは全て ゴミに出して欲しい。」と書いておいた。   
「おかあさん、行ってきます。」という言葉が出なかった。玄関で立ち止まって、もう一度深呼吸をして、言葉を出そうとした。でも出ない。  
 外に出てたら、青木さんが車から出て待っていた。「言えません。」と言った。   
 そしたら、「ごめんなさい。おかあさんは 邪魔したらいけないと思われたみたいで、外に出ていたよ。今から家に鍵をかけて僕たちは行くよ。」    
「あははははは。」    
この人は おかしい人だと僕は思った。笑うことはしなかったけれど、この人なら ぼくを傷つけることはしないだろう と安心した。

***

2019-01-14
家から出ると決めてから出るまでが大変だった。山田

出ると決めたら、一刻も早く自宅を出たくて仕方がなかった。僕の大切な時間が どんどんと過ぎていくので不安になったから。  
自宅を出ると決めてから、2日、3日と過ぎていくと強い焦りから、大きな声を部屋で出したり、壁を叩き始めた。   
「自宅を早く出たい。」と言葉に出して、母親にでも伝えればよかったんだけれど、怖くて できなかった。    
長い期間 母親とは話していなかったので、どうやって話せばいいのかかが わからなくなっていた。それで、母親は青木さんに相談したと思う。    
「どうして暴れているのか理由が知りたいので、ドアの下から紙を入れるから、そこに理由を書いてね。お母さんだけにみて欲しいなら、母だけ。青木さんだけなら青木さん。と書いてね。」と母親がドア越しに僕に話した。    
こんなことを思いつく母ではないから    
僕は「今日中に家から出て、サポートセンターの部屋に移動する。」と書いてドアの下から勢いよく紙を滑らせた。  母親が気づかないかもしれないと不安になったので、力を込めて、「書いた!!」と絶叫した。   
すぐに母親がやってきて、紙を回収した。そして、すぐに家から出ていった。 
青木さんに「今日中に迎えにきてまくれますか?」と携帯で電話をするために、外へでたんだと思った。

***

見えないものは ないものと同じ。

サポートセンターでは当事者さんへ身辺の整理整頓を伝授する際、ヒロさんジャイアンさん山田さんもそう教えられたそうですが、この文言ほど彼らが生来抱えておられる五感と認知の凸凹を、的確明瞭に表現した惹句は無いでしょう。

ふだん身に付けている服や靴、いつも使っているスマホやゲーム機といった持ち物が、「見えない」所へ仕舞い込まれると「ないもの」になってしまうように、その時その時の感覚や感情は認知できても、心や将来といった「見えない」概念は当事者さんからすれば「ないものと同じ」です。

彼らは確かに自分の心や将来を「持っている」し、ご両親や学校の先生がたも彼らがそういった概念を「持っている」かつ「分かっている」前提で相対して来られたのでしょうが、当事者さんの五感や認知へ寄り添えばその瞬間ごとの感覚・感情だけで、いっぱいいっぱい。心や将来といった「見えない」概念を自分で把握して、周りの大人にも通じるように言葉で表現して欲しいと願うことが、そもそもの無理ゲーだったりします。

逆に言えば、これほど「親の心」から大きく深く乖離している「子の心」を、「みんなと同じ」会話で理解しようとお考えになっている大人側の方策も、無理ゲーなのです。喩えれば外国語を習得する努力を全くしないまま、外国の文化を理解してやろうという傲岸不遜な「上から目線」を向けているような状態、と申し上げても過言ではない。

お母様がたの「あなたの心を分かりたいの!」という強い志向には大いに同情を覚える一方、しかし「へそ曲がり」な俯瞰からは、我が子よりご自分の自己承認を修復する方を、咄嗟の無意識で優先しちゃった顛末なんだろうなぁと拝見せざるを得ません。

山田さんのお母様が、実の母親なのに『何もできないことが わかった』という自己理解を得て尚、他者へ対し『この人たちなら、息子を回復させてくれると信じ』られる自己承認を保ち、自分よりも我が子を「分かっている」人たちを探し出し万事相談する自己投資を実行なさった経緯は、たぶん「良いお母さん」に選択できる最善最上の方策。

たとえ息子さんが「親の心」を分かってくれなくても、配慮と我慢を尽くしたその「親ごころ」、皆々様にもお手本となさって戴けたらと蔭ながら敬服しきりの毎日です。

【拙ブログの関連記事】『子の心 親知らず』 『親にできる事 親にはできぬ事

2019年1月12日土曜日

「良いお母さん」ができる最善

この4年あまり、発達障碍の二次障害で通うべき所へ通えなくなってしまった当事者・ご家族・支援者の日常を、拝読拝聴する機会に様々な奇遇で恵まれて参りました。

その『励ます力』を繋ぐ御縁に接しつつ私が抱き続けていた疑問は、お子さんがひきこもりへ到り長期に渉って継続してしまうご家庭と、すったもんだがありつつも再び通うべき所へ通い続けられるご家庭を、分かつ決め手は一体なにか?ということです。

ひきこもりのハイリスクを抱える我が娘への対処を学ばせて戴く、との必用も無論ありましたが、そもそもは私自身の好奇心が喚起して止まない疑義。そして当事者さんへの敬意と仁愛が主導するSense of Wonder の俯瞰を広めるにつれ、ひきこもりに陥るか否かを分かつのはお子さんが抱える障害特性の軽重より、むしろお子さんを取り巻いていた育ちの環境=家庭の文化が累積してきた日常である旨、徐々に拝察されて参りました。

***

2019-01-11
僕が心から求めていたものは。山田。

「生まれ育った環境のままだと、どうしても周りを強く意識してしまって、自分がやらなければならないことに集中できないんだ。」   
「僕には周りが、とても大きくて強い存在に見えていました。」 「いつも周りを強く意識してしまって、できない自分を激しく否定していました。」 「結局ひきこもっていた時間は、自分を否定することだけで、なんの努力もしていてなかったんですよ。」   
「だったら、できないまま年をとっていっただけだよね。そして後悔はさらに大きく強くなっていく。」「時間がたつにつれて、諦めの作業に移るんだよ。」  「就職を諦める。結婚を諦める。社会に戻ることを諦める。楽しむことを諦める。」   
スタッフとは さらに長く話していました。   
とにかく、頭の中が整理されていく。自分の今いる場所が どこなのかが わかっていく。   
それがわかれば、この先自分は どうすればいいのかが 大まかですけれど わかっていきました。    
もっともっと、スタッフに頭を整理してほしいと思っている僕です。    
僕が長く求めていたもの、 
それは僕のことを一緒に考えてくれる人です。

***

2019-01-12
人を信じることができなかった僕。山田。

その日 やってきたのは女性でした。「◯◯と言います。△△さんに お話がしたくて、サポートセンターから来ました。何も心配はいりません。安心してください。部屋のドアの前で お話してもいいですか。」と言った。   
騙されはしない。家の外には窓に目隠しをしたワゴン車と屈強な男たちが準備しているんだ。 
絶対に 騙されてたまるか。拉致された時に抵抗するために、ポケットにハサミを隠し持った。相打ちにするつもりだった。   
「部屋の前までも行ってはだめなら、なにか音を出してください」と言ったので、思いっきり足でドアを蹴った。   
「わかりました。今日は帰ります。でも、どうか私たちを信じてください。簡単には信じられないのは わかります。また来ますので よろしくお願いします。」   
僕は2階に移動して、カーテンの隙間から本当に帰ったかを確認した。女性スタッフが駅の方に歩いていく後ろ姿が見えた。他には誰もいなかった。   
少し安心した。 
どっと疲れが出て、そのまま倒れこむように寝てしまった。

***

山田さんが生来抱えておられた五感と認知の凸凹の激しさを拝読するにつれ、お母様がどんなに深い配慮と大きな我慢で息子さんを支え続けてきたか、その包容力の壮大さには圧倒される思いがいたします。

感情は『一緒に考えてくれる人』を『心から求めて』いるのに、認知の方は『人を信じることができない』という二律背反は、もちろん当事者さんこそ一番辛いでしょう。とは言え日常を共にしておられる親御さんとしても、我が子の心を全く理解できない状況が何十年と続いた経緯は、きっと想像を絶する辛さだっただろうと拝察するのです。

これまで寄せたコメントでも何度か書かせて戴きましたが、山田さんがサポートセンターの支援に繋がり回復へ向かっておられる最大の功労者は、他でもないお母様だと私は考えています。山田さんは『母親も(なんとかしたい)と思っていたらしいけど、何もできないことがわかったので、お願いするしかなかった』とアッサリ綴っておられますけど、たぶん普通の「良いお母さん」にとってはそれこそが最も難しいことなんですよ。

実の母親なのに自分には『何もできないことが わかった』という自己理解を得て尚、他者へ対して『この人たちなら、息子を回復させてくれると信じ』られる自己承認を保ち、息子さんに『内緒で、サポートセンターに相談に行く』という自己投資を継続できた次第は、おそらく「良いお母さん」に実行できる最善最上の対処と言えるでしょう。

大多数の「良いお母さん」がたは、歯に衣着せぬ不調法は誠に僭越ながら、配慮に不備が生じて待ち設けることが出来なかったり、我慢に不足が生じて余計な差し出口で事態を台無しになさったり、信頼出来るメンターを探し出しお子さんへ繋ぐことこそ何かと難しいご様子。皆々様には山田さんのお母様の、さり気ないようでいて絶妙な間合いを計った配慮と我慢、お手本になさって戴けたらなぁと蔭ながら感服しきりの毎日です。

【拙ブログの関連記事】
「良いお母さん」と「悪い子」』 『親にできる事 親にはできぬ事

2019年1月11日金曜日

成長の標は成功ジャナクテ自己投資

この4年あまり、発達障碍の二次障害で通うべき所へ通えなくなってしまった当事者・ご家族・支援者の日常を、拝読拝聴する機会に様々な奇遇で恵まれて参りました。

その『励ます力』を繋ぐ御縁に接しつつ私が抱き続けていた疑問は、お子さんがひきこもりへ到り長期に渉って継続してしまうご家庭と、すったもんだがありつつも再び通うべき所へ通い続けられるご家庭を、分かつ決め手は一体なにか?ということです。

ひきこもりのハイリスクを抱える我が娘への対処を学ばせて戴く、との必用も無論ありましたが、そもそもは私自身の好奇心が喚起して止まない疑義。そして当事者さんへの敬意と仁愛が主導するSense of Wonder の俯瞰を広めるにつれ、ひきこもりに陥るか否かを分かつのはお子さんが抱える障害特性の軽重より、むしろお子さんを取り巻いていた育ちの環境=家庭の文化が累積してきた日常である旨、徐々に拝察されて参りました。

***

2019-01-10
日本ではなく外国で 変わるチャンスを掴んだ。山田

日本人に怖さを感じて、ひきこもっていました。だから外国では ひきこもる必要は ないんですよ。   
それがわかった僕は、今までの反動で、毎日のように街に出て、英語を使って他人と話をしました。   
それにフィリピン人は とても陽気です。他人を楽しませようとしますし、自分も楽しみたい国民なのです。   
「ニホンジン? アリガト。アリガト。ハイゥエイ、エアポート、トレイン、ニホンジン プレゼントシタ。サンキュ。ジャパン。」  
「アナタ ニホンジンデスカ。ナンデ、イングリッシュ グッド? ニホンジン エイゴ、ワカラナイ。アナタ イングリッシュ、スゴイナ。アメリカンミタイ。」  
 お世辞ですよ。でも 言われて悪い気はしません。こんなふうに接してくれる日本人は いないです。   
フイリピン人は みんながエンターテイナーです。僕は もっと英語が好きになっています。   
あと、英語を話すと楽です。日本語は頭が混乱します。あと半年で英語を完璧にしたいです。   
第1の目標は ゴールが すでに見えています。
***

「自信が無いから、ひきこもるしか無い。」

当事者の皆さんは一様に、社会から物理的に距離を置いた理由を、そう述べます。すると親御さんも支援の専門家も、ご自分の五感や認知だけを鑑みて「失敗体験を上回る成功体験があれば自信がつくはず」とお考えになってしまう。

されど当事者の自己を当事者本人より深く広く理解する俯瞰に立てば、彼らの不全感が「自分は社会に於いて尊い存在。ゆえに他者を信じ頼みにして良い」という拠り所、すなわち自己承認の不備不足に根ざしていると分かってくる。

さらに彼らが自己承認に深刻な不備不足を生じた経緯を手繰ると、これまた一様に「みんなと同じ」育ちが叶わなかった自己への失望が、長年鬱積した顛末と分かる。なればこそ「失敗体験を上回る成功体験が…」と無理ゲーを強いる親元を離れ、「みんなと同じ」を要求されない外国で再起を図る、という選択は断じて荒唐無稽ではないのです。

ところが親御さんはたぶん十中八九、「お子さんは日本以外の国での方が、きっとうまくいきます」とお話ししても、否定的な応答をなさるでしょう。吃驚なさったり失笑なさったり、最初の反応はご家庭によって様々だと思いますが、おそらく最後はこれまた一様に「だってウチの子は英語ができませんから」と、結論なさるような気がします。

拙宅の娘も高校までは、文系へ進んだにもかかわらず英語の成績は全くパッとしませんでした。と言うより、自閉圏ゆえにどうしても苦手な現代文と併せ、大学受験で彼女の足を引っ張り続けた教科だった。運良く合格を頂戴叶った学部で、これまた幸運にも語学が全て少人数指導という環境に恵まれなければ、卒業単位は覚束なかったでしょう。

と申しますのもイケずなオカンが言葉巧みに彼女をおだて、本部の語学センターでも受講させてみたところ、所属学部では好成績を修めていた娘が、なぜか数十人規模の通常クラスだと不思議なくらい単位を落としまくった次第。軽微ながら聴覚過敏を抱えているため、受講者の多さが致命的な支障となってしまうのだろうと私は推察しています。

果たして「少人数指導であれば、語学はむしろ得意教科」という自己理解を得た娘は、山田さんと同じように「日本語より外国語の方が楽」という自己承認を確立し、今や「常勤でも非常勤でも就職して資金を貯めて、海外の大学院へ留学する」という自己投資を目標に、ニッチな専門職の就活の傍ら第三外国語の自学自習に励んでいるのです。

生来の五感や認知に障害と名指しされるほど大きな凸凹を抱えた当事者が成長する術は、「失敗体験を上回る成功体験」などという無理ゲーではなく、自己理解自己承認自己投資という源(みなもと)・礎(いしずえ)・標(しるべ)だと、私は考えています。
ヒロさんや東大さんでお馴染みの決まり文句に倣えば、「我が娘が証明です」ね。

【拙ブログの関連記事】『ひきこもらせる文化』 『待ち設ける親 と 伸び行く子

>> 前々篇『成長の源は成功ジャナクテ自己理解』を読む

>> 前篇『成長の礎は成功ジャナクテ自己承認』を読む

2019年1月9日水曜日

親にできる事 親にはできぬ事

この4年あまり、発達障碍の二次障害で通うべき所へ通えなくなってしまった当事者・ご家族・支援者の日常を、拝読拝聴する機会に様々な奇遇で恵まれて参りました。

その『励ます力』を繋ぐ御縁に接しつつ私が抱き続けていた疑問は、お子さんがひきこもりへ到り長期に渉って継続してしまうご家庭と、すったもんだがありつつも再び通うべき所へ通い続けられるご家庭を、分かつ決め手は一体なにか?ということです。

ひきこもりのハイリスクを抱える我が娘への対処を学ばせて戴く、との必用も無論ありましたが、そもそもは私自身の好奇心が喚起して止まない疑義。そして当事者さんへの敬意と仁愛が主導するSense of Wonder の俯瞰を広めるにつれ、ひきこもりに陥るか否かを分かつのはお子さんが抱える障害特性の軽重より、むしろお子さんを取り巻いていた育ちの環境=家庭の文化が累積してきた日常である旨、徐々に拝察されて参りました。

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2019-01-09
おかあさん、おかあさん、僕 怖いよ。山田

青木さんが僕に言った。「桜が怖いんだね。」「はい。」   
「僕も桜は怖いけれど、山田さんは どんなふうに怖いの?」と青木さんが聞いてくれました。そう聞かれても、うまく表現できないので黙っていた。    
「例えば、とても綺麗で優しそうな女性。でも背後に鋭利な刃物を持っているんだ。そして相手が安心したところで、・・・・・・」と青木さんが言ってくれた。   
僕は想像してみた。そしたら、その表現は理解できたし、僕の怖さは それに近いとも思った。   
桜は怖い。「『桜の木の下には死体が埋まっている。』と書いた文学者がいるんだよ。君の感性は素晴らしいさ。」と青木さんが褒めてくれた。   
「おかあさん、おかあさん、僕怖いよ。小学校1年の君が泣いているんでしょ。何か彼に言ってあげれば いいんじゃない。」   
「はあ?」    
「小学校1年の時の あなたの記憶が、繰り返し、繰り返し思い浮かぶんでしょ。彼は何かを求めているんじゃないの」 
「僕は安心を求めていました。」    
「彼に向かって、何か言ってあげられるとしたら、何て声をかけてあげられるかな。難しく考えないで、頭の中にあることを言葉にすればいいんだよ。声にだして言ってごらん。」    
「大丈夫だよ。もう大丈夫。心配ないからね。」と僕。   
「そうなんだ。もう心配する必要は何もない。明日に向かって、毎日 必死にやるだけ。一緒に楽しく やっていこう。」   
そういって、青木さんは 又違う場所に移動しました。
***

山田さんが育ったご家庭は、『成長の源は成功ジャナクテ自己理解』と題した記事でコメントさせて戴いたように、お母様の側は息子さんの生まれ持った凸凹を「個性」として受容し、その成長を心から待ち設けておられました。ところが山田さん本人の心は、小学生の頃から「みんなと同じ」育ちが叶わなかった己に疎外感を抱き続け、『僕は出来損ないの人間なんだから』他者を信じ頼みにする資格は無いと自己を卑下し続けてきた。

親御さんが我が子の障害を受容し成長を信じて来られた「心づもり」でも、お子さん自身の心に自己承認を育む術は工夫し得なかった結果、ひきこもりという日常へ到ってしまった所以が、誠に遺憾ながら小学生の頃からお母様の視線は『おかあさん、おかあさん、僕怖いよ。』と訴える我が子ではなく、『知り合いの人』や『他のおかあさんたち』へ注がれていた旨と、お蔭様でとてもよく分かりました。ありがとうございます。

以前、ヒロさんから頂戴したご下問お応えした記事でも但し書きいたしましたが、他所様の親御さんをあげつらうのは、拙ブログの本意ではありません。されどヒロ師兄曰く『ものすごく ズレている「親の心」と「子の心」の乖離を解題しようとすると、どうしても小学生の頃から始まっている親御さんの勘違いを指摘せざるを得ないのです。

とは言え山田さんのお母様が、息子さんよりも『知り合いの人』や『他のおかあさんたち』へ視点を向けがちだったのは、致し方ない面もあるでしょう。「みんなと同じ」なら綺麗だと感じるはずの『桜が怖かった』り、ワクワクしてくるはずの『たくさんの声が耳に入ってきて、パニックになった』り、我が子の生まれ持った五感や認知が自分のものとはあまりに違いすぎ、おそらくはお母様ご自身も「他者を信じ頼みにする」拠り所となる自己承認が、既に大きく揺らいでおられたのだろうと拝察されるからです。

そんな不安を抱えつつも山田さんのお母様は、息子さんの『ギター教室に行くことにした』フリーハンドを尊重し、先生が『プロのギタリストでもなりたいのか』と質問なさるほどの猛練習へ余計な差し出口を仰らなかった配慮と我慢も、『死にたいと毎日思っていた』山田さんが『死なないで いられた』もう一つの理由と私は理解しました。

***

当事者の親御さんには、ヒロさんが綴って下さったようなカウンセリングの勉強会や有名カウンセラーの講演会へ足繁く通う『頑張るお母さん』や、さらには心理や精神医療の専門職になるべく懸命な努力を重ね、臨床資格を取得なさった方までおられます。

娘への自家製療育に専念すべく自分のキャリアを早々に引退した私は、そういった皆様の志の高さに目が眩む一方、しかし「へそ曲がり」な俯瞰からは、我が子よりご自分の自己承認を修復する方へ、人生を投資しちゃった顛末なんだろうなぁと拝見している。

不躾な物言いは誠に恐縮至極ですが、親にできることは「親になる」ことのみ。そして「育つ」という行為の主体はお子さんなのですから、親には決して代行できぬ事だと一日でも早くお気づき願えたら…と、共感を寄せつつも懸念申し上げるばかりなのです。

【拙ブログの関連記事】
暴れる子 と『頑張るお母さん』』 『Parenting is Difficult or Not?

2019年1月8日火曜日

かわいい子には メンターを

この4年あまり、発達障碍の二次障害で通うべき所へ通えなくなってしまった当事者・ご家族・支援者の日常を、拝読拝聴する機会に様々な奇遇で恵まれて参りました。

その『励ます力』を繋ぐ御縁に接しつつ私が抱き続けていた疑問は、お子さんがひきこもりへ到り長期に渉って継続してしまうご家庭と、すったもんだがありつつも再び通うべき所へ通い続けられるご家庭を、分かつ決め手は一体なにか?ということです。

ひきこもりのハイリスクを抱える我が娘への対処を学ばせて戴く、との必用も無論ありましたが、そもそもは私自身の好奇心が喚起して止まない疑義。そして当事者さんへの敬意と仁愛が主導するSense of Wonder の俯瞰を広めるにつれ、ひきこもりに陥るか否かを分かつのはお子さんが抱える障害特性の軽重より、むしろお子さんを取り巻いていた育ちの環境=家庭の文化が累積してきた日常である旨、徐々に拝察されて参りました。

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2019-01-07
みんなから取り残されるのは嫌なんだ。山田

とにかく みんなができることを、僕も できるようになればいいんだ。これ以上 みんなと距離を離されたくなかった。   
クラスでギターが流行った。それで僕も母親にギターを買ってもらった。    
父親が昔 ギターをやったていたので、教えてもらうといい と母親から言われたので父親に教えてほしいと頼んだ。    
そしたら「いそがしくて教えられない。」と断られた。仕方がないので楽器店で購入した教則本を見て練習した。でも わからない。   
そのうち、ギターの弦が切れてしまった。どうして良いのか わからなかった。「楽器店に聞きに行けば良いだけ。」今なら そうわかります。   
しかし、その時は怖くて聞きに行けなかった。でも みんなと一緒にギターの話題について行きたかった。だから、ギター教室に行くことにした。    
ギター教室に友達がいると怖かったけれど、店の人に聞いたら若い人は僕だけだった。この機会をものにすれば、みんなと肩をならべられる。しかし、逃したら、死ぬしかないと思っていたので、毎日毎日 気が狂ったように練習した。   
ギターの先生は おじいさんだった。でも、僕が一生懸命やっていたので、いつも嬉しそうにしていた。
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2019-01-08
今まで生き続けていられた理由。山田

以前に手を叩いて音符を表現するテストがあった。   
「タン、タン、タタンタ タタタ」そんな風に手で叩く。 僕は できなかった。全く だ。   
できなかったのはクラスで僕だけだった。死にたかった。もういいだろう。勘弁してくれ。   
そんなに僕を みんなの前で笑い者にしたいのか!!    
「そんなリズム音痴バカがギターを弾くだと。」音楽の先生の心の中が読めていた僕。   
みんなの期待通りに めちゃくちゃ弾こうかと考えた。そんな時に、ギター教室の おじいさん先生のことが浮かんだ。  
 僕が弾きやすいように、わざわざ楽譜を簡単にしてくれたんだ。前日に僕を励ます為に電話もくれた。だから、おじいさん先生の為に弾こう と思った。   
僕が弾く前のクラス。ざわついている。笑うのを待っているんだろうな。   
でも、そんなことは関係ない。「君は すごいよ。4ヶ月で ここまで弾けることができる人は そうはいないよ。」おじいさん先生の言葉を思い返して、自分に言い聞かせた。   
弾き始めたら、教室が静まり返った。女の子が、「すごい」と発した言葉が耳に入った。3分を過ぎても弾いてやる。  時間なんか関係ない。 
どうだ お前たち!! そんな気持ちになるのかと思っていたら、そんなことは どうでもいいや と思った。 』

***

山田さんが二日間に渉って丁寧に綴って下さったエピソード、支援の専門家や親御さんの多くは「やっぱり失敗体験を上回る成功体験が」とか「ウチだって習い事させてたのに(もしくは「ウチも習い事させてれば」)」とか、お思いになってしまうのかも知れませんね。

あるいは山田さんご自身も、『手を叩いて音符を表現するテストが』『できなかったのはクラスで僕だけ』という大失敗を、『朝起きてから、夜寝るまで』『気が狂ったように練習した』ギター演奏の『生まれて初めて数学以外で褒められた』大成功で、逆転叶ったことが『死にたいと毎日思っていた僕が、死なないでいられた』理由とお考えかも知れない。確かに起きた『出来事』だけを御覧になれば、全くそのとおりでしょう。

さりながら生来の五感や認知に凸凹を抱える当事者さんの、成功より失敗の方が遙かに多い日常を支え、社会と物理的な距離を置かずとも生きていける「知恵」を育むには、彼らの感情や認知へピッタリ寄り添う視点が必須。それこそ青木先生が実践なさっておられるように、当事者本人よりも当事者の自己を深く広く理解する俯瞰が必要です。

その見地に立てば、『死にたいと毎日思っていた』山田さんが『死なないで いられた』真の理由には、たまたま入門した教室でギターを教授して下さった『おじいさん先生』と、『励ます力』で対等な関係性を築いて戴けた旨をこそ挙げるべきでしょう。

「みんなと同じ」育ちが叶わなかった己への失望が蘇り、『めちゃくちゃ弾こうか』と自暴自棄になりかけた時も、『おじいさん先生の為に弾こう』と折れかけた心を立て直せたこと。そして遂に「みんなと同じ」であろうとこだわり続ける呪縛からも解き放たれ、『そんなことは どうでもいいや』と己自身の要するもの・求めるものへ真摯に打ち込む歓びを、たった1日と言えど味わうことができた成長体験は、全て『おじいさん先生』との平らかで大らかな関係性=メンタリングが育んで下さったものなのです。

「自信が無いから、ひきこもるしか無い。」

当事者の皆さんは一様に、社会から物理的に距離を置いた理由を、そう述べます。すると親御さんも支援の専門家も、ご自分の五感や認知だけを鑑みて「失敗体験を上回る成功体験があれば自信がつくはず」とお考えになってしまう。

されど当事者の自己を当事者本人より深く広く理解する俯瞰に立てば、彼らの不全感が「自分は社会に於いて尊い存在。ゆえに他者を信じ頼みにして良い」という拠り所、すなわち自己承認の不備不足に根ざしていると分かってくる。

なればこそ親御さんが、どれほど懸命に「かわいい子」「大切な子」と我が子へ呼びかけようと、遺憾ながらほとんど功は奏しません。彼らは親御さんの「かわいい」「大切」と仰る拠り所が、肉親という個人的な関係性に過ぎないと認知しているからです。

当事者の皆さんが希求するのは、迎合ではなく受容を/依存ではなく信頼を/情緒的庇護ではなく合理的配慮を以て「君は社会に於いて尊い存在。ゆえに他者を信じ頼みにして良い」と担保して下さるメンターとの、より社会的かつ普遍的な関係性なのです。

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