2019年2月27日水曜日

不安な母 と ひきこもる子

これまでヒロさん東大さんや、ドラゴンズさんが呈して下さった疑義へお応えし、「頑張るお母さん」や「優しいお母さん」や「肝っ玉母さん」では、どうしてお子さんがひきこもる顛末へと到ってしまったのか、私説ながら解題を試みて参りました。

当事者の皆さんが、ひきこもりへ到ってしまった旨に理由があるように、皆さんの親御さんが、ひきこもった我が子への対応を誤ってしまった旨にも理由があるのです。

***

2019-02-19
4年前に出会った50代男さん。まる

ほとんど寝たきりのような生活でしたので、足の筋力が衰えていて、歩くことさえ うまくできなくなっていました。  ですから、最初は家の周りを歩くことから始めました。   
しかも 近所の人の目が気になる とのことでしたから、車で自宅まで伺い、少し車を走らせた所にある公園でのリハビリ開始です。  最初は30分間、スタッフと一緒にゆっくり公園内を歩くことから始めます。   
3日後に高熱が出て1週間中止。   
再び開始。「こんなことしても、もう手遅れだ。」とブツブツと独り言を言います。   
正直 私は腹が立ちました。「だったら、やめたら!! 31年目の ひきこもりにチャレンジしたら どうですか?」  そんな汚い言葉が、一瞬 頭をよぎります。    
しかし、私もまた このサポートセンターで10年近く支援を受けて、社会に戻ることができた人間です。   当時のスタッフや青木に散々 悪態をついて、支援を中断させて困らせてきました。    
そんな私に対して、1度も怒ることもなく、徹底的に寄り添い続けてくれたスタッフたち。そのおかけで、今の幸せがあるのです。    
「謙虚に!! 仕えるものに ならないと。」と自分に言い聞かせました。支援している人を通して 私も成長していくのです。

***

2019-02-25
ひきこもった子どもと親との交流の方法 ドラゴンズ。

家のことを手伝いたくなかったのではありません。   
ひきこもった当初は、何もしていなくて、家で じーっとしていることを もうしわけなく思っていましたので、掃除をしたりとか、洗濯をしたりとかしよう としました。 
しかし、母親が「そんなことは やらんでええ。お前は仕事を探してこい。」と なんども強く私に言ったので、いつの間にか手伝うことをしなくなりました。  
 30年間、何も家の手伝いをして来ませんでした。何もです。    
それは とても悲しいことでした。ひきこもっているだけで、家のことを手伝えないのではないし、手伝いたいと思っていましたから、なおさら悲しかったです。   
ですから、今の私は 何もできない人間になってしまったのです。 
Joeさんや東大さんが、「子どもたちに経験をさせてください。」と書いていました。   
僕は本当に そうだと思います。母親が全てやってしまうと、子どもは、いい年の大人になっても 何もできない人間になってしまいます。   
私が その証明です。

***

先週「まるさん」が書いて下さった記事を読んで、多くの読者の皆さんは「足の筋力が衰えていて、歩くことさえ うまくできなくなってしまうほどの状況へ、息子を追い詰めるなんて。どういうひどい親なんだ!」と、憤りをお感じになったかも知れません。

けれど私は、ドラゴンズさんのお母様は本来、何事もてきぱきこなして頼りになる「肝っ玉母さん」なのではないかと想像しておりました。案の定、ドラゴンズさんが30年に及ぶひきこもりで『ほとんど寝たきりのような生活』へ陥ってしまった理由は、あらゆる家事を『母親が全てやってしまう』むしろ「良いお母さん」だったからなのですね。

頑張るお母さん」も「優しいお母さん」も「肝っ玉母さん」も、皆さん揃って本来は「良いお母さん」なのです。

ただ「みんなと同じ」枠から外れぬ旨こそ正しいと信じて大人になった「良いお母さん」にとっては、障害と名指しされるほど大きな凸凹を我が子が生まれながらに抱えている事実だけで、『わかるからよくて、わからないからダメ』という自己否定に囚われ、不信感・被害感を我慢できず怒りでしか反応できない「カサンドラ」状態へ陥っても致し方ないほど、過大な難儀なのです。

ドラゴンズさんのお母様が「そんなことは やらんでええ。お前は仕事を探してこい」と、何度も強く息子さんへ言ってしまった旨にも理由があります。きっと何事もてきぱきこなしてしまう「肝っ玉母さん」からすれば、「みんな」よりゆっくり丁寧に時間をかけないと「みんなと同じ」ことを完遂できない、ドラゴンズさんの様子を目になさるだけでも不安で仕方なかったのでしょう。

当事者の皆さんが、大きくて深い不安ゆえにひきこもりへ到ってしまったように、皆さんの親御さんも、我が子に対する大きくて深い不安ゆえに対応を誤ってしまったのだと、私は考えています。

【補記】
「お母さん」と「子」シリーズとして、不定期連載して参りました。併せて前作にも、お目通し戴けますと幸甚です。

>>第1回『「良いお母さん」と「悪い子」』を読む
>>第2回『「変な子」と「変なお母さん」』を読む
>>第3回『暴れる子 と『頑張るお母さん』』を読む

2019年2月25日月曜日

最善最上の支援

サポートセンターの2月度無料相談会が最終日だった昨日、たくさんのご閲覧を20時台以後に頂戴しました。おそらく、全ての面談予定を終了なさったところだったのでしょう。お疲れを押してのご笑覧には、その有り難さにひたすら頭が下がるばかりです。

***

2019-02-18
サポートセンターの回復プログラム 東大

今まで支援を受けてきた人たちの多くは、回復の過程で同じ様子を示します。もちろん正確に言えば、一人一人違うのですが。   
そう考えたら、発達障害の支援は難しいわけではないのです。   
あえて何が難しいかといえば、1人1人にあったプログラムを考えて、実行して、様子を見て、微調整をして、より良い回復プログラムを作成するのが大変です。   
時間がかかります。ああだ こうだ とシュミレーションを色々と考えなければなりませんので、とても疲れます。   
本人がそのプログラムに関して、自分の意見を正しく述べられない事も多いので、それを見越して色々と考えを巡らさなければなりません。    
しかし、そうして考えに考えた回復プログラムが、本人にフイットして、確実に成果を出したことを知った時の嬉しさは格別です。    
僕もようやく個別プログラムを考えることを許されるようになりました。そして今、その効果を見る事もできています。  ですから最近は、この働きがとても楽しくなっていてますね。   
発達障害は成長するのです。その人に合った回復プログラムがあれば。    
そして、その人を回復まで寄り添って導いてくれる人がいれば、彼ら彼女たちは確実に社会に戻っていけるのです。

***

2019-02-24
先ゆく仲間に教えられて。ドラゴンズ。

「50代なのに すごいですね。」と私が そう東大さんに言いましたら、「全てサポートセンターのスタッフや、青木に指導してもらいました。」と話してくれました。    
「僕は5年前まで 着たきりすずめ でした。」「服は母親が買ってきたものを着ていました。」「音楽はクラッシックしか知りませんでした。」   
「何も知らない人間でした。」「そんな僕を変えてくれたのです。」「しかし、誰でも人は変わることを恐れます。」   
「私も最初は変わることに対して、スタッフたちに強く抵抗しました。」「しかし、そんな私を諦めずに、根気よく寄り添ってくれたのです。」   
「私は、今、変わってよかったなと心からそう思っています。」「そして、今でも日々成長しているんですよ。」    そう私に話してくれました。   
私は、もう無理だ と思っていた。今更。と思っていた。  
しかし、このままでは確実に後悔する。変わるお手伝いをしてくれる人たちがいるのだから、変わらなければ。

***

4年前の5月初旬、青木先生が『発達障害支援 大きな自信が欲しい』と題し、当時のお悩みを切々と綴った文章をブログ『発達障害な僕たちから』へアップなさいました。

末尾に添えられた『私たちのような支援団体に まず、望まれることは何ですか。』という問いに対し、何人かの読者の皆様はコメント欄へお返事を書き込んでおられますが、私は敢えて拙ブログで『前略、担当編集者さま』と題した記事を以て、お応えさせて戴きました。コメント欄への書き込みは、時間が経つと再読が難しくなるからです。

その拙文中で私は僭越ながら、青木先生ご自身が抱えておられる『自分の【感覚情報】を総体的に把握できない“特性”』について解題を試みた上、『然りながら、青木先生ご自身の“難儀”こそが、“強み”』そして『名言に倣えば「当事者の・当事者による・当事者のための支援、果敢に実践かつ地道に実績を積んで来た事実が、サポートセンター名古屋の“特性”であり“強み”なのだ』と訴えました。

もうお気づきかと存じますが、その当時にブログ書籍化の計画を担当なさっていた編集者様へ宛てた手紙という態を取りつつ、実のところ私は青木先生に対し厚顔にも、サポートセンターが目指すべき最善最上の支援をこそ、論じさせて戴いていたわけです。

***

心理や支援の専門職の方々がコメント欄へ書き込んで下さった、「プライベートをなげうって活動していること」とか「他人のために、24時間サポートするところ」とかいう指摘については、青木先生はいずれも「私の支援スタイルは よくない」「僕が そんな支援者を知ったら、あまり関わりたくない」とか「なんか聖人君子のように見られていますが、そうではない」とか、否定的な受け止め方しかお出来にならなかった模様。

さりながら私が展開させて戴いた論旨については、4年後の現在に不言実行を以てお応え下さったのです。

東大を卒業してなお30年近くひきこもってしまった「東大さん」こと大野さんが見事な回復を遂げ、『発達障害の支援は難しいわけではない』『発達障害は成長するのです。その人に合った回復プログラムがあれば。』と断言し、同じく30年もひきこもってしまった「50代男さん」ことドラゴンズさんへ『変わるお手伝いをしてくれる人たちがいるのだから、変わらなければ。』と、『励ます力』を連鎖・継承して下さっています。

この現状こそ『名言に倣えば「当事者の・当事者による・当事者のための支援、果敢に実践かつ地道に実績を積んで来た事実が、サポートセンター名古屋の“特性”であり“強み”なのだ』と訴えさせて戴いた拙文への、力強い肯定と有り難く拝読しました。

【拙ブログの関連記事】
前略、“発達障害な僕たち”さま』 『冠省、“発達障害な僕たち”さま

2019年2月24日日曜日

最善最上の療育

サポートセンターの2月度無料相談会は、本日が最終日。

先日来、フィリピンからの拙ブログご閲覧がピタリと止み、代わりに日本でアクセスを頂戴していることから、ご盛況の気配が伺えます。青木先生は無論のこと、きっとヒロさん東大さんも、名古屋で親御さんとの面談に尽力なさっておられるのでしょう。

***

2019-02-17
発達障害の子どもに経験を!! 東大

「ため息ついてはダメですよ。 自分で自分の気持ちを下げてはダメです。あなたは昨日より確実に成長してますでしょ。」 
と あまり日本語が うまくないスタッフが 話します。  
 「成長していますか?」「もちろん。」「どこらへんが成長していますか。」   
「レストランで会計をする。 タクシーを呼び止める。 今まで なんどかチャレンジしたけれど、あまり うまくいかなかったんじゃないですか。 今回は運転者さんに、1度聞き直されたけれど、通じて私たちは家に帰れます。」   
「こんなの 当たり前のことでしょ。できて当たり前。」 
「そうですよ。当たり前のことが できなかったあなたが 2つ出来るようになった。 毎日続けていけば、3年間で あなたは社会に もどれるんですよ。」  
「ほんとうに?」「はい、ほんとうです。」   
「社会に戻れるって。」「僕は今 ひきこもっていない。」「僕は あの部屋にいるんじゃなくて、今 外国に来て生活しているんだ。すごいことだよ。」   
狭いタクシーの中で、50代男さんが独りごとを呟きます。今日も一日が過ぎていきます。

***


そうするものなんだ と教えてくれたので わかったのです。   
経験していないことは できない。」これ、僕たちのような人には鉄則です。  
 だから東大さんが言うように「経験経験経験を こどもに与えてくださいな。」なんですよ。   
ほんと、僕たちのような子どもには、特別に時間をかけて、経験を与えてくださいな。   
「大変だな。」はい、その通り 大変な子どもです。   
「手間がかかるし、お金もかかる。」はい、その通りです。   
でも、小さい時から、同じ年齢の子どもより、より多くの上質な経験をさせますと、僕や東大さんのようにはなりませんので、お母さん、頑張って子どもさんに経験を与えてあげてくださいな。   
僕たちからの お願いです。

***

と言うわけで、頼りになるピンチヒッターMr.Joeが再登場! 拙宅では、俊介さんと同じく娘に相通ずるお人柄を、しばしば自家製療育の参考とさせて戴いて参りました。遂に彼女が大学卒業後の進路を自ら決断した今週、改めて心底より御礼申し上げます。

就学前に発達の遅れが告知された旨むしろ幸甚と受け止め、『小さい時から』娘自身の興味関心に沿って『特別に時間をかけ』『同じ年齢の子どもより、より多くの上質な経験を』積ませることに励んできた我が家でしたが、いよいよ最高学府を卒業した後に就労へ移行していくための自家製支援は、具体的な方策を立案しかねておりました。

以前より青木先生あつこ先生の記事で、大学生活へ適応させるための知恵はご教示戴いておりましたものの、失敗を大目に見てもらえる学生のうちは事無きを得ても、いきなり成功を当然のように要求される日本で社会人デビュウさせるのは、娘にとって至難の業だろうと予想されました。一旦サポートセンターから完全に離れ、実店舗で研修を積んでおられたMr.Joeのご様子は、学ばせて戴くところが非常に大きかった所以です。

発達の凸凹を指摘されたお子さんを対象に、公私様々な療育が巷に溢れるようになった昨今、幼い我が子の未来を案ずる親御さん方は、選択肢の多さに迷妄しておられる模様。その10年前に自家製療育を試行錯誤するほか術が無かったからこそ到れた、子どもが大人になってなお成長を続けていける人格を育む経験こそ最善最上の療育、という俯瞰を娘の自立を支えつつ徐々に社会へ還元させて戴く頃合いか、と愚考しております。

【拙ブログの関連記事】『待ち設ける親 と 伸び行く子』 

2019年2月23日土曜日

リスクと戦う「進路選択」

敬愛するブログ『発達障害な僕たちから』が更新される都度、コメントを寄せさせて戴いております拙ブログですが、2019-02-17「発達障害の子どもに経験を!!東大」2019-02-18「サポートセンターの回復プログラム 東大」2019-02-19「4年前に出会った50代男さん。まる」につきましては、誠に恐縮ながら急遽のお休みを頂戴いたしました。

その理由は追々言及の機会も訪れるかと存じますが、先ずは「東大さん」と「まるさん」ならびに毎日のご閲覧を賜っております皆様へ、不意の休載を心底よりお詫び申し上げます。また先年患いました初期癌の件で、ご心配をお掛けした向きもあるやも知れません。術後1年9ヶ月の検診はお蔭様で無事に済みました旨、申し添えておきます。

***

2019-02-22
優先順位が わからないアスペルガーな僕。東大

「できません。」と先輩研究員に言うと がっかりされて、そのあと どのようにコミニュケーションをとればいいのか、わからなかったのです。   
「できません。」と言ったが最後、みんなから除け者にされるのではないかと、不安にも思っていました。   
でも、時間だけが経っていきます。みんなは僕の実験結果を待っています。それがなければ、チームに大きな迷惑をかけてしまいます。   
朝一番に研究室に行き、帰りは日付が変わるまで頑張っていた ぼくです。しかし、眠れなくなりました。怖い夢を見ました。   
とうとう、不安が強くなって、家から出られなくなってしまいました。   
心配した母が、担当教授に面会を求めました。そして はっきりと教授に言ったのです。   
「息子は優しい性格なので、頼まれれば嫌とは言えないのです 息子は無理をしてしまったのではないでしょうか。」  
 研究チームを離れた僕は大学院終了とはなりません。しかし、母が教授に強く言って僕は終了と認定されました。   
今 思えば、僕が はっきりと「お手伝いしたいのですが、ごめんなさい、担当している自分の研究で手が一杯です。」と断らなければならなかったのです。    
そして、そのケースは僕が自分を変える良い機会でもあったのですが、残念ながら、僕は30年間、なんら成長もせずに生きて来ました。   
しかし、今 支援を受け、僕の自己理解が進んだのです。

***

と言うわけで、「東大さん」こと大野さんがご多用を押して綴って下さった記事を、当方は無断で2回分もスルーするという非礼を働いてしまったにもかかわらず、『ホントは「進路選択ミス」なんです』と題した拙文で僭越ながら言及させて戴いた、教授へ息子の大学院修了を捻じ込んでしまったお母様の『勘違い。すれ違い。』を、改めて真摯誠実に自己理解へと昇華させて戴けた旨、誠に有り難く拝読いたしました。

実は拙宅の娘も先月、卒業論文の提出直前に『何を優先していいのか わからない』ゆえのパニックに陥り、『とうとう、不安が強くなって』ある状況からエスケープしてしまいました。さりながら大事には至らず、全ての課程を満了して卒業を無事確定できた所以は、指導教授が翌日夜に自宅まで丁寧なお電話を下さったお蔭様だったのです。

明くる日に私が取った行動は、まず娘へ「先様にお詫びし改めて相談を依頼するメール」の一般則を教え、娘が教授へ宛てて書いたメールの推敲を手伝い、教授から折り返し頂戴した返信を確認させて貰ったことだけ。前日戴いたお電話は偶々ですが夫が取りましたし、娘の母である私は彼女の指導教授と直にお話ししたことが依然ありません。

先日の記事で『指導教授とはあくまでも娘の人格を介してコミュニケートするよう、常々意識して参りました』と綴った次第をより具体的に言えば、親が果たすべき務めは我が子に他者と円滑なコミュニケーションを図れる人格を育むこと。我が子が苦手とするコミュニケーションを咄嗟に代行してしまうのは、辛辣な表現をご容赦願えば、我が子の人格を悪意無くしかし軽率に親の所有物として扱っているも同然の誤謬なのです。

ただ大野さんの場合は以前も書きましたとおり、時代を鑑みれば止むを得ない経緯だったとも私は考えています。いえ時代というより、やはり「文化」の問題と表現すべきでしょう。大野さんのご両親が息子さんのために選んだ進路は、狭き門ではあったにせよ「みんなと同じ」教育課程で積める「普通」の経験を通過させるのみ。たいへん遺憾ながら、隆さんの個性に沿ってピッタリ誂えた「特別」ではなかったゆえの顛末です。

医者だろうが弁護士だろうがハーバードだろうがMITだろうが、当事者の多様性に即していない「進路選択」では『人間として足りない』部分は補塡不可能。お子さんが『無理をしてしまう』リスクを生来抱えているならば、個性に沿ってピッタリ誂えたしかし臨機応変の「狭き門」こそが、リスクと戦える「進路選択」だと私は考えています。

【拙ブログの関連記事】『「藁」を糾える文化』 『成長の証は成功ジャナクテ自他認知

2019年2月21日木曜日

Welcome back to your BLOG !

先月末を以て「にほんブログ村」のシステムが更新されました。しかし、
新着記事が反映しないというお問い合わせが現時点では一番多く順番に対応を行っておりますが、お使いのブログサービスやテンプレートの種類、最新記事が表示されている RSSの記述の種類などが多岐に渡るため対応にお時間がかかってしまっております。
というお知らせにあるとおり、当方からは定法の記事反映/Ping送信操作を行っているものの、残念ながらBloggerでは今のところ無効な模様。拙ブログのプロフィールも新旧全ての記事が反映できておりませんが、削除してしまった次第ではございません。今後ともブログURLのリンクから、宜しくご笑覧を頂戴願えますと幸甚です。

また消費者向けGoogle+が4月に廃止される経緯で、2月初旬よりBloggerの記事公開 → Google+の共有ポストの連携も無効となりました。読者の皆様には記事新着の通知が無い状況でご不便をお掛けしておりますが、何卒ご理解のほど平にお願いいたします。

***

2019-02-20
発達障害の人たちにオススメです。海外留学 ヒロ

「環境を変えて、学校に もう一度行けば、社会に もどれるからね。」こんなことを言われても、僕たちには さっぱりわかりません。   
サポートセンターが、ひきこもっている人たちに やっていることは、先ゆく仲間に出会わせて、彼らの話を聞いてもらうことです。   
それが、僕たち程度の悪いアスペルガーには、もっとも効果的な方法です。  具体的な話でないと、僕たちはイメージできないのです。   
4年間、大学で勉強する。こんなコースだと就職しやすい。4年後には こんな選択肢がある。   
「英語は授業が始まって最初の半年は大変だけれど、だんだん先生の英語がわかってくるから、焦るな。」  
「あとはサポートセンターの言う通りに英語の勉強をしていれば、確実に大学の授業についていけるから心配するな。」   
こんな話を聞いて、その時は わかったつもりでも、時間がたてば、また不安が襲ってきます。ですから、毎日寄り添ってくれる支援者が必要なのです。

***

2019-02-21
大人の ひきこもり の人が社会復帰する方法。ヒロ

「アルバイトではダメなんです。」10代なら、まだアルバイトを人馴れする練習として、考えることもできますけれど、20代過ぎてしまったら、アルバイトをさせることは時間の無駄です。    
履歴書には、アルバイトは職歴として書くことはできないのですよ。   
高校、大学卒業後の新卒扱いですと、仕事はたくさんある日本です。しかし、そこから外れてしまうと、たちまち仕事探しに苦労するのです。   
もちろん、1、2年程度の遅れですと まだ会社側も大目に見てくれます。しかし、僕たちのようなケースですと残念ですが、絶望的です。   
高校中退後ひきこもって10年。20代後半。  これが4年前にサポートセンターがおこなった「大人のひきこもり」400人のアンケート結果です。  
 劇団兄いさんも、東大さんも頑張って学校に行って資格をとりました。そして仕事につくことができたのです。   
残念ながら、僕たちのような状況のひとたちは、人1倍大きな努力をしないと社会にはもどれないのです。   
だから、サポートセンターは、30代でも40代でも、なんと50代の人にも学校に行くことを勧めて卒業まで支援を続けているのです。

***

さて、さて、さ〜て! 
昨年末の「自己投資宣言」以来、沈黙を保ち続けておられたヒロ師兄!! 「東大さん」こと大野さんが何度も露払い記事を書いて下さった上で、満を持しての再登板です!!! 

まず一読させて戴いた印象は、わずか1ヶ月の間に理知的で洗練された筆致へ急変なさった旨への、嬉しい驚愕。ヒロさんご自身も『親が知れば腰を抜かすくらい驚くでしょうな。良い意味でね。』と綴っておられますが、歯に衣着せぬ物言いをご容赦願ってわかりやすく喩えれば、これまではせいぜい高卒くらいかなぁという雰囲気だった文章が、大学を卒業した社会人として全く遜色ない筆致へ、一気に変貌していらっしゃる。

無論、『日本に滞在して』いらしたお蔭で、日本語を使う機会が一気に増えた所為もあるでしょう。言語能力は使わないでいると、ドンドン錆びてしまいますからね。しかしそれ以上に大きく作用したのは勿論、これまで13年間受けてきた支援の「本懐」を『やっと この私も理解した』顛末、すなわちメタ認知の完全覚醒と私は拝察しています。

4年前の10月に『ブログからの引退勧告』へ寄せて書き送らせて戴いた拙記事へは、『ヒルマさんが感じてほしいところまで 俺は たどり着けない』『わからない俺に がっかりします。』と嘆いておられたヒロさんですが、『やっと この私も理解した と言う現在』なら、ヒルマ小母ちゃんが『感じてほしいところ』へ易々とご共鳴戴けると信頼申し上げております。と言うか4年前だって小母ちゃんは、ヒロさんがこの俯瞰まで成長なさる可能性を秘めていると、バッチリガッツリ信頼申し上げてたんですけどねw

***

ところが極めて無念なことに、日本の精神医療や心理の臨床におられる専門職の多くは、旧弊な「発達=子どもが大人になること」という概念が骨身に染み着いたままであるゆえか、日頃接しておられる『小手先の支援』しか受けられない患者さんがたを、ひきこもり当事者の全体像と思い込み『勘違い。すれ違い。』に陥ってらっしゃる模様。

たとえば、人格の著しい成長を如実に反映しているヒロ師兄の文章さえ『3,4年まえのヒロさんのブログの方がユーモアにあふれていた。今はレポート的な記事が多いけれど』なぞと見当違いな批評で腐しておられるような心理職は、新設なった公認心理師の養成課程で「発達=生まれてから死ぬまで一生成長しつづけること」という概念に学んだ意識高い新鋭によって、「ホントは『発達障害』ジャナクテ『多様性発達』なんじゃね?」「ホントは『不登校』とか『ひきこもり』ジャナクテ『進路選択ミス』なんじゃね?」と、この国の蒙を啓いて下さる臨床家へ続々と刷新されていく旨、期待申し上げております。

【拙ブログの関連記事】『人類のワイルドカード』 『ヒロさんへの置き手紙