2014年5月11日日曜日

視覚の囚人

天才と称される描き手に,心惹かれるようになったのは……

初めて観た展覧会が山下清の原画展だった事も、やはり無縁ではないのだと思う。連れて行ってくれた母の背に、4歳下の妹が負われていたか、定かでない。すなわちエピソード記憶が、文字通り覚束無いほど幼かったのに、『長岡の花火』が展示された会場の情景は、脳裏にハッキリと刻まれている。

とは言え、公式サイトでわざわざ注意喚起なさっているくらい、贋作品で構成された展覧会・美術館が多発・横行しているらしく。私が行ったと思っている「山下清原画展」・記憶している『長岡の花火』は、いったい“本物”だったのか? 
大変遺憾な事だが、別の意味で心許無い。

改めて、山下清作品管理事務局の協力で開催されている「放浪の天才画家 山下清展」を、長野へ観に行こうと思っている。

贋作が世に溢れてしまった遠因は、放浪中に受けた恩義へ作品で謝礼した、という映像作品中の“演出”を、“事実”と誤認されたが故。現実の山下清は放浪中、『きれいな景色やめずらしい物を見る』のみで、描くのは帰るべき場所へ戻ってから。『ゆっくり思い出して』行う事だった(ただし、放浪生活に終止符を打った後のヨーロッパ旅行では、初めてスケッチブックを持参した由)。

つまり山下清の脳は、視覚野で受容した刺激を、網膜に映じたままの精緻細密な解像度と鮮明瞭然たる色彩を伴って、長期記憶へ移行出来たのだ。成人後も、極めて高度な映像記憶能力を保持し続ける、“異能”の持ち主だったと言う事を意味する。

本邦の『天才画家』が49歳で早世した、3年後。奇しくも彼が、晩年の傑作『ロンドンのタワーブリッジ』の想を得た街で、もう一人の“異能”が生を受けた。

山下清と同じく、奇跡と称すべき鋭敏な視覚と映像記憶能力を有し、精細でありながら不可思議な躍動に溢れた都市風景を描く、スティーブン・ウィルシャーだ。

半世紀先んじた天才が、3歳の時に重篤な消化不良を患ったが為、言語障害・知的障害に見舞われたように。スティーヴン・ウィルシャーも、幼少時から重い言語障害を抱えており、3歳で自閉症と診断された。また、病死・事故死の別はあれど、両人とも、年端も行かぬうちに、実父を亡くしている。

しかし、困難の多い境遇から養護施設へ入所した結果、驚異的な“描く力”を見出され、熱心な支援者を得て、天賦の才能が開花した点も、共通していた。

神経科学は専門でないので、オリヴァー・サックス『火星の人類学者』で詳述している、少年期から青年期のスティーヴン・ウィルシャーについて(第六章「神童たち」)読んだ限りの、私見だが。

二人の『天才画家』は、本来、言語を習得し、知能を発達させ、社会性を獲得すべき乳幼児期に、過ぎるほど敏感な視覚で、その脳を謂わば“占拠”されてしまった結果、心理的機能の発達に障害を抱える事になったのだ、と思う。

殊にスティーヴンは、凡人の努力では到達し得ない傑出した映像記憶を、“異能”として天から与えられた代わりに、言語習得に必須な意味記憶と、知能発達に不可欠なエピソード記憶、そして社会性獲得の端緒となる共同注視の発現を、ほぼ完全に逸してしまった。

『神童』は、“視覚の囚人”とも謂うべき、サヴァン症候群の典型症例だった。

されど現実の山下清が、映像作品中の『裸の大将』とは全く違った、個性的で魅力的な人物だったように。

スティーヴンも、『レインマン』とは全く違う人生を……“異能”の発露である作品と、彼の作品を愛する人々の支援を拠り所に。『冴えたやり方』ではないけれど、彼にしか出来ない『たったひとつの』独創的な方法で……恐らくは完全に、自覚というものを欠いたまま、切り拓いている。

科学の研究にせよ、散文の叙述にせよ。人間の創造的活動には、メタ認知能が必須だが、あくまでも凡人の枠にある限りの事。人間の脳それ自体も、『無限に広がる大宇宙』なのだ。未だ人智の外にある“可能性”の根源である事は、決して忘れてはならないと思う。

【追記】
 長野県信濃美術館で開催された「放浪の天才画家 山下清展」の観賞記も、連載完結してます。御興味おありの皆様には下記リンクから、お時間許す範囲でお立ち寄り戴けますと、幸甚です。

  >> 『視覚の天才 (1)』
  >> 『視覚の天才 (2)』
  >> 『視覚の天才 (3)』
  >> 『「山下清展」取材日記』

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