その理由は追々言及の機会も訪れるかと存じますが、先ずは「東大さん」と「まるさん」ならびに毎日のご閲覧を賜っております皆様へ、不意の休載を心底よりお詫び申し上げます。また先年患いました初期癌の件で、ご心配をお掛けした向きもあるやも知れません。術後1年9ヶ月の検診はお蔭様で無事に済みました旨、申し添えておきます。
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2019-02-22
優先順位が わからないアスペルガーな僕。東大
『「できません。」と先輩研究員に言うと がっかりされて、そのあと どのようにコミニュケーションをとればいいのか、わからなかったのです。
「できません。」と言ったが最後、みんなから除け者にされるのではないかと、不安にも思っていました。
でも、時間だけが経っていきます。みんなは僕の実験結果を待っています。それがなければ、チームに大きな迷惑をかけてしまいます。
朝一番に研究室に行き、帰りは日付が変わるまで頑張っていた ぼくです。しかし、眠れなくなりました。怖い夢を見ました。
とうとう、不安が強くなって、家から出られなくなってしまいました。
心配した母が、担当教授に面会を求めました。そして はっきりと教授に言ったのです。
「息子は優しい性格なので、頼まれれば嫌とは言えないのです 息子は無理をしてしまったのではないでしょうか。」
研究チームを離れた僕は大学院終了とはなりません。しかし、母が教授に強く言って僕は終了と認定されました。
今 思えば、僕が はっきりと「お手伝いしたいのですが、ごめんなさい、担当している自分の研究で手が一杯です。」と断らなければならなかったのです。
そして、そのケースは僕が自分を変える良い機会でもあったのですが、残念ながら、僕は30年間、なんら成長もせずに生きて来ました。
しかし、今 支援を受け、僕の自己理解が進んだのです。』
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と言うわけで、「東大さん」こと大野さんがご多用を押して綴って下さった記事を、当方は無断で2回分もスルーするという非礼を働いてしまったにもかかわらず、『ホントは「進路選択ミス」なんです』と題した拙文で僭越ながら言及させて戴いた、教授へ息子の大学院修了を捻じ込んでしまったお母様の『勘違い。すれ違い。』を、改めて真摯誠実に自己理解へと昇華させて戴けた旨、誠に有り難く拝読いたしました。
実は拙宅の娘も先月、卒業論文の提出直前に『何を優先していいのか わからない』ゆえのパニックに陥り、『とうとう、不安が強くなって』ある状況からエスケープしてしまいました。さりながら大事には至らず、全ての課程を満了して卒業を無事確定できた所以は、指導教授が翌日夜に自宅まで丁寧なお電話を下さったお蔭様だったのです。
明くる日に私が取った行動は、まず娘へ「先様にお詫びし改めて相談を依頼するメール」の一般則を教え、娘が教授へ宛てて書いたメールの推敲を手伝い、教授から折り返し頂戴した返信を確認させて貰ったことだけ。前日戴いたお電話は偶々ですが夫が取りましたし、娘の母である私は彼女の指導教授と直にお話ししたことが依然ありません。
先日の記事で『指導教授とはあくまでも娘の人格を介してコミュニケートするよう、常々意識して参りました』と綴った次第をより具体的に言えば、親が果たすべき務めは我が子に他者と円滑なコミュニケーションを図れる人格を育むこと。我が子が苦手とするコミュニケーションを咄嗟に代行してしまうのは、辛辣な表現をご容赦願えば、我が子の人格を悪意無くしかし軽率に親の所有物として扱っているも同然の誤謬なのです。
ただ大野さんの場合は以前も書きましたとおり、時代を鑑みれば止むを得ない経緯だったとも私は考えています。いえ時代というより、やはり「文化」の問題と表現すべきでしょう。大野さんのご両親が息子さんのために選んだ進路は、狭き門ではあったにせよ「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させるのみ。たいへん遺憾ながら、隆さんの個性に沿ってピッタリ誂えた「特別」ではなかったゆえの顛末です。
医者だろうが弁護士だろうがハーバードだろうがMITだろうが、当事者の多様性に即していない「進路選択」では『人間として足りない』部分は補塡不可能。お子さんが『無理をしてしまう』リスクを生来抱えているならば、個性に沿ってピッタリ誂えたしかし臨機応変の「狭き門」こそが、リスクと戦える「進路選択」だと私は考えています。
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