2014年12月29日月曜日

為に成るには溜めが要る

年の瀬も押し詰まり、皆様ご多用の時季だというのに、警察のご厄介になった。

と言っても、単なる落とし物で。現場は、自宅から徒歩5分の、商業施設。
モノは、内科やら眼科やら、同じく近所にある掛かり付け医の、診察券数枚。

恐らく何日間かは、サービスカウンターで預かっていて下さったのだろうに。粗忽な持ち主が、その間に落とした事さえ気付かなかった結果、恐らくは最寄りの交番経由で、自宅から徒歩で片道25分の所轄署送致となった。

診察券は、貴重品ではない。次の受診時に、再発行して貰えば、事足りる。
落とした分は全て、拾得・保管戴いているようだから、悪用される危惧も無い。

かえって遠くなった保管先へ、“処分”を依頼する選択肢もあった。

実際、“関係先”の一つとして“捜査依頼”を受け、お仕事の合間に「診察券、落とされたみたいですよ」と、電話でお知らせ下さった内科医院の受付嬢からも「引き取りに行くかどうか、事前に電話を」と、警察署の代表番号から担当課の内線番号まで、懇切丁寧なご伝言を戴いている。

しかし、私は小一時間掛けて、徒歩で往復する事を選んだ。

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動機の第一は、いつも図書館へ向かう途上、横目で見遣るだけだった所轄署へ、入ってみたいという好奇心運転免許どころか自転車さえ持たぬため、警察との御縁は滅多に無いのだ。そして第二には、自分の不注意で、関係各所へご面倒をお掛けしてしまった次第を、虚しくするのは心苦しいゆえ。

床に散らばった診察券に気付き、拾い集めてサービスカウンターへご持参下さった方。そこで所定の保管期間を過ぎ、駅前交番へ届け出て下さった担当者。交番から所轄署まで、送致して下さった制服警察官。“捜査依頼”を承け、カルテで検索した拙宅の電話番号へ、連絡して下さった医院の受付嬢……

日頃から習い性となった妄想の“癖(へき)”が、脳裏に在り在りと描出するから。

関わって下さった方々は一様に、いつも通りに当たり前の事をしただけ、と仰るかも知れないが。名前こそモノに明記されているとは言え、見ず知らずの粗忽な持ち主の「為に成る」べく、各々お持ちの「溜め」を少しずつお分け下さった次第を、ひたすら有り難く愛おしく感じてしまう。

理系女子の行動原理は、やっぱり『好奇心と敬意と仁愛』

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冬型の気圧配置が、少しずつ強まって行く気配の寒空。斑に浮かぶ雲の群れを見上げ、初めて警察のご厄介になったのも落とし物、ソプラノリコーダーを失くしたんだっけ、と思い出す。

あの時は、さすがに帰宅して即、気付いた。慌てて探しに戻ったけれど見付からず、母に叱られ、警察へ届けを出しに行ったのだ。生まれて初めて捺印を要求され、印鑑なぞ持ってはいない小学生だから、こういう時は拇印を捺すのだと係官に教えてもらった。

埒もない追憶に耽りつつ、同じ頃、学校の図書室で二類の棚を総ナメにするほど、伝記・評伝を読みまくり、哀惜の念という感情を生まれて初めて抱いたことも、ついでに想い起こす。

  今在る自分が多少なりとも、他人様の「為に成る」大人になれたのは、
  生い育って来る間にお分け戴いた「溜め」が、深く積み重なった必然。

北西の季節風に舞い上げられたメタセコイアの葉が、空中に描く赤銅色の落下軌道を追う束の間。未だ襁褓の取れぬ私の裡に、既にして棲み着いていた『本当の自分』が、そう告げてくれる


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