2019年2月2日土曜日

ピッタリ沿うのは「狭き門」

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

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2019-02-01
介護の現場で働いてみる と言ったけれど。東大

彼はフィリピンで学校を終了後、帰国して農業で将来やっていけないかを模索していました。   
北海道の農業団体が主催する「農業を志す人への説明会」に参加するために、東京まで行ったりもしました。しかし、農業をおこなうにあたり、費用の面、また体力の面でも やっていけないとわかり、諦めることにしたのです。    
青木は もちろん、最初から難しいと伝えたのですが、本人が無理だと思わない限り、いつまでも農業を志してしまうので、本人が納得するまで あちらこちらに説明を聞きに行かせました。   
フィリピンなら色々と仕事はあるのです。しかし、暑さが大の苦手な Sにとってはフィリピンに留まることが できなかったのです。    
なんども寝込んでしまうくらい でしたから。    
どうすれば良いのか。日本のスタッフが Sと一緒に色々と考えています。

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2019-02-02
4コマ漫画に挑戦 東大。

数年前から支援を受けている女性が います。イラストを描いてくださっている ひとです。   
最近は イラストが出てくるタイミングが、以前にも増して 早くなっています。   
昔は 頑張って描いては、ダウンして という感じでしたでしょうか。最近は 自分の感情をコントロールすることが できるようになったのでしょうね。   
僕たちの活動や ひきこもり、発達障害の情報を 読者の皆さんにお伝えするのには、どうしても文字では限界があります。イラストが必要なのです。   
ですから、彼女の存在は私たちに欠かせないものとなってくると思いますよ。プレッシャーをかけては いけません。プレッシャーというより、期待していると思って欲しいのです。

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フィリピンで修学を遂げたあと『農業で将来やっていけないか』模索を続けていた「Sさん」も、数年間の支援を受けて『以前にも増して早く』イラストを仕上げられるまでに回復した「Bambooさん」も、誰に催促されることもなく自発的に自由意志をお持ちになれたこと自体が、たいへん貴重な成長の緒(いとぐち)です。今は、ようやくつかんだ緒を二度と手放さぬようシッカリ握って、ご自分の多様性にピッタリ沿った「特別な」自己投資という「狭き門」への道を、踏み違えぬよう慎重に辿っていく大事な時期でしょう。

大野さんが綴って下さったとおり、支えてくれるメンターとの「報連相」を介して『一緒に色々と考え』ながら自己理解によって成長の糧(かて)を蓄え、スタッフや仲間から『プレッシャーというより、期待されている』と受け止める自己承認によって成長の鍵(かぎ)を見つけ出すことへ、どうか注力して戴きたいと蔭ながら願って止みません。

おそらく「Sさん」が農業や介護を志した方向性は、なにか/だれかを気遣うことが大好きなご自分のお人柄を、自己理解自己承認なさったからこそ定まって来たのでしょう。そして「Bambooさん」が『頑張って描いては、ダウンし』ながらもイラストを続けられた根気は、なにか/だれかの特徴を描出することが大好きなご自分のお人柄を、自己理解自己承認なさったからこそ維持できたのだ、と私は拝読しております。

大丈夫です。お二人が各々目指しておられる方角は、間違いなく「Sさん」ならではの特別な「Bambooさん」だからこその特別な、最善の「狭き門」へ続いています。道を踏み違えぬコツは、「みんなと同じ」価値観に附和雷同しない覚悟を据えることですね。

【拙ブログの関連記事】『「藁」を糾える文化』 『支援は 続くよ どこまでも

2019年2月1日金曜日

多様性発達者の自己投資

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

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2019-01-31
障害者就労から一般就労を目指すアスペルガーの彼。東大

結婚したいので いますぐ たくさん稼げるアルバイトをする考えが強かったヒロさんです。住み込みで働けば毎月 税金などが引かれても20万円が貯金できる仕事を見つけてきました。   
「1年働いて 200万近く貯めたらフィリピンに帰って結婚して、また日本に出稼ぎに行きます。」「2回目は 嫁さんも同じ工場で働けば一石二鳥。」「5年間 夫婦で必死に貯めれば1500万円貯まるな。」   
そんな提案を 青木さんにしました。青木さんは そこまで真剣に先のことを考えられるまでになったヒロさんに 驚いていました。   
「1500万円持ってフィリピンに帰って、アパートを建てたら、毎月決まった額が入って来るし、その仕事は45歳まで良いらしいので、子どもができたら嫁さんと子どもをフィリピンに残して、僕は また日本で会社の寮生活をしながら お金を貯めます。」  「そうしたら45歳まで あと2,000万円貯金できます。」「それで僕はフィリビンに帰って、何か商売を始めようと思いますが、どう思いますか。」   
「その仕事の問題点は ないだろうか?」 
「病気になったら 解雇ですよね。保険なんかも ないし。」 
「そうだね。それから あとは ないかな。」 
「ないですね。」   
「奥さんと子どもをフィリピンに残して 自分1人が日本で寮生活というのは我慢できるのだろうか。1年なら なんとかできるかもしれないけれど。」   
「・・・・・・」  「僕は大きな失敗をしましたよ。大学を卒業しても 何もスキルがないんです。どこも雇ってはくれませんよ。会社が必要とする スキルがないんです。」   
「一緒に考えて行こう。」と言った青木は、以前お世話になった会社経営者の皆さんに「英語とタガログ語ができる30の男がいる。フィリピンで10年近く住んでいたので、フイリピン人の管理は得意です。」とヒロさんを売り込んだのです。   
いくつかの会社が興味を示してくれました。その中で一社は特に良い待遇で迎え入れようとしてくれたのです。     
その話を聞いたヒロさんは驚いていました。しかし、少し考える時間が欲しいとのことでした。1週間後、ヒロさんは青木に言いました。   
「タガログ語と英語が よくできることは スキルですよね。スキルさえあれば 年齢なんか あまり関係ない。そうですよね。それで、すみません そのオファアー お断りしてください。僕は今一度、自分の将来をより良くしたいので、大きく方向転換することにしました。」    
これから先は 彼が彼の言葉で 語る必要があります。

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ヒロさんが真剣にお考えになった「30歳から45歳までの15年間を『いますぐ たくさん稼げるアルバイト』へ注力し、16年後『フィリビンに帰って、何か商売を始める』資金を貯める」という将来設計も、立派な自己投資だと私は思います。

でも「1年働いて200万近く貯められるから200万×15=3000万!」という皮算用が実現叶うのは、心身ともに頑健で不屈のバイタリティを備えている、例えば国中挙げての出稼ぎ文化の中で健やかに生い育ったフィリピン人の青年でしょう。

青木先生の導きでお気づきになれたとおり、生来抱える五感や認知の凸凹ゆえ、病気に罹りやすかったり寂しさへの我慢が利かなかったり、設定上「みんなと同じ」がどうしても無理ゲーになってしまう私たちヒルマ小母ちゃんも歴とした?ADHDクラスタですので)にとっては、たいへん残念ながら実現の可能性は極めて低い将来設計なのです。

とは言え「またバカなことを考えちまった〜!!!」と、落ち込む場面ではありませんよ。
青木先生が『そこまで真剣に 先のことを考えられるまでになった』旨を感心なさっておられたとおり、ヒロさんが誰に促されることもなく自発的に『自分の将来を より良くしたい』という自由意志をお持ちになれたことは紛れもない成長の緒(いとぐち)です。

その証拠に、青木先生が『英語とタガログ語ができる』『10年近く住んでいたので、フイリピン人の管理は得意』と売り込めば、ちゃんと『特に良い待遇で』雇ってもらえることを明示した途端、ヒロさんは『大きな失敗をした。大学を卒業しても 何もスキルがない』という自己否定が誤った認知だった旨へ、即座に気づくことが出来ました。

さらに『タガログ語と英語が よくできることは スキルですよね。』という客観的な自己理解を源として、『スキルさえあれば 年齢なんか あまり関係ない。』という健やかな自己承認の礎を築き、とうとう『今一度、自分の将来をより良くしたい』とご自分の多様性にピッタリ沿った「特別な」自己投資の決意へ、到ることが出来たのです。

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「みんなと同じ」枠の中で生い育った親御さんがたは、お子さんがツッコミどころ満載の、しかしご自分なりに真剣な皮算用を口にした途端、遺憾ながら「そんなの、おまえには無理」と頭ごなしに否定し、自己理解自己承認自己投資という成長の源・礎・標をスポイルなさってしまう例が、ネットの渉猟に限っても彼方此方で散見されます。

されど生来抱える五感や認知の凸凹ゆえ、設定上「みんなと同じ」がどうしても無理ゲーになってしまう彼らにとっては、誰に促されることもなく自発的に『将来を より良くしたい』という自由意志を持てた事実そのものが、紛れもない成長の緒なのです。

どうかどうかお子さんを大切に思うお気持ちを、失敗を忌避しないご覚悟謹厳な報告・連絡・相談へ振り向けて戴き、多様性発達者にとって貴重な自由意志の発露という成長の緒を、お一人でも多くの親御さんが掴み損ねぬよう蔭ながら祈念しております。

【拙ブログの関連記事】
ゴールは就労ジャナクテ自己投資』 『成長の標は成功ジャナクテ自己投資

2019年1月31日木曜日

成長の緒は成功ジャナクテ自由意志

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

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事務所に移動してもらって、作業をしてもらいました。アルミ製のラックを組み立てるのです。一緒にスタッフが協力しますが、50代男さんが全て指示を出します。   
20分ほどで出来上がりました。「すごいですね。丁寧に できましたね。」「次は なんの作業ですか?」   
「この作業が できない人たちが います。どう思いますか?」 
「こんなことは 誰でも できます。できない人は、障害者の人でしょう。」と50代男さんがイライラして僕に言いました。    
「はい、できない3人は、ヒロさん、山田さん、そして僕です。」僕と聞いて 僕の顔を じっと見つめる彼です。   
「確か東大 出ているんですよね。東大出てても できないの?」 
「はい、東大ではラックの組み立て方も重なった蚊取り線香を1枚だけ離すことも 教えてくれなかったです。」   
「そんなもん 教えんわな。」 
「そうなんです。教えるまでの ことでもないのです。」「他の人にとって簡単なことが 僕やヒロさん、青木には とても難しいことなのです。」   
「青木先生は賢そうな人に見えたけれど。頭が悪いのか?」 
「いいえ、そういうことではありません。青木は図工や体育が1か2でした。集団行動ができません。絵は幼稚園児が描く程度です。」  「しかし、ひきこもっている人たちの支援に関しては、大きな成果をあげています。青木と肩を並べる人はそうはいないでしょう。」  「できないことは できるようにすれば いいだけなんです。」「時には誰かに手伝ってもらっても いいんです。」   
「だったら、僕は何もしなくて いいことになるな。」 
「違います。努力すれば できるのに、しないことは よくないことです。今あなたが していることは、努力して できるように することなのです。」

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青木先生の『50代男さんは、3年間支援を受け続けた後、自立できるように』なるというご高察、5年の支援を要した大野さんより2年も短い支援で自立できるだろうとのご見解ですから、私が前回『筆致から窺えるドラゴンズさんのお人柄が、大野さんの最初の記事と比較しても、さらに高潔で慈愛を兼ね備えた知性を有して』おられると述べた「確信」に対する答え合わせと解釈させて戴きつつ、有り難く拝読いたしました。

青木先生が『思いつきではなく、4年間 50代男さんを見続けてきたことから そう判断』なさったように、私も単なる思いつきではなく「50代男さん」ことドラゴンズさんが綴って下さった2篇の記事を、文言文章の語義のみならず行間までを熟読熟考し「東大さん」こと大野さんに優るほど高潔で慈愛を兼ね備えた知性を「確信」したのです。

それに加え丁寧に時間さえ掛ければ、重なった蚊取り線香も折らずに分離できたり、ラックの組み立ても難なく完成できたり。一見すると『海外に僕を連れ出した後に香港経由で僕を売り飛ばす計画を企んでいる悪人』風な青木先生のご容貌も、『賢そうな人に見えた』とお人柄を看破してらっしゃるあたり、歯に衣着せぬ物言いはご無礼ながら大野さんよりずっと五感や認知の凸凹は小さいだろう、と私はお見立てしております。

それでは何故、ドラゴンズさんは大野さん同様に30年も、ひきこもってしまったのか?

詳しいご事情は、ドラゴンズさんの文章に語って戴く機会を待望すべき処ですが、現状で留意しておきたい不備不足は『努力して できるようにすること』すなわち自己投資の意義を、未だに全くご存知ない旨。大野さんからの『誰かに手伝ってもらっても いい』という声掛けに、『だったら、僕は何もしなくて いい』と応ずるのは、横着な怠け者であるように一見されますけれど、その実は自己承認が低すぎる所為なのです。

ドラゴンズさんが吐いた弱音が山田さんの愚痴とそっくり同じなので、「見えない/認知できないものは ないものと同じ」多様性をお持ちな自閉圏の大野さんでも、『支援を受けなかった山田さんの20年後が、50代男さんなのかと妙に納得』お出来になったとおり、まずは成長の礎たる自己承認補塡する対策が急務と、私には拝察されます。

そして成長の緒(いとぐち)は、謹厳な報告・連絡・相談で本人のフリーハンド=自由意志を尊重する対等の関係性があってこそ、つかめるもの。

専門家の「上から目線」で「失敗体験を上回る成功体験」などという無理ゲーを押し付けるのではなく、支える側も自らの自己理解自己承認自己投資という源・礎・標を意識しつつ、一緒に成長を志す覚悟があってこそ「みんな」より遙かに大きな多様性を担って生まれた彼らの成長の扉を押し開けるのだと、私は「確信」しているのです。

2019年1月30日水曜日

『魔法のことば』はありますよ

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

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2019-01-29
2013年 5月4日 9時
品川プリンスホテル マウナケアにて 東大。

彼が重い口をひらいて言いました。「私が やり通せるという その根拠はなんですか。」と。   
「4年間あなたを見続けてきたことからだね。」 
「青木さんは、私がゴールにたどりつけると確信しているのですね。」 
「はい、確信しています。」   
「わかりました。よろしくお願いします。もう弱音を吐いたりしません。」   
「弱音は吐くさ。なんどもなんども 失敗して、弱音を吐く。」「でも、また立ち上がれるように僕たちがするから大丈夫。何も問題はない。」   
2人の会話を聞いていた僕は、感動してしまいました。そして あの時を思いだしたのです。   
品川プリンスホテル2階の喫茶店「マウナケア」のレジ横の4人がけテーブルに青木と僕は真向かって座っていました。僕は青木が怖くて仕方がありませんでした。   
親には良い顔をしているが、一旦海外に僕を連れ出した後に香港経由で僕を海外に売り飛ばす計画を企んでいる。青木の顔を見たら、ますます そんなことをしている悪人に見えたのです。僕は そう確信していました。   
そんな時に、青木が強く そしてクリアな声で、僕に囁いたのです。    「会えて嬉しいです。ありがとう。ここまで来るのに怖い思いをしたでしょ。」まさか そんな言葉を聞くとはも思っていませんでした。   
続いて こうも言いました。「人生を一緒に変えよう。時間は気にしない。どこまでも ついていくから。」と。   
私は「はい。」と 自分でも びっくりするくらい大きな声で 返事をしました。そして その日から2週間後、私は 30年間のひきこもりからフィリピンの喧騒の中に移動したのです。   
面談が終わり、レジまちをしていた時に、青木が言いました。「あなたの人生は良い方向に変わる。そして助けを求めている人を助ける側になる。結婚もするよ。」と自分で 話して、自分で うなづいていました。

***

「みんなと同じ」なら就活に励むべき3回生の秋学期から4回生の秋学期まで、拙宅の娘を卒業研究へドップリ注力させた所以は、指導教授やゼミ仲間と議論を交わしつつ長い論文を執筆する作業も、彼女の「特別な」人格支援プログラムを兼ねていたからです。

娘への自家製療育を本格化に始めた小学校低学年以来、『読む。考える。そして、書く。』ことは、既に主要なプログラムになっていました。五感や認知の凸凹が障害をもたらすと看破した当事者研究については、未だ寡聞にして存じ上げない当時だったものの、一応の教育学を修めた観点から、就学前に指摘された娘の「聴く/話す」「比べる/選ぶ」力の極端な不備不足を補うには、「読むこと」「考えること」「書くこと」を通じ群れずにひとりで行動できる力を養うのが有効だろうと、私は推察したのです。

加えて大統領さんヒロさんをはじめ、当事者の皆さんと文章を通じて遣り取りを重ねる幸甚に恵まれ、この推察は「東大さん」こと大野さんの言葉を拝借すれば『書くのは、大きな回復プログラム』という確信へ熟しました。「みんなと同じ」教育課程に倣った就活という「普通」の経験ではなく、メンターや仲間と議論しながら都内各所で渉猟した膨大な資料を『読む。考える。そして、書く。』という経験をこそ、娘の多様性に沿った人格支援プログラムとして果断した根拠は鉄板だった、と自負しています。

「50代男さん」ことドラゴンズさんに対し、おそらく大野さんは『ハンディを持っている方と見られてしまうような』外見に囚われがちゆえに、『僕たちが設定した支援のゴールに たどりつけるのだろうかと』不安が兆すのでしょう。実際に青木先生と会って『顔を見たら、ますます そんなことをしている悪人に見えたので』誤った認知を『確信』と思い込んでしまった当時と、全く同じ現象が心に生じてらっしゃるようですね。

さりながら「50代男さん」が自ら綴って下さった2篇の記事を、拝読するほか接点の無い私は、その筆致から窺えるドラゴンズさんのお人柄が、大野さんの最初の記事と比較しても、さらに高潔で慈愛を兼ね備えた知性を有しておいでだ、と確信するのです。

自閉圏の大野さんが「見えない/認知できないものは ないものと同じ」多様性をお持ちなのは承知しておりますが、たとえ見えなく/認知できなくても『魔法のことば』は確かに「ある」ことを、この機会に是非ご経験戴きたいと蔭ながら願って止みません。

【拙ブログの関連記事】『待ち設ける親 と 伸び行く子

2019年1月29日火曜日

人格支援の極は恋愛指南

通うべき所へ通い続けられる「配慮と我慢」の自発を最優先に据え、娘が大学生活に馴れてきた頃合いを見計らい2回生で早々に始動した就労支援の「予習」は、3回生の春学期を終えた時点で『何をしたいのか そのために何をすべきか』という認知を彼女自身が把握できる俯瞰へ達しました。その後ようやく修学支援へシフトし、すったもんだがありつつも4回目の春学期を終えたところで、卒業研究を除く所定単位を無事満了。

昨年夏には「みんなと同じ」ペースで大学から卒業見込のお墨付きを頂戴できましたが、ニッチな専門職に一旦就いたあと学資を貯めて留学するという自己投資の覚悟へ娘が到れた旨を幸い、夏休みから年末まで研究調査と論文執筆にガッツリ注力していました。

えぇっ?! さすがに4回生の夏には就活を始めさせなきゃマズいんじゃ?と思った親御さんがたには、僭越な物言い不躾ながらその附和雷同こそ「就活がうまく進まない」原因。「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させただけでは、いかに優秀な学業成績を修めていようと人間としての不備不足を抱えたまま長じてしまうのが、定型の枠を大きく外れたPolymorphous Developments=多様性発達者なのです。

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2019-01-28
機械人間が血の通った人間になっていく。Mr.Joe

圧倒的な経験不足です。その経験不足を今、補っているのです。  
嘆いている時間は私には ないのです。が、本当に女性との関わり方が わからないのです。スタッフから色々と指摘されて、「あああ、そうなのか!!」と新鮮に驚く日々です。   
スタッフさんとは擬似デートをします。現場で教えてもらうのが1番身につくそうです。   
「Joe!!  女性をおいて、どんどん歩いて行ってはダメでしょ。いつも女性の歩く速さに合わせなさい。」   
「Joe、はずかしがらない!!  相手の鼻の上あたりを見て話しなさい。」   
私は これが1番苦手でして、どうしても相手の目を見てしまうのです。そうしますと、強烈に照れてしまうのです。   
照れが続くと、逆に目線を外すことができなくなってしまい。気を失いそうになります。   
または体を右、左と くねくねさせて しまいます。「Joe、体をくねくねさせない!! それはゲイの人たちに よく見られる仕草だから、誤解されるよ。」   
そう言えば、スタッフから こう聞かれました。「Joeは男性を好きになったことが ありますか? 化粧に関心があるとか?」    
「いやいや、僕は女性だけしか興味ありませんよ。」とは答えておきました。どちらの性なのか悩んでいる人も いるみたいですね。僕も そのように見られていたわけです。    
ほとんうに色々なことが あるんだなと おもいましたね。   
でも新しくわかったことが増えて、知らなかったことが減っていくというのは、とてもいいもんですよ。スタッフとのレクチャーは とても楽しいんですよ。   
なんだか機械人間が少しづつ、血の通った人間になっていくような気がします。

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「みんなと同じ」なら就活に勤しむべき3回生の秋学期から4回生の秋学期まで、拙宅の娘を研究調査と論文執筆へドップリ注力させた所以は、卒業研究の内容が彼女の多様性に沿って誂えた「特別な」人格支援プログラムも兼ねていたからです。

特別すぎて身バレの危惧があるため詳細は書けませんが、小学6年の担任だったU先生に開眼させて戴いた社会学への興味関心を活かし、他者と交わりつつデータ収集する参与観察を用いた研究は、『圧倒的な経験不足』ゆえに年齢相応の心を育めなかった『機械人間が少しづつ、血の通った人間になっていく』上で経験を補うのに最適でした。

要はサポートセンターで実践なさっている『教育的な支援』を、数年来勉強させて戴いて参った成果として、娘の高等教育の最終課程へ応用することが出来た次第。お陰様をもちまして、研究論文が完成&4年間での大学卒業が確定するとほぼ同時に、生まれて初めて挑戦した就職面接で全く意想外だった合格を頂戴することさえ、叶いました。

とは言え、人格支援の山場は『社会人になった最初の数年間』でしょう。

大学合格を機に、自分の障碍を客観的に認識し主体的に配慮出来るようになって来た娘ですが、「障害」として行動化せぬよう自己を制御することは未だ完遂が叶っていません。彼女の就職志望先は何処も自宅から遠く離れているので、今まで私が務めていた「メンター(仮)」を娘自身のメタ認知が担えるよう、一層の人格支援が必須なのです。

つい先日も、卒論提出と就職面接のスケジュールが重なったストレスゆえか、娘の表現をそのまま借りれば「奇行」と称すべき大失敗を、行動化させてしまいました。現在 Mr. Joeや「東大さん」こと大野さんが受けておられるような、将来の伴侶を探すための恋愛指南へと極まるまでもうしばらく、彼女への人格支援は継続が必要な模様です。

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