2018年12月18日火曜日

“発達障害な僕たち”との論考

いつも拙文へのご愛顧を賜っておりますサポートセンターのブログ『発達障害な僕たちから』へは、綴り手の皆様へ宛ててGoogle+の拙ポストを介し2016年の6月下旬からは時々7月上旬からは原則として更新の度コメントを寄せさせて戴いて参りました。

さりながら消費者向けGoogle+が来年8月で廃止されるとの報を受け、暫定的に今後の寄稿はBloggerへ移転してみることにします。ひとまず新設した「コメント」というラベルで記事を一覧できますが、ご不便の点がございましたらご遠慮なくお知らせ下さい。

また過去2年半分の拙ポストにつきましては、ブログ『発達障害な僕たちから』でご引用戴いた文章を中心に、重要と思われる論考を少しずつBloggerで再録していこうと考えています。手始めに今年の3月・5月に俊介さん・Mr. Joeと交わした、支援のゴールは何処に置くべきか?という問題についての遣り取りを、以下に転載いたしました。
こちらの対策も、ご意見・ご要望がございましたら是非お申し付け下さい。

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2018-03-18
発達障害の人を積極的に雇用します!!
僕は応募しないけど 俊介


まず、はじめに…『ヒルマ先生』という呼び方は、ご勘弁願えませんか? その敬称が相応しい職位を離れて、最早10年以上が経ちました。今の私は、社会保障の支援を受けつつ療養している初期癌患者。そして皆さんのブログで貴い勉強の機会を頂戴しているわけですから、むしろこちらこそが「俊介先生」とお呼びすべき立場と思っています。

さて『当事者の人たちは本当に それでいいのだろうかと悩む』俊介さんの『言いたいこと』は、拙ブログの一文を引用すれば『障害の「受容」は「迎合」ではないし、支援への「信頼」は「依存」ではないし、「合理的配慮」は「情緒的庇護」ではないのに、勘違いなさる大人たちが依然、後を絶ちません』という憤りだと拝読しました。

もう少し具体的に書くと、当事者さんに『人と関わらなくても良い』『ストレスなくできる』『バグを探す仕事だけ』をさせるのは障害に「迎合」しているだけですし、『障害者雇用で採用』し『生活していけるだけの給与』は『無理だ』と諦めさせ支援への「依存」を強いているだけですし、「理想論で言うと……活躍してほしいな(現実には、活躍するなんて無理なんだけどね)」と上から目線で語るのは「情緒的庇護」でしかない、ということ。

恐縮ながら転載にはキツすぎる表現をさせて戴いた次第は、いくら穏和なお人柄が身上の俊介さんとは言え憤りの気持ちはご自分で把握・表現することが大切だと考えたから。ホンモノの「合理的配慮」を実現していくためには、当事者さんが自己を主張し相応しい支援・適用すべき合理的配慮は何かご提言下さることが是非とも必要なんです。

【拙ブログの関連記事】「“合理的配慮”てコレやがな!」

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2018-03-19
発達障害の記事に心を痛める僕です。俊介


なるほど、なるほど……過ぎるくらい穏和なお人柄が時に過剰適応を引き起こしてしまう俊介さんへ、敢えて「怒っても、いいんですよ?」と促すべく昨日の拙文では「憤り」という言葉を使わせて戴きましたが。

もっとシックリ来るのは『心を痛める』という表現なんですね。俊介さんならではの思い遣りに満ちた文章、ありがたく拝読いたしました。

ところで過分のお褒めを頂戴し感謝に堪えませんが、『すごい』という賛辞は謹んで辞退申し上げたく。スタッフさんの心に『こんな表現ができるようになりたい』と向上の意志を喚起し得た旨は光栄の至りとは言え、私が『こんな表現ができるように』なれたのはあくまで自分の「好きなこと」を続けてきた結果。その過程で国立大学に学ぶ機会を得たり公の奨学金・助成金を授かったりしたのに、個人的な諸事情により社会還元を叶えていない者が受ける賛辞ではないと考えています。

『すごい』という賛辞に相応しいのは、実際に支援を行動化なさっている皆さんでしょう。例えば青木先生をはじめとするサポートセンター名古屋の皆様がそうですし、実のところ『発達障害の人を積極的に雇用している会社の社長さん』も『すごい』と私は思うのです。たとえ「合理的配慮」を「情緒的庇護」と勘違いなさっているにしても、実際的な支援が当事者のご家族に当座の救済を与えている現実を前にすれば、その勘違いはほんの僅かな瑕疵に過ぎないのかも知れません。

じゃあ、ヒルマ小母ちゃんが『実際に支援を』しないのは、なぜか?

それは『支援者でも 専門家でも、当事者でも』ない一方、発達障碍について『趣味の範囲で勉強してきた』経験を活かし自家製療育で我が子の自立を叶えつつある『当事者の母親』という立場でなければ、俊介さんたちの『違和感』を闊達に代弁できる傍目八目の「自由」を維持できないからです。誠にもったいなくも青木先生が『こういう時には僕なんかより「ヒルマ」さんに聞けば『答え一発!!カシオミニ』だ。』と当方をご指名下さったのは、まさしく「拈華微笑」と言ったところでしょうか。

【拙ブログの関連記事】「爾後の顚末」

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拙宅の娘で言うならば、本邦屈指の私立大学へギリギリ滑り込めた幸運を最大限に活かしてニッチな専門職の国家資格を取り、必修の第2外国語のみならず留学用に第3外国語も基礎講座で独学の地盤を築き、卒業研究の主題のことならたぶん大学で一番に詳しい(その主題を研究テーマになさっておられる先生がたは、皆さん他大学の所属なのでw)という所まで「武器」を磨くことが叶っています。

とは言え、不登校で高校や大学を中退してしまったり、なんとか卒業単位を揃えたものの就活で不適応を起こしてしまったり、発達障害の二次障害へ陥ったお子さんを支える親御さんがたは、ほとんどの場合とりあえずアルバイトをさせたり専門学校で資格を取らせたり、ハローワークや就労移行支援で当座の職へ就かせたり、焦るお気持ちが災いしてか「今」の安堵ばかりを求めてしまう模様。

けれどMr.Joeが説いておられるとおり、お子さんが生き抜いて行かねばならないのは『親亡き後』も『長く続いて行く』未来。そして、バイトで積める経験や専門学校で取れる資格や、ハローワークや就労移行支援で就ける仕事は、遺憾ながら「みんな」と同じ「普通」の枠内に踏み留まってようやく、口に糊することが叶う「道具」でしかありません。

五感や認知に凸凹を抱えた当事者が、延々と『親亡き後』も『長く続いて行く』未来を生き抜くためには平凡な「道具」ではなく、凸凹があっても居場所を奪われない『必要とされる人に』なれる「武器」を、是非にも習得せねばならないのです。とりあえずのバイトや専門学校は、せいぜい生活リズムを整えるためのごく初歩的なサポートにしかなり得ない旨、親御さんがたには重々お心得戴きたいと願って止みません。


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2018-05-17
お母さん方どうか理解してください。Joe


Mr.Joeの見事な連載の最後に、またも拙文引用の名誉を賜り誠に畏れ入ります。

支援のパイオニアから『アドバイザーのような働き』と過分のお言葉を頂戴するのは恐縮の極みですが、スタッフの皆様が『とにかく納得』して下さったのは率直に嬉しい。ヒロさんと青木先生が二人でお始めになったブログを長年愛読させて戴いて参ったお蔭様で、拙宅の娘も「武器」を切瑳することが叶った、せめてもの御恩返しとなれば幸甚です。

集団教育への不適応やひきこもりに陥ったお子さんを支える親御さんが、「働いてくれさえすれば それで満足」と低い目標で遠慮してしまうのは、二次障害を契機に我が子へ下された発達障害の診断が金輪際「伸びない」と断定する烙印なのだ、と誤解なさっている所為でしょう。そして誤解の原因は、「みんな」と同じ「普通」の枠に縋り付くほかまともに生きる術は無いという親世代の偏狭な固定観念だと私は拝察しています。

時代が昭和から平成に変わり世紀を跨いでも尚、五感や認知に凸凹を抱えたお子さんの生きづらさから目を背け「みんな」と同じ平凡な「道具」に拘泥なさる。その固陋な遠慮は、我が子を「受益者負担」という「正論」の枠に嵌め込み、本来は社会が担うべき合理的配慮に係る経費を我が子が生んだ成果から搾取させ、「普通」を自認する「みんな」にだけ都合が良い情緒的庇護へ、そうとは知らぬまま荷担しておられるに過ぎないのです。

大切なお子さんの未来をこそ慮るのであれば、凸凹があっても居場所を奪われない『必要とされる人に』なれる「武器」を習得することが要諦と、親御さん方には是非にもご理解戴きたいと願って止みません。

【拙ブログの関連記事】「待ち設ける親 と 伸び行く子」

2018年12月17日月曜日

バイトは就労にして就職に非ず

いつも拙文へのご愛顧を賜っておりますサポートセンターのブログ『発達障害な僕たちから』へは、綴り手の皆様へ宛ててGoogle+の拙ポストを介し2016年の6月下旬からは時々7月上旬からは原則として更新の度コメントを寄せさせて戴いて参りました。

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2018-12-17
30歳程度の悪いアスペな僕が感じている
危機感を皆様と共有したいのです。ヒロ

「ハローワーク」は、ダメだと言っているわけではありません。僕たちのような状況の人たちには、なすすべがない ということなのでしょうか。
スギさんが現在の職場である都内の飲食店で働くようになったのは17年10月。サポステを訪れてから約1年半が経過していた。その間、サポステでは、第一歩を踏み出すために個別のカウンセリングやいろいろな無料セミナー・講座を受けた。
 僕なら まずは「スギさん仕事が決まって良かったね。続けられたら そのことが また自信になるよ。」と言いたいです。
飲食店では、調理の仕事をしているスギさん。そしていま、さらなる一歩を考えている。不安定なバイトから、安心して働ける雇用形態の職業を目指している。
「うん? 飲食店で調理の仕事?」「あああ、アルバイトなのか。」
そしていま、さらなる一歩を考えている。不安定なバイトから、安心して働ける雇用形態の職業を目指している。
「おおおおおおお、やっぱりサポステわかっていらっしゃるのですね!!!!!」 
で、ここが この記事で1番大切なところです。
「不安定なバイトから、安心して働ける雇用形態の職業を目指している。」激しく同意です。
 
「そうだ!!スギさんも気づいたんですね。まだまだ遅くないですよ!!」と、俺は「スギ」さんの手をにぎって励ますんだ。
で、スギさんは それからどうしたのか? 
えっ!! あれ、おしまいですか!!
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そうです、そうです!
ヒロさんがお気づきになったとおり、無料で利用できる公的な就労移行支援ですと、アルバイトでも「就労」と見做されサポート対象から外されてしまうため、当事者さんが『不安定なバイトから、安心して働ける雇用形態の職業を』目指す意志を持てても、後は自助努力でどうぞ……という次第になってしまうようなのです。

加えて多くの親御さんは「バイトから正社員に昇格できるかも」などと昭和風な甘いお考えでらっしゃる気配。平成の雇用はあらゆる分野が、昇進・昇給の無い非正規(ないし企業側が公的補助を受けられる障害者枠)で労働力を賄うべく腐心する方針へ転換してしまったのですから、バイト(ないし障害者枠)から正社員なぞ夢物語なのにご承知戴けていません。

斯く言うヒルマ小母ちゃんの娘も卒論執筆の傍らボチボチ始めた就活は、ニッチな専門職ゆえ求人自体が稀なことも相俟って、常勤・非常勤の別を問わず応募中。されど就労の目的は、専門職の正資格取得を実務で満了し海外留学へ赴くための足掛かりですので、当人は到って意気軒昂。『みんなと同じ』ではない自分には、どんな『なすすべ』があるのか……見通しが立っているからこそ、彼女がひきこもる危惧は無いのです。

【拙ブログの関連記事】「多様性発達者の就労支援」 「多様性発達者の修学支援」

2018年12月16日日曜日

拝啓、“発達障害な僕たち”さま

いつも拙文へのご愛顧を賜っておりますサポートセンターのブログ『発達障害な僕たちから』へは、綴り手の皆様へ宛ててGoogle+の拙ポストを介し2016年の6月下旬からは時々7月上旬からは原則として更新の度コメントを寄せさせて戴いて参りました。

さりながら消費者向けGoogle+が来年8月で廃止されるとの報を受け、暫定的に今後の寄稿はBloggerへ移転してみることにします。ひとまず新設した「コメント」というラベルで記事を一覧できますが、ご不便の点がございましたらご遠慮なくお知らせ下さい。

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2018-12-16
失敗した僕たちが再び
社会復帰するために絶対に必要なもの。ヒロ

集団行動の練習をするとか、毎日何キロ走らせるとか、またはビジネスマナーの練習ということで、電話の応対や面接の練習をするとか、多くはそんなプログラムが多いのではないでしょうか。
もちろんサポートセンターもそれらについては、必要だと思っています。毎日、プールやジムで体力の回復を図っていますし、基本的な社会スキルの習得も重点を置いています。でも、遊ぶことを重要視しているその背景には、自分の殻を突き破ることを願ってのことからなんです。 
言い換えれば、モチベーションをあげることです。
毎日、ダイビングを続けること。(毎日、潜り続けることは健康を害してしまいますので、毎日は潜ってはいません。講義やダイビングショップのお手伝いをしたりとかです。) 
テニスやサーフィンを頑張ってやること。  ダンスを先生について学ぶことなどなど。  ボランティアを一生懸命すること。 
遊んでいるようで、実は真剣なんです。 
支援している人たちの多くは、最後まで一生懸命やりきったという経験がありません。ですから、色々なプログラムをやらせてみて、その中から、好きだというもの、得意だというものにフォーカスをしていきます。
毎日、やり続ける事で、一年も経てば、彼らの顔つきは格段に変わっています。
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そうです、そうです! 
『再び社会復帰するために絶対に必要』あるいは、ひきこもるほか術が無いなどと追い詰めてしまわぬため『絶対に必要なもの』は、当事者さんご自身が『最後まで一生懸命やりきったと』実感できる経験、すなわち失敗体験から成長体験への昇華なんです!

最悪なのは、成功のみを要求し失敗を厳しく糾弾する文化である旨は、言うに及ばず。失敗を一応は容赦しつつ成功による補塡を『失敗体験<成功体験』なぞという公式で要求する文化も、当事者さんの『最後まで一生懸命やりきった』実感ではなく親御さんや専門家の「上から目線」な主観を優先しておられる点で、根本的な勘違いをなさっているのではないか……と私は考えています。

たぶん親御さんからすれば、お子さんが『自分の殻を突き破ることを願って』例えば大学進学を奨励なさった「つもり」なのでしょう。しかしその進路選びは本当に、当事者自身が『最後まで一生懸命やりきったと』実感できる『好きだというもの、得意だというものにフォーカス』していたのか……「上から目線」な主観を一旦離れた俯瞰で、今ふたたびお考え直し戴けますと幸甚です。

【拙ブログの関連記事】「ひきこもらせない文化」

2018年6月27日水曜日

「親になる」のは難しくない?

『子育ては難しい?それとも難しくない?』

いつも拙文へのご愛顧を賜っておりますサポートセンター名古屋ヒロさんから、こんなご下問を頂戴しました。それにお答えするため、「育つ」行為の主体はお子さんなのに親御さん主体で「子育て」を成功させねば!とお考えだから、『子育ては難しい』『難しい子育て』と溜息を吐く顛末へ到ってしまう。つまり「子育て」という概念にこそ「難がある」と、ホントは3行足らずで済む話を長々と説明させて戴いたのが前回

今回は、じゃあ「parenting(直訳すれば「親になること」)という概念を以て向き合いさえすれば、たとえ生来の五感や認知に凸凹があって「普通」の発達過程をたどる「みんな」と同じペースで「育つ」ことが叶わなかったケースでも、我が子の「育ち」を支え将来の希望へ導くことは『難しくない → 簡単』なのだろうか?というお話です。

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結論から先に言ってしまえば、『難しくない → 簡単ですよね?』というヒロ師兄の問いかけには、ぃやぃや〜簡単じゃないですよ〜とお答えを返すことになります。

殊に師兄の場合、ご自身で繰り返し綴っておられるように『自分が失敗したことを客観的に見て、どうすればよかったのかが わからないとダメ』な『座学や自分で本を読んだだけでは 理解できない』特性をお持ちなので、いっそう簡単ではないでしょう。

ただし「親になる」ことは、事前に『あらゆることを経験して失敗して そこから学ん』でおくことが、誰にとっても不可能。『座学や自分で本を読んだだけで』理解する力がある「普通」の発達過程をたどった「みんな」でも、簡単である筈が無いのです。どんな子の「親になる」か、産まれて/育んでみないことには全く判らないのですから。

『子育ては難しい』『難しい子育て』と溜息を吐いてらっしゃる親御さん方が、考え違いをなさっておられる最も重い誤解も、たぶんそこだろうと私は拝察しています。

お子さんが不登校や不就労といった社会への不適応に陥り、うまくいかない「子育て」で悩む顛末へ到った所以は、産まれて/育んでみないことには全く判らない我が子に即し、どんな「親になる」か決していくべきだったのに、『座学や自分で本を読んだだけで』あるいはご自身が「普通」の発達過程をたどって来た中で、習い性としてきた親御さんの嗜好や価値観に即し事前に「子育て」の理想を描き予定を立ててしまったから。

『子育ては難しい』『難しい子育て』と行き詰まっておられる旨は誠にお気の毒ですが、辛辣な物言いご無礼ながら「parenting」という概念を以て娘との関係性を築いてきた視座から拝見すれば、手前勝手に描いて来た「子育て」の理想が破れた・予定が崩れた、と親御さんご自身の考え違いを棚に上げ右顧左眄しておられるに過ぎないのです。

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以上のような見方をすれば、『自分が失敗したことを客観的に見て、どうすればよかったのかが わからないとダメ』な『座学や自分で本を読んだだけでは 理解できない』特性をお持ちなヒロ師兄の『難しくない?』というご下問には、簡単じゃないけれど事前に勝手な理想や予定をお立てになれない分、定型発達症候群に陥っている「みんな」よりずっと我が子に即した「parenting」がお出来になれそうとの結論になります。

そして前回の最後、ヒルマ小母ちゃんの感想は「Parenting is just Wonderful!!!(「親になる」って尊い!!!」だったと申し添えましたが。「Parenting」という概念を以て生来の五感や認知に凸凹がある子どもと向き合う上で大切なのは、次から次へと起こり続ける「wonder」(意訳すれば「想定外」)を「理想が破れた・予定が崩れた」と難しがらず「理想は仮想・予定は未定・大丈夫は、だいたい丈夫!」と楽しく感応できる心です。

『ドラゴンボール』『スターウォーズ』Sense of Wonder を磨いてきたヒロさんなら、きっと「うまくいっちゃう」はず!と蔭ながら信頼申し上げております。

>>前篇『Parenting is Difficult or Not?』を読む

2018年6月25日月曜日

Parenting is Difficult or Not?

『子育ては難しい?それとも難しくない?』

いつも拙文へのご愛顧を賜っておりますサポートセンター名古屋ヒロさんから、こんなご下問を頂戴しました。ヒロ師兄へは3年前のクリスマス・イヴに、「いかなる無理難題でも、パワー全開でお応えするのが、師妹の勤め」との誓詞を啓上しております。

それに加えて、『子育ては難しい』あるいは『難しい子育て』という文言を、殊に専門家を名乗って発信しておられる御仁が、頻繁にお使いなのをお見かけする度、へそ曲がりなヒルマ小母ちゃん「なんだかなぁ」と居心地の悪さにムズムズしていたところ。

とは言え「いぃや、難しくないですよ!」と反駁したいがため、『子育ては簡単なんですよね?』と問われれば、それもちょっと違うかなぁと思うんです。

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そもそも「子育て」って日本語が、私は気に入らなかったりw
アメリカですと「parenting(直訳すれば「親になること」)という言葉を専ら使っているようですが、そちらの方が行為の本質を表現できている、と私は感じるのです。

ヒロ師兄の「言葉遊びで、お茶を濁すのか〜?」という声が聞こえて来そうですが、落胆するなかれ。人間てのは、どんなに視覚優位な感覚の凸凹をお持ちの皆さんでも、深く思考するには「言葉」を使わねばなりません。いわゆる「概念」てヤツですが、困った事に遭遇して頭を悩ませねばならない時こそ、コレが大きく影響して来るんですよ。

では、ヒロ師兄が『ご両親の要請で面談に同席』なさった親御さん方は、一体どんな困った事に遭遇して、頭を悩ませねばならない状況へ陥ってらっしゃるのか?

「だーかーらー子育て、ですよ!みなさん、子育てに失敗して悩んでる、って書いたじゃないですか?」とヒロ師兄からツッコミ入りそうですが。はい、その「子育て」という言葉をマルッと「parenting」へ差し替えてみて下さい。日本語直訳なら「親になること」ですけど、皆さんは「親になること」に失敗しちゃっておられるんでしょうか?

そんなことは、ないですよね。ご多忙の合間を縫ってサポートセンター名古屋へ連絡を取り、ご多用を遣り繰りして面談の時間を拵えて下さったのですから、皆さんは「親になる」という行為に於いて叶う限りの最善を尽くそう、と努めてらっしゃる。そんな親御さんに対して「parenting」に失敗した、と決めつける輩こそ唾棄すべきでしょう。

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そもそも「子育て」という概念が、たくさんの問題の根源になっている、と私は考えています。本来「育つ」行為の主体は子ども自身である筈なのに、「子育て」という概念ゆえ親の方へ主体が偏向させられてしまっている。

特にお子さん生来の五感や認知に凸凹があり、「普通」の発達過程をたどる「みんな」と同じペースで「育つ」ことが叶わなかった場合、行為の主体が親御さんへ偏向させられているご家庭で、子どもを主体とした(いわゆる当事者本位の)サポートが実現せず親の価値観に沿った方策ばかりが施された結果、二次障害へ増悪させる例が後を絶ちません。

大統領さんの ご家庭も  名無しさんの ご家庭も  東大さんの ご家庭も
Mr. Joeの ご家庭も  俊介さんの ご家庭も  ジャイアンさんの ご家庭も

そしてヒロさんのご家庭も、「育つ」行為の主体はこの子自身なのだから、この子が「できないこと」を「できること」にするまで根気強く支えて行こう、と親御さんが「parenting」の概念で深く思考を巡らせて下さっていたら、重篤な二次障害に頭を悩ませねばならない状況へ、きっと陥っておられなかっただろうと私は考えているのです。

改めてヒロさんから頂戴したご下問にお答えすれば、「育つ」行為の主体はお子さん自身なのに、親御さん主体で「子育て」を成功させねば!とお考えになるから、『子育ては難しい』『難しい子育て』と溜息を吐く事態へ到ってしまう。つまり『難しい?それとも難しくない?』という話ジャナクテ「子育て」という概念にこそ「難がある」のです。

そして最後に、妊娠・出産を在米中に経験したお陰様で「parenting」という概念を以て娘との関係性を築くことが叶った、ヒルマ小母ちゃん自身の個人的感想は「Parenting is just Wonderful!!!(「親になる」って尊い!!!)」だった旨を申し添えておきます。

>>続篇『「親になる」のは難しくない?』を読む