高潔な人格と高邁な知性を備えた『かけがえのない科学者』が、不正論文を巡る渦中で自死を選択した事件は、残念ながら初めてではない。
彼らはいずれも、科学者の矜恃を失った上司の不足を補い、未熟な後進を庇い続けた果てに力尽き、遂には希死を念慮する。報道の多少は些末な問題で、事の経緯を理解もせず騒ぎ立てるだけの衆愚に、翻弄された訳ではない。
真理を探求するに相応しい、高度に研ぎ澄まされた自身のメタ認知能こそが、己の過誤を責め立て如何なる瑕疵をも赦さないゆえの自死だ。
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笹井 芳樹先生は、疑惑の調査が進みつつあった3月の時点で、早々に上長へ副センター長辞任を申し出た。更に、論文撤回が事実上確定した6月以降は、自らの辞職と研究室の閉鎖を覚悟し、メンバーの再就職先等を探していたとのこと。
指導していた研究員や大学院生の、就職先を探し、これまでの研究を論文にまとめさせ、学会発表の準備をさせている最中。
怜悧且つ厳正な彼は、気付いてしまったのだ、と私は思う。
再就職の推薦者や、論文の責任著者や、学会の共同発表者として、
自分の名を記すことが、むしろ後進の将来を曇らせてしまう事実に……
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3月下旬以来、『そんなオカルト』『O嬢の物語』『皇帝の新しい服』『理系女子ですが、なにか?』と4回に渉って、STAP細胞論文を巡る“騒動”に対し、持論を公開してきたが。各種報道で“黒幕”とも“首謀者”とも非難されてきた笹井先生に、敢えて触れなかったのは故意である。
もう20年近く昔、ほんの数ヶ月のことではあるけれど。
笹井先生と御家族から、個人的な御厚意を賜ったから……
僅かであっても、私情を交える懼れがある事象には、公の言及を避ける。
学生の頃から習い性となった、科学者としての怜悧且つ厳正な矜恃ゆえに、(元より何の力にもなれない、私自身はさておき)実験研究に携わる朋友達は彼から遠ざかり、孤立を一層深めてしまったのでは、とも拝察している。
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自身の存在意義に疑念を抱いてしまった彼が、高潔高邁なお人柄だったからこそ、
感じて、考えて、選んで、決意したことを、私は決して、否定しない。拒まない。
笹井先生が御自身に下した処断は、真理の探求に相応しい怜悧厳正なメタ認知を、
事件の渦中に在って尚、保持していらした旨、一点の曇り無く証する結論だから。
ただ、御家族の無念と朋友達の慚愧を思い遣り、
ひたすらに、その死を深く静かに哀悼するのみ……
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